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眠気を覚えながらもゆっくりと布団から起き上がる。 クーは『ソファで寝たい』などと言っていたが、そうはいかんざき。 …クーのことを考えて、昨日の醜態を思い出して、少しバツが悪くなった。 あぁ、もうちょっと僕が強かったらなあ。 まずは顔を洗い、歯磨きを済ます。冷たい水が僕の眠気を拭い去る。 次に台所へ行って朝食の支度をする。 野菜を切って、パンを用意し、たまごを茹でる。 たまごが茹で上がる頃合になって、クーはリビングへ来た。 「おはよう」 僕はクーへ微笑みながら挨拶をした。 「おはようございます」 眠いのだろう、細い眼をこすりながらクーは挨拶を返す。 ちょっとはだけたパジャマが妙に艶かしい。 僕は見たい気持ちを抑えながら、ゆでたまごの殻をむき始めた。 平和な日。 普通の日。 何も煩わしいことはない。 少し日常から離れてみて、分かった。 平和、普通、それこそが幸せじゃないか、と。 昼間からベタベタしてみたり、友人達の急な訪問にびっくりしたり。 散歩してみたり、一緒に食事を作ったり、添い寝をしたり。 とても、とても幸せだった。 ずっと、かみ締めていたかった。 そして、家に戻ってから6日目の朝。
Mechanical Fairy ver,1.07 選択
『元気にしてたか、巧くん』 電話口からすこし疲れたような、チーフの声。 「元気ですよ」 クーは僕の方を無表情に見つめていた。 朝の爽やかな空気が、カーテンを揺らしながらゆっくりと吹き付ける。 「それで、何ですか?」 『あぁ、P−VALKYRIEが直ったから戻ってきてくれ』 「食材も残ってるんですけど?」 『持ってきてもいいぞ』 「保存場所は?」 『……俺の部屋に冷蔵庫があるから、それを巧くんの部屋に』 「分かりました」 ぴっ、と携帯電話の電源を切る。 クーは何をすべきか、もう分かったようですでに準備を始めていた。 FI社から支給されている旅行鞄に持ってきたものを詰め込んでいる。 白のワンピースなどの服や、持ってきていたけど使わなかった簡易整備機など。 僕は衣服を数点と、生活必需品、食材などを詰め込む。 ぎちぎち音を立てて閉まる、僕とクーの旅行鞄。 来る時は簡単に閉まった、僕とクーの旅行鞄。 家に戻ってきてから、色んなものを再発見したんだな、と感慨にふける。 そして、僕はまた、日常を離れていくんだな、と実感が湧いてくる。 「さ、行こう」 旅行鞄を右手に下げ、左手をクーに差し出す。 「はい」 明瞭な返答をし、クーは僕の手を握る。少し、僕は強めに手を握った。 倉庫へ呼び出される僕とクー。 中には既にチーフが仁王立ちをしていた。 すっかり直ったP−VALKYRIEと武器が三つ、そして黄と赤の機体が一機。 「まずだなー」 眉間に皺を寄せながらも説明を始めるチーフ。 僕とクーが腕を組んでいる様子を見た途端これだ。 塩はすでに準備万端で、倉庫の隅には塩の袋が山のように積まれている。 「P−VALKYRIEは完璧に直っている」 「見れば分かります」 「……で、横にあるバズーカとナイフ、長刀の話をしよう」 チーフはツカツカと、たまに頭から蒸気を噴出しながら歩いていく。 その後ろを、僕とクーは腕組みは解かずにゆっくりと歩く。 長さは5mほどもあるバズーカの前に着き、振り返るチーフ。 すぐに顔を背ける。顔は自身の影で暗く、口だけは動いていて、なんだか怖い。 「このバズーカは長距離砲撃用だ。威力や距離は強く長いが、反動がでかい」 こちらを見ずに、指差しながら説明するチーフ。 「なので、安定した足場が無いと使えないので要注意だ」 ふむ、と僕は一回頷く。 「次はナイフだな」 チーフはバズーカの隣にある、1mほどのナイフを指差した。 「素早く近づき、素早く切り裂くのを重視したナイフだ。軽さは保障できる」 「はぁ」 「見れば分かるとおり、やはり射程が短い。だが投擲用としても使えるから、その点は問題ないだろう」 「へぇ」 「しかし、相手に致命傷を負わせることは難しい。威嚇や足止めのために使ってくれ」 「ほぉ」 「……もっとまともな反応は出来ないのか?『へぇ!』とか」 「チーフの説明が面白くないんです」 チーフは押し黙って、こちらを恨めしい眼で見てきた。 さほど気にすることなく、僕とクーはそのままチーフの挙動を見ている。 僕達の反応を見てがっくりと肩を落としたチーフは、ゆっくりと3mほどの長刀のほうを指差し、 「これはだな、切り込み用だ」 「で?」 「……この大きさにしては軽く、切れ味も良い。だが、投擲は出来ないから使い勝手は悪いだろう」 「それで?」 「これからは、この三つを使って模擬戦闘を行い、改良の余地を見出すことになる」 「へぇ」 「……なあ、そんなに俺を虐めるのが楽しいか?」 「うん」 「最悪だな」 「最悪です」 チーフはすでに涙眼だ。 「戻ってすぐで悪いが、すぐに乗ってくれ。改修と同時に加えた新機能がある」 と、リフトへいざなうチーフ。 僕とクーは―もちろん腕を組みながら―リフトへと乗った。 