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チーフが僕とクーを見ている。微動だにしない。眼が見開いている。 今日もテストで、僕とクーはいつもの倉庫に向かう。 昨日までと違うところは、僕とクーが手をつないでいることだ。 「どうせだから、手をつないでいかない?」 僕の提案に、クーはわずかに微笑みながら 「いいですね」 頷いてから、すぐに手を握ってくれた。あたたかかった。
Mechanical Fairy ver,1.04 暴走
『では、今日のテストの説明だ』 なんともやる気の無いチーフの声。裏でボソボソと独り言が聞こえる。 なにやら『くそう』『俺なんてまだ』と言っているようだ。僕は敢えて無視する。 『今日は走行と、模擬戦闘をテストする』 ―具体的に何するんですか?― 『走行は昨日と同じ5時間。模擬戦闘では戦闘機三機を相手にしてもらう』 ―三機も?― 『実弾は装備させているが、攻撃しないようAIを組んでるから大丈夫だ』 僕は首をかしげ、大丈夫かどうか不安を示す。 チーフは『とりあえず行ってこいよ』と叫んでから倉庫の扉を開けた。 背後で清めの塩が撒かれていたのは気のせいだ。気のせいだと思い込もう。 『5時間経過したぞー。おつかれー』 いつもの調子でチーフは合図する。僕はちょっとだけ安堵した。 倉庫に戻り、いつも保管されている場所へ移動して、 ―停動(ランアウト)― 自分自身の視界を確かめながら、僕はゆっくりとヘルメットを外す。 慣れてきたのか、5時間ではさほど眠くならなくなった。 クーを見る。ぼーっとしているのか、少し頭を垂れて動かない。 僕の視線に気づいたクーはこちらを見て、にこっ、と笑う。大丈夫なようだ。 コクピットを開け、リフトに乗る。ちゃんとクーの手を握りながら。 「C00LNP9は検査を、巧くんは30分ほど休んだら今度は模擬戦闘だ」 チーフはこちらに向けて塩を投げながら言う。 眼を細くし、塩の粒が眼に入らないようにする僕とクー。 「はい、分かりました。では、のちほど」 クーは塩の粒をビシビシと浴びながら僕に向かって礼をした。 数人の白衣の大人がクーに近づき、奥の扉へと先導する。 僕は「いってらっしゃい」と告げ、クーの後姿を見送った。 背中にはいまだにチーフが投げる塩の粒が当たっている。正直うっとうしい。 「このやろう、このやろうっ」 最後の方はほとんど泣いている。僕は何かしたんだろうか。 僕は機体の足にもたれかかって、倉庫の床に座った。 見上げる。白と青の塗装が少し剥げている。どっかにぶつけたんだろうか? チーフからの塩投擲が止んだ。どうやら袋が空になったらしい。 眼をこすりながら「な、泣いてなんかないぞっ!」と誰にでもなく言うチーフ。 ちょっと面白い。思わずニヤけてしまった。 30分間は案外長い。何をするでもなく、背中を機体に預けてボーっとする。 チーフは僕の横に座った。「よっこいせ」と見た目とは似つかない台詞を吐きながら。 「ところで」 チーフが急に話を振った。僕は横目でチーフを見た。 「なんですか?さっきの塩のお詫びなら受けますよ」 「きついな」 苦笑いを浮かべるチーフ。でも、すぐに真面目な顔に戻った。 「素体について、説明して無いことがあったな」 「御託はいいですから」 「……君も酷いな。まあいいか。何故素体は女性型だと思う?」 唐突な質問。僕は頭で考える。どうしてだろうか。 「開発者の趣味ですか?」 「……君は本気で言ってるのか?」 「すいません」 「よく、戦争の話になると強姦や略奪が多い、とか言うだろう?」 この話をしている時のチーフの眼は、少し伏せられていた。 「そのうち、強姦を抑止するためだ」 「……だから、生殖機能がないんですね?」 チーフは大きく頷いた。僕たちの声以外は響かない倉庫。 