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翌日。月曜日の朝7時。 家を出る。ドアをゆっくり閉め、鍵をかける。 既にエントランスで玲が待っている。俺は小走りで駆けていく。 昨日の夜は2人でずっと隣にいただけ。それでも、充分だった。 玲は俺を見ながら手を差し出す。俺は頷き、手を取る。 手を繋ぎ、そのまま歩き出した。ゆっくり歩いても、充分間に合う。 7時半。校門前。 バスケ部が正門前で挨拶をしている。学校独自の運動だそうだ。 野太い「おはよーございまーす」と甲高い「おはよーございまーす」が入り混じる。 俺と玲は手を繋いだまま、校門をくぐる。 視線が少し痛い。ヒソヒソ話が聞こえてくる。 やはり慣れない。顔がほのかに紅くなり、視線が下を向く。 玲は構わず歩みが遅くなる俺をぐいぐいと引っ張る。このパワーはどこから? 教室に到着。いつもと変わらず、すでに大半の席は埋まっている。 特に男子は朝からハイテンションだ。今日のメインイベントは生徒会による歓迎会。 というより、その後に希望者は参加できるアイドル兼生徒会長のライブがあるのだそうだ。 机の横に鞄をかけ、席に座る。はぁーっと息を吐く。 「項貴、お前も参加するんだろッ!?」 息の荒い男子が男子が声をかけてくる。 同乗した男子達が一斉に俺へ駆け寄り、同じ台詞を言う。 「いや、俺は興味ないからさっさ帰るが。」 きっぱりすっぱりと断る。 男子達は本物のネッシーを見たような顔をしている。 明らかな動揺。ある者は「あぁ、明日には後悔の顔を浮かべるのか」というある種の悲哀を持って俺を見ている。 「マジか?」 少し上ずった声で男子が尋ねる。 「大マジだ。」 完璧に誘いを打ち砕く。少し悪い気もするが、曖昧な答えは好きじゃない。 彼らは諦めたのか、すごすごと席へ戻っていく。 午後の授業は無く、生徒会の歓迎会。 歓迎会、といっても、役員紹介と、生徒会長の話、新入生代表の話ぐらいしかない。 残り時間は先輩方と自由に会話するなり、遊ぶなりしていいらしい。 「―――――以上で、終わります。」 生徒会長の長い話が終わった。 話し方は上手く、声も綺麗だが、容姿が派手だ。 金髪、ピアスは両耳合わせて9個、メイクは「厚化粧」といえるぐらいである。絶対に容姿で損してる。 それなのに一言二言話すたびに歓声を上げる男子達。俺も同類項と見られるからやめてくれ。 「新入生代表の挨拶。1年3組、空深玲が行います。」 吹いた。確かに、玲は成績トップ。代表として挨拶するのが適任だろうが。 喋れないのにどうやってするんだ? と疑問に思っていると、玲はスタスタと歩いていく。右手には小型のレコーダー。 マイクの前に立ち、深々と礼をする。そして、レコーダーのスイッチを入れた。 『本日は、私達新入生のために―――――』 合成音声。なるほど、文明の利器を上手く使ったのだな、と感心した。 どうやら、学校のものであるらしい。黄色いテープが貼ってあるのが見えた。 新入生代表の話も終わり、次は交流会。 男子は勿論生徒会長の元へ。 女子は男子の先輩、女子の先輩と半分半分にきっちりと分かれた。 そんな俺は一歩離れて壁に寄りかかっていた。ここで趣味の人間観察。 先輩は新入生に色々な目星をつけているようだ。恋愛的のも、部活的のも、趣味的のも色々と。 ほとんどの先輩の眼は狩人の眼だった。もちろん、一歩外れている俺には誰も眼をかけない。 「キミはどうしてそんなとこにいるんだ?」 右のほうから声がした。いつか聞いた声。 右を向く。テニス部の部長のようだ。制服姿の彼は、顔が童顔のせいで少し年下、つまり俺と同年代に見える。 「人間観察ですよ。」 返答する。彼は首をかしげながら再び質問。 「参加しないのかな?」 悪意は無い。だが、少し胸にチクリとくる。 1年生も、2,3年生も皆がワイワイと楽しくやっているように見える。 輪から外れているのは俺と彼、そして数人だけ。俺は答えようとした。 怒声が聞こえた。その方向を見る。幾人かの女子の先輩が誰かを囲んでいる。 「意味わかんないよ!」 再び怒号が飛ぶ。誰もがそちらを凝視。俺も眼を凝らす。 真ん中には玲が居た。会話の内容から、どうやら挨拶の仕方が無礼だと思ったらしい。 確かにレコーダーでの挨拶は無礼かもしれないが、それを許容する心の広さはないようだ。 玲は手話で伝えようとするが、どうやら相手は手話がわからないらしい。 すかさず走りだす俺。部長が俺を制そうとしたが、遅かった。俺はすかさず女子達の間に割り込み、玲をかばう。 「申し訳ないが、玲は喋れないんだ。そういう訳で、ご容赦願えないか?」 だが、それが何故か相手の癇癪を買い、彼女らは訳も分からないことを喚き散らした。玲は無表情のまま、直立不動。 途中、「新入生の分際で」、「あんな挨拶でいいと思ってるの」などと聞こえた。 