時計は昼の1時2分を指している。 今俺が居る学食は80人ほどが収容できる広さの、いたって平凡な学食である。 ただ、許容範囲を遥かに超えた黒山の人だかりが、俺の周りに居ることをのぞけば。 何故なら、俺の対面にはいつもの顔で静かに座っている赤音の姿があった。 そして俺の目の前には3段で漆塗りの高級そうな重箱がどっしりと置かれている。 この重箱はもちろん俺のものではなく、赤音のものである。 中身は普通の弁当。ただし、その量は半端なく10人前は軽く越える。 つまり。 「おいしい?」 赤音は俺に対して、弁当を作ってきたのだ。 恋する乙女が意中の男を落とす常套手段。 あまりにもありきたりすぎる。誰が入れ知恵したかしらんが、恨んでやる。 そして、赤音は加減をしらない。 平均的な男子高校生ぐらいの食欲しかない俺に対してこの弁当である。 容赦ない。 まずは数十個ほど並んでいる卵焼きから手をつける俺。 塩加減良し。絶妙なふわふわ感がさらに評価を上げる。 丁寧に作られたタコさんウインナーも、肉じゃがも、その他全てを一通り味見した。 確かに美味い。それはいい。 だが、量だ。何を語るにも、まずは量を消費せねばなるまい。 周囲は「食べ切れるのか?」という興味半分と「ちくしょう」という恨み半分でこちらを見ている。 今の俺の気分は処刑される直前のマリーアントワネットに近い。 前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだ。進めば地獄、退けば煉獄。 ならば退くしかあるまい。 「なあ」 俺の呼びかけに対し、わずかに眼をキラキラさせてこちらを向く赤音。 機敏に反応したのは赤音だけでなく、回りもワクワクを隠せないようでニヤニヤと俺を見る。 ニヤニヤ顔は蒼真だけで充分だっつーの。そこ、引きつったニヤニヤの裏に黒いオーラを隠すな。 「これはどう考えても俺一人じゃ食いきれないから、分けて良いか?」 赤音の表情が曇り空になる。僅かに顔を伏せ、ミリ単位で眉を下げた。 周りのニヤニヤが希望の光に照らされて明るくなってきた。現金な奴らめ。 っつか、一人で食べきるのは常人じゃムリだ。それこそ宇宙の胃袋を持つ男でもない限り。 「……」 無言のまま赤音は周りの人間に、食べてよし、とジェスチャーで示す。 周りの男達は懐からマイ箸を某大食い探偵のように、しゃきーん、と取り出した。 俺の前においてある重箱を俺から奪い去り、喰らいつく男子。 男子達の一連の行動は容易に予想が出来た。この騒ぎにまぎれて俺は食堂を出る計画だ。 うん、我ながら完璧。 俺はそそくさ、と席を立ち、男子達の合間をぬって一人食堂をあとにしようとした。 後ろからつかまれる肩。超絶に嫌な予感が頭を支配しつつ振り向くと、 「よお、トラブルメーカー」 ハンサムなニヤニヤ顔があった。横には腰に手を当て、竹刀常備で仁王立ちをするツインテール。 帰っていいか、俺。むしろ帰らせろ。 「固いこと言うなって」 笑顔を崩さず、蒼真は後ろを指差す。 ここから3メートルほど離れた位置に、気配を消して直立不動な赤音がいた。 俺にどうしろというのだろうか、このイケメンは。 「どうだった?」 赤音は後ろでがっついている集団には目もくれず訊いてきた。 俺は気の利いた台詞を答えようとして結局、俺らしくない、と思うままを答える。 「美味かった。 ごっそさん」 ぱああ、と効果音が聞こえた気がした。発信源はもちろん赤音である。 俺は残り少なくなった弁当を取り合う男子達を見て、出口に歩を進めようとした。 またつかまれる肩。もう振り向くまでもない。嘆息しつつ問いかける。 「なんだ?」 振り向くまもなく、聞こえてくるアルテ声。 「あと一個、忘れてるだろ?」 明るいカラカラという笑い声を出しながら蒼真は言う。 