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眼を覚まし、うっすらと眼を開ける。 僕の部屋のようだ。視界には天井が映り、背中には柔らかい感触。 はっきりと眼を開け、上半身を起こしまわりを見る。 確かに、僕の部屋だ。ベッドに寝かされている。なぜか寝巻きを着ている。 窓から差し込む朝日がまぶしい。眼を細めていてもまぶしいくらいだ。 昨日、僕は戦った。 AIとは言え、僕は墜とした。 もし、人が乗っていたとしたら、僕は墜とせただろうか。 寒気がする。体感温度は全く寒くない。むしろ暖かい。 でも、僕は、背筋に走った怖気を感じた。 僕はガチガチと震えていた。 「大丈夫ですか?」 ドアのほうを見る。白いワンピースを着たクーが立っていた。 とたた、と僕の方へ駆けてくる。ベッドのヘリに座り、僕の手を握る。 「熱はありませんか?」 真剣な眼差しで僕を見る。僕は力ない笑顔を返す。 「うん、大丈夫だよ」 「そうですか?」 「うん」 「なら、いいのですが……」 「ところで、どうしたの?」 「チーフがお呼びです」
Mechanical Fairy ver,1.05 出会い
チーフの部屋まで手をつないで歩く。 クーの手は、ほんのわずかに暖かい。その暖かさが僕の背中を押してくれた。 全身が気だるい。昨日の操縦のせいなのは分かっている。 でも、肩を落としたり、前のめりになったり、疲れている素振りは見せたくない。 クーが居るから。僕は、せめてクーの前では弱音を吐きたくない。 ドアを開ける。チーフはいつものように椅子に座っている。 「それで、話ってなんですか?」 すぐに切り出す。気だるいのは確かだから、あまり長く話したくない。 チーフは長く、細く息を吐いた。 「一旦、テストは中止だ」 僕もクーも、ぽかん、と呆気に取られる。 「どういうことですか?」 今度はクーが質問をする。 「P−VALKYRIEが直るまでさ。乗るものが無いならできないだろ?」 「なるほど」 僕はうなずく。 「そこで、一旦巧くんは家に帰ってもらう」 え?と疑問の言葉を言いかけた。でも、飲み込んだ。 僕が口に出すより先に、クーがチーフの言葉を否定するように、僕の腕にしがみついてきたからだ。 「多分、一週間位はかかる。それまでここに拘束するわけにはいかないんだよ」 「それは、そうですが」 僕はクーを見る。クーはこちらをじっと見ていた。 すがるような視線。握っている腕に力が入っていた。 「クーの外泊許可は下りませんか?」 僕に閃きが舞い降りた。チーフは首をかしげる。 「その、外の世界に触れた方が、いいんじゃないですか?」 クーはチーフを見る。じっと、見る。 チーフは動かなかった。考えているようだ。 沈黙のまま数分が過ぎた。その数分が僕にとっては辛い。今でも座り込んでしまいそうだった。 「分かった、許可しよう」 仕方ない、とチーフは付け加えた。クーの顔が明るくなる。 「いいんですか?」 「なんだその疑う眼は。俺だってそれぐらいの権限はある」 チーフは、ぶすっ、とした顔で答える。 「やったね、クー」 にこっ、と微笑む。 本当によかった。嬉しかった。心のそこから。 クーは僕の腕を握る力を更に強め、僕の身体に密着した。 「はい」 明瞭な声が部屋に響いた。 チーフはごそごそ、と机を漁っている。 嫌な空気を察した僕は、部屋を出ようとした。 案の定、背中につぶつぶが当たる。ビシビシ、と音を立てた。 「さて、どうしようか」 僕は家のリビングで呟いた。 簡素なリビングで、物はテーブルと椅子、ソファにテレビしかない。 部屋は一つあまっているのでそこをクーにあてがうことにする。 問題は雑貨の数々だ。食器やタオルも足りない。 クーはと言うと、半裸でソファに寝転がっている。敢えて半裸なのにはつっこまない。 初めて見たソファに興味津々だったが、今では虜である。 「ねえ、クー」 呼びかけると、クーは「うみゅ」と声をもらしてこちらを向く。 「買い物行かない?」 少しの間、クーは思案する。思いっきり悩んでいるようだ。 多分、頭の中では、ソファに寝転がるか、僕についていくか迷っているのだろう。 うーん、うーん、とクーは唸る。ちょっと面白く、そしてかわいらしい。 