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「紅白歌合戦だあ?」 驚きの声をあげる俺。朝9時50分、休み時間の教室。 移動教室のため、廊下を歩きながら話す。玲の荷物も俺が持ち、玲は両手を使って告げる。 −らしいよ。飛び入りOKだって。− いつもの無表情で情報だけを伝える。生徒会の突発イベントは手に余る。 周囲は何を歌おうか、悩んでいる者が多い。 既にのどあめをなめたり、声出しをして準備している者も居る。 「そうなのか。」 流す。そのままスタスタと歩く。次は音楽の授業。イヤな予感が多少した。 的中するイヤな予感。 音楽教師は女性なのだが、少し話をずらす癖があるらしい。開口一番、 「今からオーディションやるよぉっ!」 どよめきが走る。不安と、期待とが入り混じる声。 授業を1時間ぶっ潰して歌合戦に出すためのオーディション。 一人ずつ持ち歌を歌い、評価をするらしい。 先生は声楽を学んでいたため、その筋にはうるさいようだ。 一人、また一人とズバズバと斬られていく。 玲は当然のごとくスルー。寂しそうに目線を送る。 「次は羽里くんっ!」 ご指名。前へ歩み出て、マイクを取る。 音楽を選ぶ、少しマニア入った学級委員に言ってみる。 「なあ、『マシンガントーク』はあるか?」 クラス中がざわめく。先生は期待の眼でこちらを見ている。彼はMDを取り出し、笑いながら告げる。 「もちろん、あるに決まってるさ!」 少し嬉しくなる。久々に人目を気にせず、自分の世界に入って歌えるからだ。 MDをセット。流れ出すイントロ。俺はマイクを握り締め、歌いだす。 「♪ちょっとやそっとじゃとまらな〜いキミのま、し、ん、がん、とーく♪」 歌い終わり、マイクを切る。拍手喝采。中には立ち上がるものも居た。 俺としては評価より、久々に思いっきり声を出せたことが快感でならない。カ・イ・カ・ン(はあと 「上出来ね。」 先生は前髪をかきあげながら言う。あまりさまになってないのが笑いを誘った。 さらに、先生自身が別のMDをセットし、告げる。 「キミの声にはこんな歌が似合うんじゃないかしら?」 微笑みながら、スイッチを押す。 聞いたことのあるイントロ。よく耳を凝らすと「いらっしゃいませぇ〜」と聞こえる。 俺の魂に火がついた。まさか、これを選んでくれるとは思わなかった。 クラスメイト達は疑問符を浮かべる者、既に笑いをこらえる者、とりあえずワクテカする者と様々だ。 俺はマイクにスイッチを入れ、大きく息を吸う。 勿論、台詞の部分は一人二役で、声色を変えて演じる。魂がそれを求めているのだ。 「♪はんばぁがぁしょぉっぷ♪」 「いえあっ!!」 マイクを上へ振りかざし、フィニッシュ。 大爆笑が起こる。拍手をしながら笑う皆。涙を流しながら笑う者は少なくない。 初めて聞いた人が多いのだろうか。玲も笑いを必死にこらえていた。 先生は拍手。先生のほうを見てみると、ニヤニヤしている。更なるイヤな予感。少しの後悔。 「決まり!キミ、白組代表として出なさいね!」 顎が『ガコンッ』と音を立てて外れる。急いではめると『ゴッ』と音が鳴った。 ノリすぎたのが悪かったのか。どちらにしろ、後戻りが出来なくなってしまった。 皆で歌う曲を話し合う。色々と出るが、中々決定打が無い。 『愛が呼んでみようぜ!』とか、『心踊ってみるのは?』とか。 授業終了のチャイムが鳴る。皆は話し合いながら音楽室を出る。 結局、本番直前まで決着がつかず、「俺の意思に任せよう!」という事になった。 舞台裏でドキドキする。すでに歌う楽曲は放送部に伝えた。 知っているのは、俺と放送部のみ。マイクを握る手に力が入る。 演劇部が貸してくれた衣装(といっても私服と同義だが)を着て、口ずさむ。 「…言わないで…最後に…」 拍手が聞こえた。次は俺の番。暗い舞台裏から、スポットライトの当たるステージへ。 