ぴぴー、となんともやる気のないホイッスルの音がそれほど広くない校庭に響く。 「赤ボール、フリーキック」 口に銀色のホイッスルをくわえながら右手を上げ、宣言する俺。 誰がどう見てもサッカーの試合である。 もちろん、授業の一環として行われているごくごく普通のサッカーだ。 赤のゼッケンを着た1組チームと青のゼッケンを着た3組チームとのカード。 審判は1組から俺が、3組からは名前も知らない男子が出来るだけ公平にジャッジしている。 コートの周りには一足先にバレーの授業を終えた女子達がたむろって黄色い声援を送っている。 特に、青のゼッケンのニヤケ面とか、ってうわ、手を振って答えてやがる。彼女持ちの癖に。 「やる気でねーな」 俺は独り言を呟きながら、ボールの動きに合わせてとりあえずボールを中心に選手の動きを注視しながら右往左往する。 うろうろするだけで時間が過ぎていく、なんて楽な仕事なんだろうか。 無責任に発言することが出来ないことを除けば、これ以上俺にあった仕事はない。 サッカーはチームプレイだから浮いている俺にとって悲惨極まりない結果が待っているのは至極当然だからな。 俺は個人競技のテニスとかの方が好きなんだがな。 ぴっぴー。 再びやる気の無いホイッスルの音が選手達の動きを強制停止させる。 「赤、オフサイド。 青ボール」 向こう側、つまり3組側のジャッジで青にしぶしぶとボールを渡す赤。 ……うん? ちょっとばかり不穏な空気が流れ出したな。 ああ、嫌な予感がする。 生まれてこの方、良い予感はまったくと言っていいほど当たらないが嫌な予感だけは的中率100%なのだ。 何事も起こらなければいいが。 「てーつーきー。 がーんーばーれー。」 赤音の高く綺麗な、しかしもったいないな、棒読みの声が聞こえた。 一気にモチベーションダウン。俺の肩はがっくりと下がるがそのまま走り続ける。審判に頑張る何もも無いっての。 試合も終盤にさしかかり、若干青有利に動いている展開だ。 まだ両チームとも得点こそ入れてないが、それなりにチャンスを作っている。 俺らのクラス、つまり赤チームはポテンシャルの高い人間を数人で突進させる型。どちらかといえば欧米型。 対する相手側、青チームは左右に展開し、パス回しを巧く使って攻める技巧派。なんとも日本っぽいな。 さて、残り5分を切っていまだ0−0の膠着状態である。 青チームのゴールキーパーが赤のサッカー部の強烈なシュートを巧く身体を使って止める。 「3、11は右へ! 5、9は左へっ!!」 声を張り上げ指示を出しつつ、ボールを大きく孤を描くように蹴るゴールキーパー。 ボールの動きに従って、ほいほいとついていく中立審判こと俺。あれ? ツナギの人が見えるぞ? なぜかいきなり沸いて出てきた木陰のベンチに座るイイ男はとりあえず無視をしておく。 青のゼッケンを着たプレイヤーから赤を華麗にかわしつつ綺麗なパス回し。 ゴール前で受け取ったのは青で9の背番号をつけた、蒼真。 「もらったっ!」 蒼真は高らかに叫ぶと、数歩進み勢いをつけ、右でシュートを放つ。 赤のゴールキーパーの手先をかすめ、ゴールネットに突き刺さるボール。 ぴぴー、とホイッスルを鳴らし、得点ボード係の女子が1点青に追加したのを確認した。 「タイムウォッチ止めてー、ボールすぐに持ってきて」 とりあえず仕事はしてますよ的な空気を出すように指示を出し、リスタートをきらせる。 赤からリスタート。赤がちょん、と蹴ってすぐさま突進開始。 身体能力が高いのか、ブロックやカットをものともせずに突き進む赤ゼッケン。 うーん、色もあいまってか鬼神のように見えてきたぞ。 