リフトが上がっている最中、チーフは出来る限りこちらを見ないように努力している。 わざと視界の中に入ろう、とも考えたがあまりに可哀想なのでやめた。 コクピットに乗り込み、ヘルメットをつける。クーが隣に座ったのを横目で確認した。 『では、起動してみてくれ』 久しぶりだ。僕は心を落ち着かせて、念じた。 ―起動(ラン)― 視界が変わる。この感覚で、僕は非日常に戻ったんだ、と感じる。 見下ろすと、チーフがニヤニヤ笑いながら僕の方を見ていた。 =巧?= え、と思わず呟く僕。今の、澄み切った声は、確かにクーの声だった。 チーフはニヤニヤしながら、僕の驚きの声を聞き取ったようだ。 『それが新機能だよ、巧くん』 ―は?― 『君に、乗っている最中でも素体の声が聞こえるようにしたのだ』 ―へぇ!― 『こ、この、この反応を求めていた……っ! こほん。 これで、二人で共闘出来るだろう』 ―そうですね― 『後は、飛行能力がついた。それは明日やってもらおう。では、停動してくれ』 ―この説明のためだけに起動したんですか?― 『おう』 ―……さいですか― 『ほら、さっさと停動する』 ―停動(ランアウト)― 視界が僕自身のものに戻り、身体に血が通うように感じる。 深く息を吐き、ヘルメットを外す。隣のクーを見ると、視線が合った。 コクピットが勝手に開いていく。既にリフトは上がっていた。 僕が先にリフトに乗る。そしてクーの手を握り、リフトへとクーを引っ張る。 すとっ、とクーは軽やかに乗る。チーフはその姿を見て歯軋りをしているようだ。 リフトが降りる。音は静かだ。チーフの歯軋りの音だけが聞こえる。 「おつかれ」 物凄く小さく暗くチーフは呟く。周りに青い炎が浮かんでいるように見える。 僕は暗さを放出するチーフから眼を離し、黄と赤の機体に眼を向けた。 「隣の機体はなんですか?」 チーフは顔を上げ、問題の機体を見て、僕を見た。 「P−Zeusだ。君の機体の大元になった最初の機体だ」 「へぇ」 「一昨日こちらへ回されてきたんだが、保管場所がなくてここに居候、って形になる」 「そうですか」 僕はP−Zeusを見ていた。かなり重々しいフォルム。 黄と赤の色のためか、かなり華美に見える。クーもP−Zeusに見入ったようだ。 「ところで」 チーフの声で僕とクーは眼をチーフに戻した。ひどく真面目な顔つきだ。 たまに、僕はこの顔、この雰囲気に気圧される。 「専属のテスターにならないか?」 意味が分からなかった。 「どういうことですか?」 「以前は、一ヶ月、と期限付きだったが、それを反永続的に、ってことだ」 僕の頭は、意外に冷静だった。驚きこそあれ、狼狽はしなかった。 チーフの提案が突然だったせいもあるだろう。 「どう変わるんですか?」 「まず、箱詰めじゃなくなる。必要があれば呼ぶから、その都度来てくれれば良い」 「それだけですか?」 「いや、まだある。素体C00LNP9、いや、クーと呼ぼうか。クーを君の学校に入れる」 思考が止まる。クーは、無表情のまま、固まっていた。 チーフは僕らの様子を見て、ニヤニヤ、とあくどい微笑を浮かべた。 「君との綿密なコミュニケーションと、俺との緊密な情報交換、あとは社会経験を得るためだな」 うんうん、と微笑を浮かべたまま頷くチーフ。我ながら上策、と考えているのだろうか。 「どうだ? 決して悪い話ではないと思うが?」 チーフのニヤニヤは更に深くなっていく。もはや悪人顔だ。 確かに、ずっと居られるなら願ってもない。でも、ちょっと待てよ。 「……僕が人との戦いに動員されることは?」 クーが、はっ、として僕の顔を見た。 チーフは真面目な顔つきに戻り、落ち着いた声で返答する。 「不測の事態が無い限り、動員はされない。 テスターだからな」 僕は、ゆっくりと考えた。 クーは、僕を見つめていた。 チーフは、僕の返答を待っていた。 メリットとデメリットを見比べて、どっちがいいか、考えた。 ずっと、クーと一緒に居られる。でも、万が一、巻き込まれたら…… 数分間、誰も、何も言わなかった。 僕の考えが固まり、ゆっくりと答える。 「……お受けします」 僕の答えに、チーフは眉一つ動かさず、真面目な顔を保っていた。 「そうか。では、早速手続きをしておこう」 くるり、と後ろを向くチーフ。 と同時に、クーが僕の頬に口付けをした。 「んあっ!?」 思わず声を出す僕に構うことなく、何度も何度も。 チーフの足が速くなった。扉から出て行く直前に「バカヤロォ!」と叫んだのは気にしないでおく。 口付けの嵐が止み、クーは固まる僕の前に回りこんで、抱擁し、 「嬉しい」 一言だけ呟いた。 僕はクーを抱き返した。二人の時間が、ゆっくりと流れていた。
急転する状況。ついに、クーが学校へ転校する日がやってくる。 学校は騒がしくなる。平穏な日常が、平穏ではなくなっていく。 ある意味不測の事態に、学校の者はどんな反応を見せるのか? そして巧は、同級生達の詰問に対して、どうやって答えるのか!? 次回Mechanical Fairy「同志」
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