そこで、僕の頭に新たな質問が芽生えた。 「そのことを、クー、いや、全ての素体は知ってるんですか?」 彼は首を振った。 「さすがに、俺も言えないさ。それに、俺は反対した」 開発段階で、彼は会社の意向に断固反対した。意思がある者に、それはさせられない、と。 そして、エリートである開発主任から実験主任へと異動、いわゆる『左遷』をさせられたのだそうだ。 「だから、今でも俺は素体がそういう風に使われるのは嫌なんだよ」 僕は黙って聞いていた。 「ばかばかしい話なんだがな」 呟いた後、チーフはこちらを向いた。両肩に手を置かれた。視線に力があった。 「頼む。C00LNP9、いや、彼女を、大切にしてやってくれ」 静寂が倉庫を包んだ。彼の眼には、涙がうっすらと浮かんでいた。 自分の力不足を悔いていたのだろう。彼には、素体達への深い愛情が心にあった。 僕は、ゆっくりと頷いた。 「もちろんです。クーは、僕の大切な人ですから」 「……ありがとう、感謝するよ、巧くん」 彼の眼から頬へ一筋、流れた。チーフは頬を袖でぬぐう。 奥の扉が開く音がする。クーが戻ってきたようだ。 チーフはゆっくりと立ち上がり、両頬を二、三回パンパン、と両手で叩いた。 「さ、続き続き。今度は模擬戦闘だ。準備してくれ」 いつものチーフに戻った。僕はリフトに乗り、クーの手を力強く握った。 僕の意思が少し強くなったのを感じた。リフトが上がっていく。 この機体で、僕はクーを守れるのかな? そんなことを考えていた。 コクピットが開き、クーは左の席へ。僕は正面の席へと座る。 ヘルメットをつけ、いつもよりちょっとだけ、決意を加えて念じる。 ―起動(ラン)― 『さあ、今度は模擬戦闘だ。空に三機戦闘機が飛んでいるだろう?』 空を見上げる。確かに、戦闘機の影が三つ、空を旋回していた。 『左腰にはペイント弾が入っている短銃がある。それで戦闘機を撃て』 ―僕射撃なんてやったことないんですけど?― 『追尾機能はちゃんと備え付けている。万が一に備え、右腰には実弾をつけている』 ―分かりました― 『それと、戦闘機は動くものを確認すると逃げる。姿を隠しながら進め』 ―了解です。では、行ってきます― チーフの細かな説明と指示、アドバイスに感謝しながら僕は外へ出た。 一番近くの戦闘機をまず撃とう、と思って、ビルの影に隠れながらゆっくりと進む。 90m、85m、80m、とどんどん近づく。戦闘機はまだ気づいていない。 僕は短銃を左手で取りながら、ゆっくりと近づいていく。 70mほどの距離まで近づいたところで、チーフの叫び声が聞こえた。 『巧くん! 今すぐ、今すぐに実弾をこめろォ!!』 僕はチーフのほうを見て、首をかしげた。直後。 ガガガガガ、と僕のすぐ横のビルを機銃が削る音がした。 即座に側転し、距離を置く。戦闘機は、僕の方を向いていた。 『AIが暴走している! 撃墜してくれ!!』 当初の計画と違うため、チーフは狼狽している。それでも、指示は忘れない。 僕は右腰から実弾を取り、急いで短銃へこめる。少し手間取ってしまう。 視界の端で、機銃の先端がこちらに向けられたのが見える。 直後、ガガガガ、と再び機銃掃射。僕は側転し、ビルの隙間へと隠れる。 戦闘機は僕の横を飛び去った。僕はゆっくりと作業を進め、実弾に入れ替えた。 飛び去った戦闘機は、上空で旋回し、再び僕の方へと近づいてきた。 低空飛行になる戦闘機。僕はビルの陰からのぞき、戦闘機へ向け一発。 正面から直撃した戦闘機は、赤い炎と黒い煙を吐きながら地面を削り、爆発炎上した。 『いいぞ、その調子だ!』 チーフが叫んだ。僕は残りの戦闘機を睨み、ゆっくりと歩き出した。 二機の飛んでいる距離は、近い。もし、二機で襲い掛かってきたらこちらもやられるかもしれない。 僕は近い方の戦闘機がギリギリ反応する距離まで近づく事にした。 