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買った荷物をテーブルの上に置く。 食器の箱が数点と、野菜と、魚のパックが数点。 クーには持たせられない、ということで僕が持っていたのだが、肩が凝ってしまった。 首を回す。ゴキゴキッ、と首の関節が鳴った。この感じは好きだからいいのだが。 ソファに寝転んでいたクーは、音を聞くと起き上がり、手招きをする。 「どうしたの?」 とりあえず、質問してみる。クーは無表情のまま、 「とにかくこちらへ」 と、なおもソファへと誘う。 僕は一回頷いてから、ソファへと腰掛ける。思わず、ふぅ、と息をはく。 「反対側を向いて下さい」 クーの綺麗な声が耳に入った。クーに背中を向けるように方向を変える。 僕の肩にクーの細い指が触れた。つかんだ。握った。 「いっ!?」 思わず悲鳴を上げてしまった。物凄く力が強かったのだ。握りつぶされるかと思った。 「だ、大丈夫ですか?」 「う、うん、ちょっと、力を弱くしてくれない?」 「こうですか?」 「あー、そうそう、そんな感じー」 眼を閉じ、悦の表情を浮かべる。適度な力の入れ具合で、クーは的確にツボを突く。 あぁ、癒されるぅ〜、と頭が花畑で一杯になる。もちろん冥土ではない。 数分間、僕はほのかな暖かさを肩に感じながら、至福の一時を過ごしていた。 が、そんな幸せな時間をぶち壊しにしてくれる、訪問者の音。 ぴんぽーん、とインターホンが鳴る。僕の脳内に、暗雲が立ち込め始めた。
Mechanical Fairy ver,1.06 訪問
「こんにちは〜っ!」 元気な声が3LDKのアパートを揺らす。僕は思わず耳をふさいだ。 扉を開けた僕を無視して、男子5名、女子5名、総勢10名の集団がどかどかと家に入ってくる。 お目当てはもちろんクーだ。さっきの買い物の話がメールで回ったらしい。 なんとも情報が速いな、とある種の感心を覚えながら僕はリビングへ戻った。 リビングに戻ると、10人に囲まれているクーの姿が眼に入った。 誰も彼もが質問をぶつけてクーを困惑させる、という様子を想像したがそうじゃないらしい。 順番はきっちり決めて、質問も被らないように事前協議したようだ。 「はーい、じゃああたしから質問ーっ」 ポニーテールの女子が手を挙げ、高らかに宣言した。 「なんですか?」 「神崎とはどこまでいったのーっ!?」 「キスまでです」 クーはきっぱりと答える。おー、と歓声を上げる女子軍に対し、男子軍は嘆きの声を上げた。 「次のしつもーん。いつヤるのー?」 「巧が求めてくるまで我慢するつもりです」 「え、なんで?」 「巧が嫌がることはしたくありません。私は一生を捧げて巧に尽くすつもりですから」 男子軍の眼がこちらを向いた。ひどく悪意のこもった、ドぎつい視線が僕に注がれる。 僕は苦笑いを浮かべながら、台所へお茶を取りに行く。耳はもちろん、彼らに向けておく。 「じゃあ、次は俺な」 長めの茶髪でピアスをした男子がニヤニヤしながら質問をぶつけ始める。 彼は伊達男、として学校で有名で、女たらし。おそらく狙っているのだろう。 「この中で興味あるヤツいる?」 「いません。あるのは巧だけです」 クーは無表情ではっきりと口に出す。茶髪の男子はちっ、と舌打ちをした。 僕は関心を質問者と回答者に向けながら、お茶をコップに注いでいた。 次はメガネをかけた、おさげの女子が質問をし始める。 「神崎くんとどんな話をしました?」 「『れんあい』について話しました」 「どんな?」 そういうとクーは、僕が前に語った恋愛観を語り始めた。 一字一句正確に、身振り手振りや僕の口調まで真似し、きっちりと演じきった。 僕に注がれる視線の温度が一気に冷え切った。僕は顔を背け、小声で「ごめんなさい」と呟いた。 メガネの女子は苦笑いを浮かべ、再び質問をした。 「神崎くんのどこに惚れましたか?」 頬を赤らめながらの質問だ。かなり恥ずかしいように見える。 「全部です」 クーは間髪おかず答える。彼女の赤らんだ頬がさらに赤くなった。 男子軍は懐からナイフを取り出したり鞄から三節棍を取り出したり、物騒な雰囲気になってきた。 女子軍はひっきりなしに僕を冷やかす。口々に「ひゅーひゅー」と言っている。 僕は音や雰囲気を気にしないようにしながら、お茶を一人づつに出した。 「よし、次は俺だァッ!」 短髪の男子が叫んだ。かなり気合が入っている。 「なんですか?」 「あ、え、と、す、好きな食べ物は?」 最初の威勢は良かったが、クーの声に緊張してしまったらしく予定通りの質問が出来なかったらしい。 