中央でゴール前にさしかかると、青ゼッケンが2人がかりで襲い掛かってきた。 さすがにかわせないと踏んだのか、少し右斜め前へと流れるようなパスを蹴りだす。 あわてて青がパスカットに走り出すが、右へ展開していた赤が見事にパスを受け取る。 ゴール前には誰も居ない。さあ、同点ゴールなるか、と誰もが思った途端鳴り響くホイッスル。 「オフサーイドッ」 無事に終わるかと思った矢先に何事か起こるのが俺のジンクスというもの。 俺は赤と青、ほぼ全員が参加している蹴る殴るの乱闘騒ぎを遠巻きから眺めていた。 いやあ、全くね? 俺は何もしてない――それもある意味問題だが――のにこのザマですよ。 3組のジャッジがどうも自分チーム、つまり青側に有利なように働いていたらしい。 もちろん、俺自身は「誰が見ても明らかな判定」しかしてないため、あまり問題にならない。 例えば、ゴール。例えば、スローイン。まあ、適度にサボるにはそれなりに仕事をしないとね。 問題回避能力だけは人一倍に養っているつもり。俺の本領発揮と言ったところだ。 「てめえっ!」 ごがん、と鈍い音が騒然とした校庭に響く。 そのまま罵詈雑言の言い合いとともに手を出し足を出す壮大な喧嘩へと発展した。 今回はさほど俺の出番なし。あれ? 俺、主人公だよね? 「いやあ、やっちまったな」 いつものスマイルではなく、苦笑いを浮かべつつ輪から外れてきたのは唯一の得点を入れた蒼真。 俺は肩をすくめ、危害の加わらないように遠くから砂煙をあげる喧嘩を眺めた。 「ま、俺はうまく避けたからそれでいい」 しかし、実のところは早く問題を解決したい。俺は早く校舎内へ帰りたいんだ。暑いから。 苦笑いをいつものからかうような微笑みに変えた蒼真は俺を小突く。 「そんなこと言っちゃってー、本当は止めたくてうずうずしてるんじゃないのかなー?」 ……俺の心を見透かすようなことを言いやがって。ちょっとニュアンス違うけど。 ま、俺は一々問題に首を突っ込むようなマネはしないがね。 早く帰れるメリットと、自分から喧嘩に飛び込むデメリットでは明らかにつりあわない。 しかし、それをよく思わない人間が1人居たことが俺の誤算だった。 「あんたたち、ねぇっ!!」 ずどおん、と校庭で巻き起こる地響きと僅かに身体を揺さぶられる振動。 何が起きた、と誰もが手を休め脚を止め、声の下方向を見た。 腰に手を当て、仁王立ちをし、もはや修羅としか表現のしようがない表情を浮かべた積城が居た。 すべての人間の顔が引きつっていた。もちろん、俺も蒼真もだ。蒼真はひきつった笑顔だが。 「いーい? 審判のジャッジに文句があるなら、それを越える技を出しなさいよっ!!」 右足を軽く振り上げた積城はそのまま足を地面にたたきつけた。 起こる地響きと揺れ。 ……足をたたきつけるだけで衝撃を起こせるって、化け物か? ズンズンと赤と青のゼッケン集団に歩いていく積城はもはや鬼である。 「あれれー? なんだか積城の後ろに赤黒いオーラみたいなものが見えるよー? 背中に「殺」とか描いてあるよー?」 「性格変わってないかお前?」 「気のせいだ気のせい」 と、蒼真と一緒に、青ゼッケンと赤ゼッケンが高さ5mくらい宙に舞うのを見ていると、 「哲樹?」 後ろから澄んだ声が聞こえた。 まさか。そんなバカな。俺はギリギリと油の切れたロボットのように肩越しに後ろを見た。 半開きの眼がこちらを見上げていた。うずうず、と何かを言いたそう口の動き。 祝、今日第二回目の嫌な予感。別に祝でもなんでもないけど。 「哲樹はどうして加わらないの?」 分かってて質問しているんじゃないだろうな? 俺はあからさまに、ふぅ、と溜息をつき、そのまま赤音を正面からではなく横目で見ながら答える。 