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拝啓  父上殿 僕は玲とピクニックに来てます。清々しい陽気です。 でも、僕は死にそうです。なぜなら、 「上に乗るなぁっ!」 と、言うわけです。上に乗っているのは言うまでもありませんが、玲です。 では、お体に気をつけて。 敬具 昼の2時。なぜか親父に向けて手紙を書く幻想を見るほど、現実逃避したくなる。 確かに清々しい陽気だし、玲は上に乗っている。だが、腰の上だ。 他の人から見れば一瞬いかがわしい行為をしていると思えなくも無い状況。 恥かしさで死にそうである。昼になって、遊びに来るませた子供が好奇心旺盛に見に来るのだ。 今も、2,3人の小学生が俺と玲を凝視。お願い、見ないで。 俺は顔を小学生から背ける。玲は上に乗ったまま、腰を動かす。 こすれる。どことどこか、を訊くのは野暮ってもんだぜ。 俺は上半身を起こし、玲を力ずくで上からどかす。玲は少し残念そうだ。 小学生達は「えーっ」と不満そうな声。君たちにはまだ早いのだよ。 玲は馬乗りになるのを諦めて、俺の隣に座る。 興味の対象を失った小学生達は、走って遊具のところへ。 ふぅ、と安堵のため息をつく。自分の左胸を確認。まだ脈動は激しい。 とんとん。玲はこちらの肩を叩く。横を見る。すこしうつむいている。手が語り始める。 −実はね、私の喉は、どこもおかしくないの。− いきなりの告白。脳を撃ち、穿ち、貫く衝撃。 そして当然沸いて出てきた疑問をぶつけてみる。 「じゃあ、どうして声が?」 玲は顔を更に伏せる。だが、手だけは言う。 −虐待。− その一言。理由がつまった、重々しい動き。 心なしか、手の動きも鈍い。それでもなお、手は語る。 −お父さんに、ね。それで、耐えられなくなって、大声を上げた。でも、誰も助けてくれなかった。− 肩が震え始める。それでも、健気に手は語る。 −声を出しても、誰にも伝わらない。その思いが喉を縛ってるって、お医者さんに言われた。− 俺は見つめることしか出来ない。声をかけようとも、多分耳には入らないだろうから。手は、続ける。 −PTSD、かな。そして、声が出なくなってから、数年が経った。私は、表情を表に出さなくなった。− 風が玲を撫でる。風ですら鬱陶しいらしい。顔の前で、手で風を払おうとする。 空を切る、細い手。顔は上げようとしない。風が止むと、一旦動きが止まる。でも、またすぐに続ける。 −私が、いくら笑っても、泣いても、怒っても、皆は『なぜなのか』が分からないの。− 肩は震え、玲の伏せられた顔からいくつか雫が落ちる。手は止まらない。 −『声』なら、簡単に伝わるものが、どんなに伝えようとしても、伝わらない。だから、表情を出しても無駄だって、思った。− 日は優しく玲を照らす。その光を、玲は見ていない。まだ、手は満足しない。 −気付いたら、うまく表情が出せなくなった。でも、それでいいと思ってた。キミに会うまでは。− 玲は顔を上げる。涙をためた眼で、俺を見つめる。もう、手は勝手に動いているようだ。 −キミは、私の『言葉』を聞いてくれたから。嬉しかった。私は、表情を取り戻すきっかけを、キミからもらったわ。− 玲は、涙を一粒、また一粒と流す。手は、伝える。 −私は、頑張って表情を取り戻そうとした。キミと笑いあうために、ね。でも、まだ取り戻せないんだ。− 少し近づく玲。俺は玲にひきこまれていく。手の動きは、終わらない。 −キミは、よく笑って、よく怒ってたね。キミから、学ぼうとしたよ。ずっと、一緒に居たかったし。− 玲の表情は語る間、ずっと変わらない。手は、機械の如く止まらず動く。 −でも、怖いんだ。私の『障害』が無くなったら、キミは、私に目もくれないんじゃないか、って。− 玲は、涙が止まらなくなった。俺は、黙ってずっと聞いていた。玲の意思とは関係なく、手は動く。 −私は、伝えたい。でも、伝えられない。キミ以外の、ほとんどの人が『心の壁』で私を追い出すから。− その言葉を理解。思わず俺は玲の頬を叩いた。パン、と小気味良い音が響く。 音を聞いた周りの者が、こちらを向く。玲は叩かれた頬を押さえ、俺から視線を外す。 「『心の壁』で仕切ってるのは、他人だけじゃない。お前もじゃないのか?」 俺は玲を見据える。玲は、顔をそらしたまま。 「そうやって、『どうせ理解してもらえない』って、最初から諦めてるのは、『心の壁』じゃないのか!?」 玲の顔を俺へ向けさせる。玲は、視線をそらす。 「今は仲が良いクラスメイトだって、最初はそう、思ってたんだろ?でも、今は違うだろ?」 玲は、小さく頷く。視線も、こちらへと向いた。 風が撫でる。少しの風では、俺も玲も動じない。なぜか俺の目頭が熱くなってくる。 「人は、変わるんだ。信じろ。俺を、皆を、他人を。そして、自分を。」 だんだんと、ろれつが回らなくなってくる。それでも。 「俺は、お前、を、信じてる。だから、そん、な、こと、言うな、よ…。」 声を最後まで絞り出すと、涙がこぼれた。声を漏らさないように。日は、相変わらず俺と玲を暖かく照らす。 二人して、しばらく泣いた。大声はあげないで、静かに。 玲は、赤くなった眼をこちらに向けた。そして、手を動かす。 −ごめん。でも、ありがとう。− 玲は一瞬だけ、俺に唇を合わせた。すぐに離れ、帰る準備を始めた。 俺はそれに同調し、レジャーシートを片付け始める。 片付けた荷物を持ち、公園を後にする。帰るときに握った手は、少し力がこもっていた。
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