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「心配だ」 机に突っ伏しながら僕はつぶやく。 五月十九日、朝の八時四十八分。そろそろ担任が「転校生」を連れて入ってくる時間だ。 僕はその人物がどんな人なのか分かってるけど。周りはその話でもちきりだ。 なぜか「転校生といえばありきたりな名前の宇宙人だよな?」と言っていた。 前情報を必ず仕入れてくる人が居て、色んな意味で普通ではない彼女にわくわくしてるようだ。 クー、お願いだから、初日から問題行動は起こさないで。 昨日に二時間かけて熱弁したことをきちんと頭に入れといて。 「みんなー、席に座りなさーい」 メガネをかけた、お下げの担任が皆を席に誘導する。 僕はゆっくりと起き上がり、深呼吸する。僕の胸は段々と高鳴っている。不安で。 教壇に立った担任は一回咳払い。 「えー、既に知ってると思うけど、転校生が居ます」 一気にテンションアップ。到底人とは思えない咆哮が教室を揺らす。 「入ってきて」 と、担任は扉の方を向き、手招き。 すぐに、しん、と静かになり、皆が皆、扉を見入った。 カラカラカラ。 トッ、トッ、トッ。 ワアアアアアァァァァァァァァ!! うん、うるさい。 「えー、なま、静かにしなさい。 彼女のな」 言葉が途切れ、ぶちん、と音がみなの叫び声の隙間からかすかに聞こえた。 担任はおもむろに竹刀を取り出す。僕は思わず、あ、と呟いた。 ずどぉん、と轟音を立てて真っ二つになる教壇。ああ、またクラス費から引かれるのかなあ。 音に反応したクラスメイト達は一瞬にして縮こまった。誰も何も言わない。 「はい、静かにねー。 で、彼女の名前は『生田 久海』(イクタ クウミ)さんです」 「よろしく」
Mechanical Fairy ver,2.01 同志
クーの綺麗な声が響いた。「生田 久海」という偽名は、チーフが決めたとのこと。 青く長い髪を風になびかせながら深々とお辞儀をするクー。様になってる。ちょっと安心した。 皆と同じブレザーに、フレアのスカート、黒のニーソックス。スカートがかなり短いのは気にしないでおく。 「では、質問は後回しにし」 「ちょっと待った!」 「せんせー、なんで後回しにするんですかーっ!?」 「あなた達が私の言葉を聞かないからです」 「そんなーっ」 「殺生なーっ」 「けちー」 「みそじー」 「まけいぬー」 「……そんなに死にたい?」 微笑みながらも、物凄い威圧感を放つ担任に黙り込む生徒。僕の顔にも冷や汗が流れる。 「で、席ですけど、空いてるのは……神崎くんの隣しか空いてないわね。 生田さん、そこに」 「分かりました」 うわー、クーにしてはすごいキラキラした笑顔だよー。傍目からしたら分かりづらいけど。 僕の方へ歩いてくるクーに、皆の視線は釘付けだ。近づくにつれて、僕の冷や汗が増えてくる。 すとん、とクーは僕の隣の椅子に座り、鞄を置いた。 ほっ、と僕が肩をなでおろした、その時。 「よろしくお願いしますね、巧?」 クーの言葉に反応した諸君は、先生の睨みのプレッシャーで叫べてないでいる。 皆、眼が怖い。視線が怖い。それ以上に、先生、怖いです。 「はい、ではHRは終了ー。 質問は休み時間に終えること。 では解散」 「で、説明してもらおーじゃねーか、神崎ィ?」 つい先日、僕の家に質問に来た短髪の男子が、口元をヒクヒクさせながら僕に言う。 担任が教室を出て、扉を閉めた途端に、僕とクーの席の周りが黒山の人だかりに変貌した。 「え、と、これは、ね、あはは」 明らかに動揺し、苦笑いを浮かべながら弁明を試みようとする。 ああ、なんで『神崎くん』と他人行儀で呼んでくれないかなあ。 「お前、このお方について知ってるのか?」 近くの男子が彼に質問する。 「神崎の家に居るのさ」 「何ィッ!?」 「異性不純交遊!?」 「何やってんのっ!?」 「まさか押し倒したのか!?」 「フケツ!!」 「サイテーっ!!」 なんでここまで言われなきゃならないの? 僕は顔に苦笑を貼り付け、心で涙を流しながら弁明を試みる。 「え、えーと、あの、その、えと、あうー」 しどろもどろになる僕の代わりに、クーがさらっと答える。 「これもテストの一環です。 それ以上でもそれ以下でもありません」 「なーんだ」 「そうなのか、申し訳ない」 「へぇー」 「なら安心だね」 「だねー」 泣けてくる。 「で、神崎とはどーゆー仲なんだ?」 茶髪の男子が先陣を切った。 「どういうも何も、『こいびと』です」 「なっ!?」 「何ィッ!?」 「あんた、媚薬でも使った!?」 「そんなばかなっ!?」 「なんでよりによってコイツなの!?」 「ありえなーいっ!」 我ながら、すさまじい言われようだ。ホント、泣けてくる。 その言われようを見たクーは、ちょっとだけ、むっ、と顔を膨らまし、 僕の腕をつかんだ。 むに。 「ちょっとォ!?」 なんだこりゃああぁ!腕に伝わる、柔らかい感触はああああぁぁぁ!! 「おっ、おっぱあああぁぁぁ!?」 「な、何をするだぁーっ!?」 