「痛いのはイヤだろ?」 「うん、イヤだけど。 でも、このままじゃ最悪になっちゃうよ?」 赤音は俺の方を見つめ、棒読みのまままくしたてる。 「ここは第三者の意見を言った方がいいんじゃない? 哲樹は基本的に傍観者スタンスだし」 「傍観者だからこそ言っちゃいけねーんじゃねーのか?」 蒼真が横から俺の言いたかったことを代弁してくれた。 うむ、やはり持つべきものは友だね。違う? 「傍観者も、目を当てられない状況になったら傍観どころじゃないでしょ?」 「そうだな」 おいおい、言いくるめられてどうするんだ蒼真。 「俺は当事者になりたくないから傍観者になってるんだ。観て笑うために傍観者になってるんじゃない」 「じゃあ、そろそろ巻き込まれちゃうね?」 赤音は修羅が闘いの舞踏曲を、観客を大いに巻き込んで演奏している方に眼を向けた。 ばったばったとなぎ倒されていく男子諸君が眼に映る。 だが、段々とこっちに向かって来つつあるのは気のせいか? 「あー、多分、見境なくなってるんだろ。ゼッケンを着ているやつは見敵必殺、ってやつだ」 蒼真がマジメなキリっとした顔つきになり――女子達の黄色い声援が飛んだ。鬱陶しい――修羅を見た。 「そうだな、俺はあのバカを止めてくるから、お前と赤音、さん? 2人は彼らの説得にあたってくれ」 「なんでお」 「分かった。 いくよ、哲樹」 「ちょっと、だからなんで俺が」 「とにかく、黙ってついてきて」 俺はそのまま赤音に片手をつかまれ、ずるずると引きずられていく格好になった。 周りからは明るい野次もどきが飛んできているが容易く無視する赤音を恨めしく重いながら俺はギロリと睨み返した。 圧巻だ。なんだこの状況は。 赤音を前にして、赤ゼッケンも青ゼッケンも正座して縦隊二列の形で鎮座している。 「だからね、外から見ていた私からしてもこの場合のオフサイドは」 などとまくし立てている。赤音の弁舌がここまで凄まじいものだとは思わなかった。 赤音の口からは絶え間なく問題解決のための論証が赤と青に向けてブチ撒けられている。 左をチラっと見れば、竹刀を持った修羅と拳で闘う阿修羅の激闘が見れる。 もはや振りかぶる竹刀と拳が見えない。なんつースピードで殴り合ってるんだあの2人は。 あいつらはよくアレで恋人とか言えるな。うわ、2人して口とか顔とか切ってるのに笑ってるぞ。 「と、言うわけ。だから、喧嘩両成敗。両方とも謝って、握手しなさい」 右手をおもむろに振り上げ、ずびしっ、と男子を威勢よく指差し、 「拳友なんだから」 と、どこかの格闘家の受け売りのような台詞を吐いた。 男子諸君はなぜか感涙にむせび泣き、すっ、と立ち上がると誰も彼もが握手をし始めた。 赤音の説得力、おそろしい。 ……なんで俺はこんな人外じみた人間達に囲まれたんだ? 「ねえ」 無事に任務を遂行した赤音は心なしか胸を張って俺に話しかけてきた。 俺はそろそろ倒れるんじゃないかと思えるぐらいに竹刀と拳をお互いに打ち合う2人を見ながら、 「なんだ?」 ぶっきらぼうに言う。というより、俺がここに来た意味はなんなんだ? 赤音はぐい、と俺の顔を90度曲げ、強制的に赤音の方を向かせた。 「惚れた?」 は? いきなり何を仰るのかな、このお嬢さんは? 「弁舌なら哲樹の気を惹かせるのに適当だと思ったんだけど、違った?」 分かった。こいつは何もかもを計算している策士だ。俺が一番苦手とするタイプだ。間違いない。 俺は、はあ、とため息をついてから校庭に倒れた修羅と阿修羅を回収に向かった。
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