まずは状況を確認しよう。 教室である。そして時間帯は誰もが待ち望んでいた学校生活のオアシスともいうべき昼休みである。 当然教室内では歓談の花が咲き、笑みと明るい声で満ち満ちていたのだった。 しかし、今は見事に静かになっている。本当に「見事」としか言いようがない。 全員がストップモーション中で首だけこちらに向けているため怖い。 ってか何人か首が180度回っているように見えるんだが錯覚だな。ああ、俺の錯覚だ。そう思いたい。 鶴の一声により教室中を沈黙のステータス異常に陥らせた張本人である赤音は首を三ミリほどかしげている。 心なしか眉がハの字になっているように見えないことも無いが、他人から見れば分からないような無表情だ。 正直、困る。 俺は自己紹介の時に言ったことを忠実に守っていただけなのに。それでも陥る厄介な事態。 神様がいるとするなら、全知全能を駆使して悪戯を仕掛けるかなりの意地悪なのだろう。 仏様がいるとするなら、手の上で人を躍らせるのが趣味なんだろうか。 最悪だ。 「くそっ」 思わず声に出て、俺は不機嫌に顔を歪めて席を立つ。 俺が不機嫌になったのは彼女の言葉によるものなのは間違いないが、告白の台詞ではない。告白に関しては斬り捨てることは容易い。 だが、問題はその前の台詞だ。彼女がなんと言ったか、俺は廊下をずんずんと歩きながら反芻する。 『「仮面」を外せば楽になるのに』 「仮面」とは? ……それは俺が冷徹な人間を演じている、と言いたいのだろうか。 そして、演技を続けることは辛い、などという一般論からきた単なる押し付けの言葉なのだろうか。 ばかばかしい。そんなこと、俺自身が一番分かっている。 はっきり言ってしまえば、辛くないことなどない。 誰かと話したい。 誰かと笑いあいたい。 誰かと一緒に頑張りたい。 願望自体は俺の中の芯の部分に強固に張りついている。だが、膜のように俺の過去が芯を包んでいるのだ。 常に人間関係において失敗してきた記憶が、俺の純粋な希望を握りつぶしているのだ。 それに抗う方法も、抗うべき理由も、俺には分からなかった。だから、あの場にいるのはイヤだった。 俺が関わるべきではない。ただの交友関係でもそうしているのに、まして恋愛関係など。 持つべきではないのだ。 そんなこんなで、俺は屋上まで逃げてきたのだった。 「ふぅ」 溜息もつきたくなる。いきなり、しかも教室ないで言うその度胸には敬意を表したい。 だが、あまりにも空気を読めて無さすぎだし、何より自分に向けられた人気の程を知らないらしい。 赤音は顔が良く、最初のイメージもあってか男子からの人気は凄まじいのだ。 入学二日目にしてファンクラブが立ち上がり、三日目には会員数百人を突破したらしい。 ありえねー。 そんな赤音と双璧を誇るのが、確か一年三組の―― 俺はフェンスに背中を預けながらとりとめもないことを考えていたところ、 「ここなら人はいねーんじゃないか?」 「そ、そう? って、いるじゃないっ! このバカっ!!」 扉を開ける音が聞こえ、ついでアルテな高さの声とやかましく甲高い声が聞こえてきた。 まず、眼に入ったのは肩までの茶髪、二枚目の顔は常に微笑みで固められている男。 身長は180cmを越えており、手には黒のハーフフィンガーグローブをつけている。 その後ろには、黒のツインテールと、人を威圧するツリ目が特徴的な女を視界が捕らえた。 大体160cmくらいだと思われる。胸は小さい方だろう。 「お、そこにいるのは『トラブルメーカー』か」 特徴的なニヤケ面を更にニヤケさせ、男の方が明るく男にしては高い声で言う。 男の名前は荒神 蒼真(あらがみ そうま)といい、俺の幼馴染にして唯一の親友である。 俺が起こす人間関係的いざこざにいつも巻き込まれながらそれでも笑みを絶やさず俺と付き合うお人好し。 しかし、一度キレると相手を恐怖の色に染め上げるまで殴らないと気がすまない気性の荒い一面を持つ。 俺が二人に対して話しかけようと口を開けると、 「なあに? 知り合い?」 ツインテールの女が蒼真を見て、次に俺を見て、また蒼真を見て疑問の声を上げる。 俺は話が終わるまで口を閉じることにした。笑みを今度は女の方に向けながら、蒼真は質問に答える。 「そ、俺の悪友で通称『トラブルメーカー』、鳴鈴 哲樹。 覚えやすいだろ?」 蒼真は質問に答え終わった後、カラカラと笑い声を上げる。 「へぇ、アンタが月葉の。 ……あたしは積城 嶺香(せきしろ りょうか)。 よろしくね」 ……今、一番聞きたくない名前が聞こえた気がするんだが。 予想外の答えを聞いたのは俺だけではなく、蒼真もそうなようで、 「ん? 『つきは』って誰?」 常に形作られている微笑みを女の方へ向け、言葉を女へ向ける。 「あたしの幼馴染で、赤音 月葉っていうのがいるわ。 で、その月葉が惚れたっていうのがそいつ」 ずびしっ、ときびきびとした動きで俺を指差しながら答える。 そろそろ俺、話していいかな? 「で、お前とその女の関係は?」 蒼真は微笑みを満面の笑みへと進化させ、女の方は顔を赤らめ始めた。 「見りゃ分かるだろ?」 「分からん」 「あはは。 お前らしいといえばお前らしいな。 