先ほどの戦闘機は約70mで反応した。ゆっくりと、歩を進める。 戦闘機の動きが、急に変わった。決まった円形の軌道から外れる。 僕はビルの陰から見ていた。戦闘機はこちらへと近づいてくる。 戦闘機は機銃を放ち、地面やビルを削りながら飛んできた。狙いを定める。 すると、急に機銃が止んだ。その代わりに、ドシュッ、と戦闘機の下から煙が出た。 こちらへまっすぐに飛んでくるミサイルが、視界に映る。 ―うわあああぁぁぁぁっ!― 僕は側転してぎりぎりで避ける。だが、ミサイルには追尾機能があるようで、すぐに軌道を変えた。 何回か直撃しそうになりながらも、何とか避ける。その度にミサイルは軌道を変える。 避けられないと思った僕は、銃を構えた。正面からミサイルが飛んでくる。 ゆっくりと、引き金を引いた。銃弾と、ミサイルがぶつかり合い、爆発した。 爆風の中へ、僕はつっこんだ。向こうからは、おそらく戦闘機が飛んできているはずだ。 黒煙に紛れ、眼を凝らした。二百m先に戦闘機の陰を見た。 銃を構え、照準を合わせる。黒煙が晴れ、機体の姿が露になる。 戦闘機はまっすぐと僕の方へと飛んでくる。機銃を放ち、全てを削りながら。 銃声が響いた。右の翼を撃ち抜かれた戦闘機はバランスを崩し、ビルへと突っ込んだ。 もくもくと上がる煙を見ていると、後ろから機銃の音が聞こえた。 横へ飛び、ビルの隙間へ隠れる。だが、少し反応が遅かったのか、左足に機銃を浴びた。 ガリガリ、と削れる音。神経でつながってるとはいうが、痛みは無い。 だが、これで動けなくなった。動けたとしても、遅いだろう。 僕はビルの陰で待った。落ち着こう。待とう。あと一機だ。墜とせる。 数分が経った。飛んでいる音はするのだが、どこを飛んでいるかは分からない。 右、左、をちらちらと見る。隙間からみえる狭い視界からは、ただビルだけが見えた。 どこから、と思っている矢先に、音が段々と近づいてくるのが分かった。 右? いや、左? 左右を見る間隔が短くなる。 視界が少し薄暗くなった。僕は、はっ、と上を見る。 暴走した戦闘機が地面から直角に、僕の上から急降下してるのが見えた。 機銃が撃たれる音。僕は上へ向かって、短銃を撃てるだけ撃った。 ガガガガ、という機銃の音と、ドンッ、ドンッ、という短銃の音が響く。 軌道がわずかにずれた機銃が右肩を貫く。右腕はもう使い物にならない。 僕は残った左腕で短銃を撃ちながらまだ動く右足でズリズリ、と横へ移動する。 そして、僕が居た場所へ機銃の雨が降り注ぐと同時に、戦闘機は粉みじんになった。 『三機撃墜確認! 整備班、P−VALKYRIEの搬入を急げっ!!』 チーフの声がした。声を聞くと、なんとなく安心が出来た。力が抜け、意識が飛びそうになった。 『医療班は待機! 整備班は停動したP−VALKYRIEと中の二人を保護!!』 意識が段々と遠のいていく僕の聴覚は、近づいてくる車の音を聞いた。 ビルの横に車が何台も停まる。中からメカニックと思しき人と、白衣の人々が出てきた。 囲んで、状態を確認しているようだ。撃ち抜かれた肩や足の状態を見ている。 『君、停動してくれ』 視界が霞むまでに意識が薄れていた僕に、整備班の一人が言った。 そうだ、停動しなきゃ。 僕は最後の気力を使って、念じた。 ―停動(ランアウト)― 視界が戻るのを確認する前に、僕の意識は途切れた。
意識を取り戻した巧は、一旦テストの中止を告げられる。 改修作業が済むまで、暇になった巧とクー。 そこで巧は、クーを外へ連れて行けないか、とチーフに尋ねる。 チーフは許可をする。外に出た巧とクーを待ち受けるものは? 次回Mechanical Fairy「出会い」
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