前へ  次へ

家に着く。時計は午後の3時を指している。 無言で家に入る俺。その後ろを、同じく無言で入る玲。 電気をつけ、閉め切っていた窓を開ける。気分とは裏腹に、風はゆるやかに部屋を走る。 今更になって叩いてしまった罪悪感が俺を突き刺す。胸が痛む。 思わず手で押さえる。掴む。爪が服の上からでも肉に食い込んで痛い。 玲は椅子に座る。手を膝の上に置き、そのまま微動だにしなくなる。 俺はいたたまれなくなり、なにをするでもなく部屋へ戻る。 そのまま床に寝転がる。天井を見上げながら、物思いに耽る。 玲の、さっきの顔が網膜から離れない。眼を閉じれば、すぐに再現されてしまう。 冷静な頭が告げる。信じている、と言ったはいいが実のところ俺は疑っている。 『果たして、本当なんだろうか?』と。 先ほどの打撃は、信頼の塔を易々と打ち崩すほどに強かった。残っているのは足場だけ。 俺は自分で頬を叩く。頭を振る。こんな考えに嫌気がさす。振り切りたい。払いたい。 信じたい。でも、疑ってしまう。いや、『信じるために疑っている』のかもしれない。 自分が信じたいと思える確たるモノを、見つけるために。 俺は、考える。それがいいのだろうか?そっとしておくべきなのか? 数分間、考え事をした。しかし、慣れない事をするとすぐに眠気が襲い掛かってくる。 春の陽気は、その止めを刺すのに充分だった。答えを得る前に、俺は眠りを得た。 冷えた風で眼が覚める。時計を見る。午後の6時。 春とはいえ、まだ夜は冷える。夕方の風は、昼とは打って変わってまだ寒い。 俺は重い身を起こし、部屋を出る。 リビングを見回す。玲が居ない。荷物はあるから、まだ居るようだが。 そこで、良い香りに気付く。台所を見る。玲が一人で料理を作っていた。 俺は呼びかけようとした。玲は手で俺の声を抑止。代わりに言う。 −座って待ってて。− 声をなくした俺は、椅子に座る。 そわそわしてしまう。台所をちらちらと見てしまう。玲の動向を観察してしまう。 玲は料理に集中して、こちらに気付かない。 わだかまりはまだ俺の中に残っている。だが、それよりも玲の不慣れな手つきが気になってしまう。 気になってはいるが、その暗雲を払いたい。いつ、払えばいいのだろう? 玲が話したくないのならそれまで。話してくれるのなら、俺は正面からぶちあたらなきゃならない。 自分に問う。覚悟はあるのか?と。身震いする。拳を握る力が、少し強くなった。 数十分後。カレーの香りが漂うリビング。 無言でサラダに和風ドレッシングをかける俺。カレーの辛さに耐え切れず水をゴクゴクと飲む玲。 その手には、絆創膏がいくつか巻かれていた。包丁で切ったのかもしれない。 飲み干したコップをテーブルに置き、玲の食事の手が一瞬止まる。 機会は逃さない。 「なあ、玲?」 手がビクッと反応する。玲はカレーを見ている。俺を見はしない。続ける。 「今日の、昼のことなんだが。」 すでに外は暗い。電気がついていて、カーテンで外とは隔離されている。 玲は動かない。その挙動のなさに不安を覚えつつ、言う。 「確認する。本当か?」 無表情の顔が上がる。俺を見る。視線から強い意志が感じられる。俺へ対する、ある種の敵意。手は告げる。 −冗談で言える内容だと、思う?− 玲の視線は俺を貫く。俺は再び罪悪感に押しつぶされそうになる。 「そうか。」 再び無言が場を支配した。外からはクラクションの音が聞こえる。 不快な音。そんな音でさえ、沈黙の壁は弾き飛ばしていた。俺の脳へは、響かなかった。 罪悪感の闇。だが、その中で光明があった。「信頼しよう。」その意思が。 もう、疑わない。玲が言ったから。俺の、愛しい人が断言したから。 夜の9時。玲の細い身体を横に、俺は座っていた。肩を寄せている。 俺は、信頼の塔を再び建てていた。「今まで」を型へ入れ、「今日の出来事」を固め、「質問」の装飾を施す。 一つづつ、丁寧に。ゆっくりながらも、確実に。前よりも高く、大きく、強く。 玲の息遣いを聞き、身体に触れ、暖かさを感じる。その全てを、塔へと費やす。 玲は目を伏せたまま、俺へは向けない。俺の口が動く。声帯が意思を空気に乗せる。 「すまん。」 突然の謝罪に、玲はこちらを向く。手に力を入れ、俺は伝える。 「その、夕飯の時の。」 今度は俺がうつむく。玲の眼を見て話せない。情けない。思ったことを伝える。 「それで、」 止まる。玲がどういう眼で俺を見たのか分からない。確認できない。怖い。玲から逃げながら俺は言う。 「ありがと、な。話してくれて。」 俺はおそるおそる玲を見る。玲は相変わらず無表情。 そのまま、俺は押し黙る。また、視線をそらす。また、逃げる。 玲は肩に回した俺の手を握る。ただ、握る。暖かい。見る。手を離し、伝えてくる。 −これで、おあいこね。− 玲はかすかに笑う。 外の暗闇から、冷たい風が吹く。だが、身体も心も暖かい俺には、無駄だった。無表情に戻る玲。 −また、最初から始めよう?− その一言で、俺の信頼の塔は完成した。塔の上にはためく、大きな旗。 俺は、また築き始める。砕かれた道標を。玲と歩んできた証を。雲の合間から見える三日月が、俺と玲を見ていた。
前へ  次へ 長編へ  トップへ

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析