俺と嶺香は」 蒼真は右手でグーを作った後、小指だけをくいっと伸ばし、イケメン特有の輝くオーラを出しながら 「こういう関係」 ウインクした。それで女はイチコロかもしれんが男である俺にしても無意味だ。頼む、やめてくれ。 ここで、関係を整理しよう。 まず、俺と蒼真は親友(ヤツ曰く「悪友」)で、積城とやらと件の女は幼馴染。で、蒼真と積城は恋人同士。 ……なんだこの複雑さは。神様はどうやら悪戯好きのようだ。どこが面白いのか、理解に苦しむ。 あと足りないのは俺と赤音との関係だが、俺としては今のところ「クラスメート」で居たいのだが。 どうやら相手方はそう望んでいないようで。噂をすればなんとやら。 「やはりここに居たのね」 扉に、ずばあんっ、と格闘家が親の仇を蹴るときのような凄まじい蹴りを炸裂させる。 黒髪をなびかせながら、ずんずんと屋上へ歩を進める。 「おー、来ちまったなトラブルメーカー。 ま、なんとかなるさ」 と、蒼真は傍観者を決め込み、ケラケラと明るく笑う。 「月葉? お願いだから扉は壊さないでね」 積城は赤音に対して見当違いの事を言い出した。この場で言うべきことじゃねーだろそれ。 赤音はそのまま積城見て、蒼真を見て、そして目標となる獲物を見た。 俺からすれば周囲をチーターに囲まれたシマウマのような気分である。誰か助けてー。 「で、返答は?」 赤音は眉一つ動かさず空に響き渡る明瞭な声で困惑する俺に訊ねる。 俺はフェンスにもたれかかりながら視線を明後日の方向へ向けながら、 「な、なにが?」 採点されるとするなら、おそらく赤点は免れないだろう、呆れるほどベタな回答をした。 蒼真は笑みを崩さず、積城は眉を逆ハの字にし、声をそろえて、はっきりと言った。 「「付き合うかどうか、に決まってるだろ(でしょ)?」」 ……うん、なんかこの状況は誰かに仕組まれてるんじゃないかと思えてきた。 誰か、黒幕がいるなら出て来い。即刻俺が滅多に見せない笑顔を拝ませてから斃してやる。 赤音の無表情の中に僅かながら見える期待の光が俺が発しようとしている言葉を鈍らせる。 だが、俺は今のところ彼女に対して特別な感情など持っていない。 惰性で付き合いだしたところで、最悪とまではいかなくても良い結末になるとは思えなかった。 だから、俺は深呼吸をして、三人が固唾を飲む中、出来るだけはっきりと大きく言うのだった。 「断る」 この場に蒼天の霹靂、澄み切った青空から屋上へ向けて一閃の雷が降り注いだ。 もちろん、そんなことあるわけ無いのでイメージ上、ではある。 だが、三人に対しての衝撃は計り知れるものではなかった。 蒼真は久しぶりに笑顔を崩してマジメな顔になり、積城は拳を握り、腰につけた竹刀を今でも構えんとしていた。 そして、赤音はというと。 「そうか」 無表情は変えず、ただそこに悲壮感をプラスし、力なく呟いた。 「自己紹介を聞いただろう? 俺はあまり人とは関わらない主義なんだ。 というより、関わりたくない」 フラッシュバックする苦々しい過去が俺の心を鬼にし、心無い言葉を突きつける。 積城が竹刀を構えたのを俺は視界に捕らえたが、蒼真が真剣な表情でそれを止めたのを見て、俺は続ける。 「友人も、この蒼真だけだ。 恋人など、もっての他だ」 俺はフェンスにもたれかかっていた身体を起こし、スタスタと扉へ向かって歩き始める。 いつになく真剣な表情を見せている蒼真と、今でも襲い掛からんとする積城を横目で見る。 そして、俺は呆然と棒立ちする赤音とすれ違う際に肩を叩き、 「すまんな。 俺よりも好い人はいる筈だから、そっちを選べ」 そのまま俺は三人を残し、屋上を後にする。 廊下を歩きながら、俺は先ほどの選択が正しかったのかどうかを思案した。 俺の中の一人は断固として正しいことだと主張している。 『今までの過去を忘れたわけじゃーねーだろ? それが俺の、そしてアイツのためでもあるんだぜ?』 別の一人はむしろ間違ったことじゃないか、と反論する。 『彼女は唯一俺に行為を寄せてくれた人。 過去とも決別できるんじゃないか?』 俺の中ではこんな葛藤が繰り広げられていた。考えるのに夢中で、クラスを通り過ぎてしまうほどだった。 席に座り、漫然と窓の外見て、物思いにふける。 誰も俺に話しかけないのはもう常識となってしまったので、一人で考えるには格好の機会だ。 と、俺が神学論争的な議題で脳内会議を開いて堂々巡りを始めてから数分後、 「おーい、トラブルメーカーよーぃ」 ニヤニヤ顔を復活させた蒼真が後ろに積城と赤音を引きつれ扉を元気良く開けた。 クラス全員が扉の方を一斉に向いた。軍隊で訓練された兵卒かお前らは。 「ほら、言っちゃいなさいよ」 積城が赤音の背中を押し、赤音は氷の表情のままこちらへとツカツカ歩いてくる。 俺は何かしらの身の危険を感じ、身構えたが赤音は俺の前まで来て立ち止まると、 「その考え、私が訂正してあげる。 ……必ず、私に惚れさせてみせるわ」 ああ、逆効果だったのか、と今脳内会議は結論を出し、俺は後悔の念に苛まれる事になったのだった。
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