周りも、あまりの唐突なクーの行動に動揺して、ろれつが回らない。 叫び声と、嘆きの歯軋り、ニヤニヤした雰囲気が良いハーモニー。なわけない。 僕はムリヤリクーの腕を引き剥がす。これ以上やられたら僕しんじゃう。 「と、まあ、こういう関係です」 わかんない。わかんないよクー。 それから、クーへと質問の嵐が訪れた。 普通の質問には真摯に答え、きわどい質問はさらりとかわす。 クーの頭の回転の速さには驚かされる。すごいなあ。 だんだんと、皆の注目が「僕とクー」ではなく「クー」に移行していった。 機会を見計らって、僕は人の山の隙間をなんとかして通り抜けた。 屋上で右手に温かいココアの缶を持ちながら一息つく僕。 無人の屋上は、なんだか淋しく、落ち着いているように感じた。 弱い風が時折吹き、雲はゆっくりと動いていた。それ以外は、動いていなかった。 物思いに耽るにはもってこいだ。 「なんで廊下に、あんな大人数居るんだ?」 僕が机の周りの山を抜けると、廊下は既に野次馬で占領されていたのだ。 野次馬の大群もどうにかしてすり抜けて、人の居ない屋上に来たのだった。 はあ、とため息をつく。 「……どうにかして、平穏な生活送りたいなあ」 「最初の方はムリだ、うん」 「そうですか……」 「あぁ、ムリだな。 まあ、慣れりゃ皆スルーしだすから」 「そうで、って、え?」 右を見た。黒の短髪、精悍な顔立ちの二年生がいつの間にか横に座っていた。 よっ、と挨拶をする彼。もしかして。 「もしかして、もしかすると、その、羽里先輩?」 「おー、俺も有名になったなあ」 もはや伝説と化している、バカップルという形容では物足りない熱愛ぶりのカップルの片割れ。羽里 項貴。 なんでこんなとこに。そもそも、何やってんだこの人。 羽里先輩は左手に持った缶コーヒー「上司 微糖」を一口飲んだ。 「先輩は何してるんですか?」 「ん? なんとなく」 屈託の無い笑顔で彼は言う。 「なんとなく? どうして?」 「神崎くんと同じかもしれないな」 一瞬にして把握。 「そうですか」 「まあ、一つだけアドバイスしておく」 笑顔からキリッとした顔つきになる。雰囲気ががらりと変わった。 僕は息を飲んだ。同じ人が、ここまで変われるものなのかな? 「どんな行動されても、気にしない。 驚いてばかりいると、疲れるからな」 言い終わると、彼はコーヒーをくいっ、と飲み干した。 「返事は?」 「は、はいっ」 「よろしい。 じゃっ」 羽里先輩は軽く挨拶すると、たたた、と走って屋上を後にした。何やってんだろう? 一分ぐらい後に、羽里先輩と入れ替わる形で、女子の先輩が入ってきた。 身長は、あまり高くない。黒のセミロングで、華奢。肩で息をしている。 眼は全てを悟ったような、半開き。表情からは、あまり感情が読めない。 「そこのキミ、えーと、こう、短髪で、これくら」 「羽里先輩ですか?」 「そうそれ。 どこいったか、分かる?」 あぁ、この人が片割れなんだ、と直感した。脅威のカップルの片割れ、空深 玲。 羽里先輩を求める眼に炎が宿っていた。眼だけで気圧される。 うん、羽里先輩も、僕と同じような苦労を続けてるんだろうなあ。 「えと、今さっきまでここに居たんですけど……」 「そう。 ありがと。 じゃっ」 羽里先輩と同じポーズをして、空深先輩も走っていった。 数分後、ぎゃああああぁぁぁぁ、という、羽里先輩の叫び声がかすかに聞こえた。 南無。 「そろそろ、僕も戻ろうかな」 右手に持ったココアを飲みきって、ゴミ箱へ入れてから教室へ向かった。 教室を恐る恐る見てみると、既にクーへの包囲網は解かれていた。 クーは静かに自分の席に、座っていなかった。 ぼくの席に座って、机に頬をつけて、悦な雰囲気をかもし出していた。 僕は思いっきり扉を開けた。そしてツカツカとクーの元へと歩いた。 「何やってんの?」 「ん、んぅー? ……あ、巧、おはようございます」 寝てたのかよ。 「で、なんで僕の席に座ってるの?」 「気持ちいいからです」 別に日は当たってないぞ。 「ほら、隣に移動ー」 「んー」 喉を鳴らし、イヤイヤ移動するクー。周りはそれだけで嬌声を上げる。お願い、静かにしてくれ。 自分の席に座ると、ため息をつく僕。ふぅ、気にするな、って言われてもなあ。 気にしないわけにはいかないよ、せんぱーい。 「どこか悪いのですか?」 クーの心配そうな声が、隣から聞こえてくる。 「大丈夫だよ。 単に、疲れてるだけさ」 「そうですか。 どうやったら疲れは取れますか?」 「え、そりゃ、寝るのが手っ取り早いとは思うけど」 「じゃあ、はい、ここへ」 と、クーは僕の方へ向いて、ひざをポンポン、と叩く。 直後、僕の延髄に手刀が叩き込まれた。嫉妬のこもった手刀だった。思わず、ぐぉ、とうめく。 あぁ、なんか、ずっと、こうなのかなー、もっと、へいお……がく。 僕は気を失い、前へと倒れた。倒れた後の格好は、まさに「膝枕」の格好だった。
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