男子の先輩や生徒会長が彼女らをなだめる。玲は同級生と生徒会の役員達に薦められ、その場を退出する。 玲が出て行った後、俺は大きな声で叫ぶ。勿論、皮肉を込めて。 「1、2歳違っただけで随分と偉くなるものだなあ!」 どよめきが起こる。問題の女子達は、俺を睨む。それ以上の気迫で睨み返す。再び叫ぶ。 「『分際』と言えるほど、あなたがたの人間性は出来上がってるとはいえないなっ!」 空気が揺れる。どよめきはかき消された。俺は講堂のドアを閉め、いつもの屋上へ向かった。 今日は、少し風が強かった。 玲は無表情のまま、フェンスに手をかけ、空を見ていた。 その横で、俺は同じように空を見た。雲がかすかに流れていた。 ポケットからレコーダーを取り出す。持つ手が震えていた。 無表情のまま、レコーダーを見る玲。少し見た後、ポケットにしまい、手で思いを告げる。 −私は信じた。− 悲痛な叫び。鼓膜には響かないが、脳には響く。 −誰にも伝わるって。− そこで動きは止まってしまった。フェンスに手をかけ、空を見続ける玲。 俺はなんと声をかけたらいいか分からなかった。 と、屋上の扉が開いた。屋上に出てきたのは、件の女子と、生徒会役員。 敵意を持った眼で睨む。向こうも同様の視線を俺へ、玲へ送る。 そんな空気を無視して、『風紀』の腕章をつけた生徒会役員が言う。 「えーと。とりあえず、話をつけましょう。」 何を言ってるのか、と思った。今更話が通じるとは思えなかった。 玲は無視した。俺も黙殺したかったが、話だけでも聞いてやることにした。蒸し返すのもどうかと思うが。 予想通りと言うか、案の定と言うか、彼女らの主張は罵倒に始まり、罵倒に終わった。。 まともだったのは「礼儀を弁えろ」、「言葉遣いを考えろ」程度。俺は一つだけ言うことにした。 「『人の振り見て我が振り直せ』ですよね、先輩方?」 なるべく抑えているつもりだが、どうも不愉快感、敵意が言葉にのっかる。 最後のスイッチを押してしまったようだ。リーダー格の女子が猛烈な勢いで俺に突進してくる。 どの年代にも阿呆はいるのか、と思いつつ身構える。 一発までなら避けるつもりはない。殴るつもりも無い。ただ単に受ける。 ドッ、と鈍い音が鳴る。玲はその音に反応し、俺を見る。 肩から入った彼女のタックルは俺の腹部を直撃。鈍痛。それでも、俺は睨み続け、皮肉を吐く。 「思考がこうなら、池に戻ってミジンコと戯れてたらどうですかね?単細胞さん?」 もはや先輩に対する言葉ではなくなっている。啖呵を切ったも同然な言葉。 残りの女子達は各々、握りこぶしを作り、喧嘩に突入しそうになる。 と、そこで生徒会役員のレフェリーストップ。悪魔っぽい笑顔で言う。 「はーいはい、この会話はなんと講堂に筒抜けでーすっ。」 ポケットからトランシーバーを取り出す。その向こう側からは非難の嵐が聞こえる。 だんだんと青ざめていく女子達。そのまま走って逃げていく。講堂に行って弁解を試みるつもりなのだろうか。 俺は腹を押さえつつ、ふぅ、と長く息を吐く。怒りを息に乗せ、排出。 風は既に止んでいた。心の隙間風は、怒りの息と共に消え去った。 生徒会役員はトランシーバーを持ったまま、俺へ近づき、言う。 「それでは、今日のメインイベンター、『騎士』にお話を伺いたいと思いまーす。」 と、トランシーバーに向かって言った後、俺へ差し出す。 お姫様を守る騎士扱い。少し照れくさい。講堂に居る皆に向かって言う。 「一つだけ、お願いがあります。」 向こうは静寂。俺はゆっくりと息を吸い、告げる。 「玲は、一人の人間です。俺や、他の人と同じように、怒り、嘆き、悲しみ、笑います。」 屋上の者は、微動だにしない。講堂の者は、一言も発しない。 「玲を、色眼鏡で見ないで下さい。」 言い終わると、トランシーバーを渡す。受け取った生徒会役員は、すぐに引き返した。 また、風が出てきた。 玲は無表情でこちらを見ていた。フェンスによりかかり、日光を背に浴びて。 そのまま、少し時間を置いた。なんて言おうか、やっぱり迷った。 フェンスから身体を離し、近づいてくる玲。俺はそのまま動かないで立っていた。 −信じるって、辛いね。− 玲は手で伝える。俺はずっと玲を見ていた。 そのまま、玲は俺へしがみついた。俺はただ頭を撫でてやることしかできなかった。 自分の不甲斐なさに、涙が出そうになる。だが、今は泣いてはダメだ。 後に生徒会役員に話を訊くと、 「一人の生徒が、複数の生徒によって理不尽な待遇を受けるのは許せないから。」 と語ってくれた。玲はその話を聞いて、少し嬉しかったようだ。 一波乱あった歓迎会も終わり、俺と玲は帰路につく。 手をつなぎ、2人で夕陽の中を歩く。少しこたえたみたいで、うつむき加減の玲。 その手には、いつも以上に力が入っていた。俺は、優しく玲の手を握った。
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