ステージに立ってみる。皆が俺を見ている。注目が俺へと集まる。 少しざわめいている。暑い。スポットライトは、特に。 だが、今は俺の心も熱かった。視線が段々と気にならなくなっていく。アナウンス。 「1年3組、羽里 項貴くん。どうぞ。」 選んだ歌の歌詞と、ほとんど同じシチュエーション。 客席の電気が消える。客の姿がうっすらとしか見えなくなった。 その中の登場人物に、俺と、もう一人を投射しながら、歌い始める。 「♪スポットライトのしぃ〜たぁ〜♪」 ざわめきが止まる。暗い中に、俺の声だけが響く。 「♪自分を叫びうたったぁ〜♪」 声を出し、心を込めて歌う。歌の醍醐味は、そこだ。 そうすれば、自分も気持ちが良いし、聴衆も良い気分がする。 歌い終わり、一礼。拍手が起こる。数十人がスタンディングオベーションもやっていた。 歌い終わった後の、コメントを言う。一言だけ、言う。 「この歌を、白の勝利へ、そして、俺の大切な人、空深玲へ捧げるっ!」 再び一礼。一段と強くなる拍手の音。顔が紅潮しているのが良く分かった。 舞台裏へ降りる。次の人へマイクを渡す。彼は、肩をポンと叩いてくれた。 椅子に座る。なんともいえない、歌唱の残り香。手が震えていた。背筋には、興奮の寒気が走った。 結果は、僅差で白の勝利に終わった。生徒会長を擁する紅に勝ったのは、まさに僥倖だった。 歓喜に湧く、白のメンバー達。一緒に歌い、一緒に笑った。 俺は一人、枠から外れた。玲が手招きをしていた。 まだ、周りには全校生徒千数百人が居た。玲は客席の後ろへ俺を誘導した。 生徒達は前を見ていた。エンディングセレモニーが、終わりへ差し掛かったからだ。 玲は切り出す。 −キミは、私と違って空気を読むと思ってたよ。− 今更になって心が痛む。再び顔が発火しそうになる。 歓声があがった。生徒会長の歌がフィナーレを迎えたのだ。 −でも、嬉しかった。大好き。− 玲は突然、俺へ近づき、唇を奪った。 あまりの展開の速さに、俺は思考能力が追いつかない。ただ玲のなすがまま。 最後尾の男子が俺と玲の狼藉に気付き、歓声を上げる。 それにつられ、波状のように後ろを向く生徒達。そして、上がる嬌声。 即座に放送部がかけつけ、インタビューの準備をする。 白い布がかけられた長い机に、いくつものマイクが一箇所に集められ、まさしく記者会見。 スポットライトまであててくる始末。暗闇に、俺と玲が照らされる。 ステージ上の生徒会長は唖然としている。俺はなんとか玲を離し、マイクへ言う。 「そ、そのな。えーと、あー。」 放送部の手際の早さに驚いていたため、少しどもる。 皆は好奇心の塊と化した。俺と玲へ、徐々に近づいてくる。 俺はなんとか弁解をしようと試みるが、どこからともなく、アンパンが投げられる。 「あ、ありがと、ってアンパンは違うだろうがっ!」 とっさに芸人魂炸裂。なんか違う気がした。自分でもよく分からない。 それでも投げられるアンパン。一口サイズから、遠方から40mm砲の砲撃もあった。 一つ一つ、かわしながら言う俺。 「と、とにかくっ!ステージ上で言ったとおりだっ!!」 恥かしさがぶりかえす。そして、さらに爆撃は加速していく。 すでに何百個という単位になったアンパンに埋もれていく俺。 玲はというと、女子に囲まれ、やはりどこからともなく花束を渡されていた。 そして、その花束を一つにまとめ、投げる。それを無心に追いかける女子達。何?それはブーケなのか? アンパンで狭くなっていく視野。だんだんと、身動きが取れなくなっていく。 爆撃は止まらない。どんどんと、アンパン弾は降ってくる。なぜか投げている者は皆泣いている。 結局、脱出できたのはそれから2時間後、爆撃が止んで30分後に『発掘』されてからだった。
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