身体がガチガチにこわばっている。『テンパる』とはこういうことか、と僕は眺めていた。 「そうですね、なんでも好きですが強いて言うなら、巧が作ってくれたもの、です」 男子軍の黒いオーラが更に強くなった。もはやブラックホールのように見える。 僕はリビングの隅でおとなしく座って嵐が去るのを待つ事にした。 結局、羞恥プレイと言うべき質問と答えの応酬によって、僕のイメージは完璧に崩壊した。 帰り際の女子はニヤニヤするし、男子は眼が光っていたし。怖かった。 クーは、ふぅ、と一息ついてからソファに寝転がった。ふかふかした触感が本当に好きなようだ。 天使が降りてきて、クーを祝福し始めた。まさに『幸せ』のようだ。 僕は隅から台所へ行って、袖をまくった。 さっきのクーの答えを聞いて、あまり得意ではない料理を頑張って作ろう、と思ったからだ。 人並みには作れるけど、あんまりうまくない。でも、クーが好きなら僕は頑張るよ。 心に決めて、僕は調理を開始した。今日は肉じゃがにしよう。 「美味しい」 煮えたジャガイモを飲み込んで、開口一番にクーは言った。 嬉しい。素直に嬉しいと思える。自然と顔がほころんだ。 「『にくじゃが』って言って、家庭料理の定番だよ」 僕はお茶の入ったコップを手に取りながら告げる。 「『かてい』?」 「うん、簡単に言うと……一緒の家に住んでる人たち、のことかな?」 「では、私と巧は『かてい』ですか?」 「うーん、広い範疇で言うとそうなのかなあ?」 「もしそうでないとしても、嬉しいです」 他愛無い会話。でも、とても楽しい会話だ。 僕の両親は、ずっと海外に単身赴任中だ。母はデザイナー、父は翻訳。 ずっと、僕は独りだった。お金は送られてくるから問題ないけど、『家庭の温かさ』が分からなかった。 でも、今なら感じられる。かけがえのない人と、一緒に。 二人でソファに座る。 一人で座るには少し広く、二人で座るには少し狭い。 そのため、僕の身体とクーの身体が密着する形になる。 クーは僕に身体を預け、僕はクーの頭を撫でている。 ずっと、こうしていたい。 僕の心に芽生えた願いは、どんどん大きくなっていく。 ずっと、クーと一緒にいたい。 僕の心に湧き上がる想いは、止まらない。 でも、僕は、これからどうなるのだろう? 僕の心に立ち込める暗雲は、晴れない。 僕は、テストが終わったら、人を殺さなきゃならないのか? 僕の心を締め付ける不安は、強くなる。 クーと一緒に居るために、人を殺せるのか? 僕の心に対する自問は、重くのしかかる。 自然と、クーの頭を撫でていた手が震えだす。 涙腺からうっすらと涙が出てくる。眼に涙が溜まってくる。 クーは身体を起こし、僕を見つめた。 「どうかしましたか?」 クーは僕を見つめたまま、率直に訊いた。僕は顔をそらす。 「……なんでもないよ」 「最近の巧は、ちょっと変です」 僕は押し黙る。何か言うと、多分、こらえきれなくなる。 「たまに手や身体が小刻みに震えてます。どこか身体の具合でも悪いんですか?」 堰が壊れた。 年甲斐もなく、大声を上げて泣いた。 クーは僕を抱き寄せた。僕はクーの胸に顔を埋め、泣いた。 ただ、泣いた。不安を押し流すように。 数分、ずっと泣いた。涙は止まらなかった。クーはただ、僕を抱いていた。 温かかった。その温かさがさらに僕の涙を誘った。 泣いてもなんの解決にもならないのは分かっていた。 それでも、泣かずにはいられなかった。僕は弱い。壮絶な無力感が僕を襲った。 だんだんと嗚咽も収まり、ゆっくりとクーから離れる。 袖で少し残った涙をぬぐった。クーが心配そうな眼で僕を見ている。 「ありがとう、もう大丈夫だから」 僕はぎこちなく笑顔を作った。 クーは、僕の力ない笑顔を確認すると、ほのかに笑った。 クーの笑顔を見るたびに、僕は惹かれていく。 僕の不安を押し流し、僕の想いを補強し、大きくしていく。 その想いを、僕は口に出した。 「大好きだ、クー」 クーは微笑を更に深くした。 「私もです」 クーの言葉を聞き取ると同時に、僕の頬に柔らかい感触が生まれた。
チーフからの電話によって、FI社に呼び戻される二人。 P−VALKYRIEの修理完了と、新たな装備の説明を受ける巧。 だんだんと、心に浮かんでくる不安がさらに大きくなっていく。 そして、チーフから驚くべき提案が。巧はどうするのか?そのとき、クーは? 次回Mechanical Fairy「選択」
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