「わざわざあんたのために弁当を作ってくれた月葉に言うべきことがあるでしょ?」 積城は竹刀の柄を持ち、ズドンッ、と学食の床へ叩きつけながら俺に言う。 ……なんかあったか? 俺は自分でも自覚できるくらい足りない脳味噌を酷使し、脳内ライブラリーを検索する。 10秒前後かかった脳の回転の遅さがうらめしい。思い当たった瞬間、俺は思った。 なんつーバカだ俺は。 「あ、ありがとな」 言うのもためらわれる一言だ。面と向かっていうのは気恥ずかしい。 言うこともなかったし、言われることもなかった言葉。 久しぶりに使った感覚がしてなんとなくむずがゆい。 俺のお礼を聞いた赤音はわずかにコクリとうなずいてからは全く動かなくなった。 横から蒼真や積城がつんつんとつついても直立不動を保ったまま。 知り合い三人と、最後に残ったタコさんウインナーを奪い合う男子諸君を一瞥し、俺は学食を後にした。 「はあ」 俺は再び屋上に逃げてきて、柵に背を預け座りながらため息をつく。 いつから狂ったんだろう俺の平穏な日々は。 俺は平和に何事もなく争いに巻き込まれることもなく生活したかったのに。 その態度が逆に何事かを呼び込むとは。なんたる不覚。 いわし雲が泳ぐ空を見上げながら俺は再び溜息をついた。 「ところで」 いきなり声がした。 横には気配を消して俺の隣に座っていたスマイルの良く似合う蒼真が座っている。 お前は忍者かなんかか。 「赤音の弁当の件な」 俺の心の呟きが聞こえるわけもなく、蒼真は表情を笑みに固定しつつ言う。 「どうすんだ?」 ……は? 俺の脳内には「何が?」という疑問がひしめきあって色んな穴から飛び出そうだ。 俺は目頭を右手で押さえ、蒼真を左手で制止しつつ、 「何が?」 脳内の疑問をそのまま口に出した。 笑みを苦笑へと変化させた蒼真は肩をすくめ首を振り、 「これからずっと作ってもらうのか?」 俺の眼を見据えて訊いてきた。顔に貼り付けられた笑顔とは裏腹に、語気も眼も真剣そのものだ。 蒼真から眼をそらし、俺は吹かれた風に舞い上がった前髪を手櫛で直しながら、 「出来るならばやめてもらいたいな」 返答する。 蒼真はケラケラと明るく笑い、右手を顔の前で横に振った。 「ムリムリ。 むしろ、お前の返答を聞いただけムダだった」 蒼真の意味深な一言に首をかしげながら俺は教室へと戻る。 周りからはイヤという程視線を受ける。 視線には嫉妬や興味、その他俺が受けたくなかった全ての感情が含まれていた。 せめて興味関心好奇心の類は心の奥底に沈めておいてほしいものだ。そして封印してほしい。 教室後方の扉を開け、窓側一番後ろの席に座り、すぐに外を眺めた。 時間ギリギリまで校庭でサッカーをしていた男子達が急いで校舎内へ入ってくる。 元気なことで、うらやましい限りだ。 ふぅ、と俺が今日三度目のため息をつくと、教室前方が急に騒がしくなった。 嫌な予感。 俺の直感はなぜか不利益の方向にだけはよく当たる。 つかつか、と人の群れを割いてこちらへと向かってくるのは当然、赤音だった。 俺の席の前に、すっ、と音も立てず座り、こちらを見た。 見られた。 見つめられた。 じっ、と。 なんだこれは。 公開処刑かなんかか。 「また明日」 赤音はこちらを大きな眼で直視しながら告げる。 「お弁当、作ってくるから」 ざわざわ、と某マンガよろしくざわめきだす観衆。どうせ背景にしかならないんだから静かにしろ。 それにしても、常に拒否権なしの俺。 なあ、俺に人権ってあるのか? 俺は空を自由自在に飛び回る鳩に向けて訊ねた。 当然、返答などなかった。
前へ 次へ 長編へ  トップへ

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析