そして、頭の上で『ぴこーん』と豆電球を光らせたクーは、起き上がる。 かけてあったワンピースをとり、ゆっくりと着る。 「行きましょう」 「じゃあ、まずは食器とかを買わないとね」 「食器?」 「うん、一週間ここで生活するから」 「ということは、一週間巧と一緒ですか?」 「そういうことになるね」 僕が返答すると、クーは僕に後ろから抱きついた。 突然の事態で、なんでなのか分からなかった。でも、その後に続くクーの一言。 「ふふ、嬉しい」 僕らは手をつないで、近くのデパートにやってきた。 まずは食器売り場へ。箸やお椀、コップなどをかごに入れ、レジで清算する。 お金のほうはFI社の方からたんまりでるので、問題は無い。 次に食材を買おう、と思っていると、 「あれー?神崎くんじゃなーい?」 聞き覚えのある声が右の方からした。 右を向くと、僕のクラスの男子が三人、女子が一人居た。 男子は両手一杯に荷物を持っていて、女子の顔は輝かしい笑顔で満ちている。 「どうしたの?」 分かりきった質問をする。 「買い物よ、買い物。それより、その右の綺麗な人はだーれ?」 ニヤニヤしながら女子が質問してきた。 荷物のせいで前の見えない男子達は荷物を地面に置き、息をついてからこちらを見た。 「なっ、お前、何やってんの!?」 「誰だそのお方は!」 「答えないとあーしてやるぞっ!!」 叫びだす。周りの視線を集めていることなんて気にしていない。 僕は頭をかく。どう説明したら良いか、迷っていた。 クーは好奇心の眼をした女子を見て、嫉妬の眼差しの男子を見て、僕に訊いた。 「巧と彼らはどんな関係なんですか?」 「あぁ、友達だよ」 「『ともだち』……?」 クーは首をかしげた。近くで唸っている男子を無視しつつ、僕は返答する。 「そう、友達。仲の良い人、ってことさ」 「『こいびと』と、どっちが良いんですか?」 クーの質問に、女子が噛み付く。 「もちろん、恋人のほうが良いに決まってるじゃな〜い」 にやついた顔で僕とクーを視線で嘗め回す。 クーは合点して、僕と腕を組んだ。男子の声が、うめき声に変わった。 「なら、私の方が良いんですよね、巧?」 「う、うん」 顔がどんどん熱を帯びていく。紅くなっていく。 女子は更ににやけだし、男子は僕に恨みの視線を浴びせる。 周りの買い物客は一瞬ぎょっとしていたが、すぐに明るい揶揄を囁き始めた。 「あーあ、この状況を見てると、あの先輩達を思い出すねー」 僕とクーを散々観察してから、女子が呟いた。 「あの先輩達?」 「そ。新入生歓迎会があった時に、暴挙に出た二人」 「……なんとなく分かるよ」 「そうよねー。あの二人と似てるもん」 「……羽里先輩と空深先輩だね」 「そうそう。あの二人、壇上でディープキスしちゃったんだから」 空気が凍る。男子はすでにオーバーヒートして、動きが止まっている。 「『でぃーぷきす』ってなんですか?」 クーは迷わず訊いた。女子は目を輝かせながら答える。 「ディープキスってのはね、相手の口の中に舌を」 僕は答えを訊く前に、クーを引っ張りながら 「じゃ、じゃあ、また後で」 「じゃあね〜」 女子がニヤニヤしながら手を振った。僕は後ろをチラチラ見ながら歩く。 「巧、『でぃーぷきす』ってなんですか?」 「まだわかんなくていいよ」 「そういうものですか?」 「そういうものです」 買い物をしている間、クーは僕の腕をしっかりとつかんでいた。満足げな表情だ。 こう見ていると、クーは普通の女の子だ。ちょっと自分の感情に素直すぎるところがあるけど。 僕は、ずっとクーと居たい。でも、時間は限られてる。 クーは目に付くもの全てに興味がわくらしく、僕に訊いてくる。 答えを返していく中で、僕はクーにもっと近づきたいと思うようになった。 ずっと居られないのかもしれない。なら、一生残る思い出になるぐらいに、近づきたい。そう思った。
噂を聞きつけたクラスメイト達が僕の家におしかける。 質問攻めにあうクー。僕はハラハラドキドキしながら見守っていた。 果たして、友人達の何気ない攻撃に巧は耐えられるのか? 次回、Mechanical Fairy「訪問」
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