入学式の朝。学校へ向かう真新しい制服の集団の中に俺は居る。 俺の名前は「鳴鈴 哲樹(なりすず てつき)」。珍しい名前で覚えやすいと評がある。 右手で色あせは無く形も崩れていない鞄の取っ手を掴み、一人で歩いている。 まだ冬の気配が残り、朝は肌寒くて寒いのが苦手な俺にとっては辛いことこの上ない。 春の到来を告げる鳥達の綺麗な歌声は凛としてによく響いているが、吐く息はかすかに白い。 ところで。 今俺が紛れ込んでいる新入生の列の中に、一体どれほど俺と関わろうとする人間が居るのだろうか? 少なくとも、俺から関わろうとする事はない。 なぜか? 俺が誰かと関わると、必ず問題が起きるのだ。正確に言えば「起こす」のが正しい。 この性質は小学校の時にあった事件から俺に備わっているのだが、俺自身触れたくないので触れないでおく。 とにかく、その後、いつ、いかなる状況でも冷静に居るようにしている俺は、常に他人の痛いところを平気で突く。 その「痛いところ」とは大抵彼らが持っている欠点なのだが、面と向かって指摘されると彼らは顔から火を吹くのだ。 いわゆる「空気が読めない」のである。俺も直そうと思うのだが、どうも直らないので諦めた。 そして必ず衝突する。意見でも、感情でも、なんでもだ。 だからこそ俺は自分からは関わらないようにしている。問題は起こしたくないし、痛いのは嫌いだ。 たまにこんな俺でも関わろうと頑張るヤツは居る。委員長タイプ、と言われるヤツ等だ。 しかし、絶対的な使命感に燃える彼らでさえ俺は眼の上のタンコブだった。 それほどまでに俺の空気の読めてなさは群を抜いていた。 今となっては空気の読めなさこそが俺のアイデンティティーと成り果てている。困ったもんだ。 自覚はあるのに直そうとしない俺も俺だが。 さて、入学式もつつがなく終了し、校長の呆れた自慢話に辟易しつつ俺はあてがわれた教室へと向かう。 一年一組だ。運がいいのか悪いのか、優等生クラスに配属されてしまったようだ。 自慢ではないが――というかなるはずもない――俺の成績はあまりよくない。 よってなぜ俺がこのクラスに入れられたかを扉の前で数分間考えた末、何も思いつかず考えるのをやめそのまま入った。 傍から見れば扉の前に突っ立って眼を閉じている変な人に見えたことだろう。 誰にどう思われようと俺の知ったことではない。 で、俺の席は窓際の一番後ろ。素晴らしい席だ。これ以上求めようがない。 俺は机の横に鞄をかけ、窓を背に向けてクラス内を見回した。 すでに派閥らしきものが出来ているらしく、人の集まる集団が分かれていた。 とりわけ巨大だったのが俺の前方に出現した女子のA集団(仮)だ。中心人物に眼をやる。 黒く肩までかかる髪を後ろで括ってポニーテールもどきにしている。 大きい眼と黒い爛々とした瞳を周囲に集まった女子達に一人残らず向けている。 小さいが筋の通った鼻と、薄い桃色の唇がせわしなく動き、何かを語っているようだ。 第一印象は「明るく、友達が多そう」な、人気者のイメージだった。 他の女子達や男子達も派閥を形成し、いまや孤立しているのは俺だけとなった。 俺は背中に春がやってきたと一人頑張って主張している太陽の光を浴びながら物思いに耽っている。 この状況も小学校、中学校とさほど変わっておらず、俺はある意味安心していた。 一人の方が居心地がいい。誰にも気にされず、誰も気にしないことは中々楽でいい。 と思っていたのだが、どうやら俺の安寧を正面から鉄拳制裁で死に至らしめたい人間がいたのだった。 冴えない顔、冴えない頭、冴えない身体と「冴えない」を体現したような教師が入ってきた。 どう見ても50歳は軽く越えていそうな風貌だが、39歳というのを聞いて軽く眩暈がした。彼の頭に幸福があらんことを。 どうやら科学部の顧問らしいが、科学部などと言う名前を聞いただけで文系一直線な俺は拒否反応を出す。 担任の当たり障りの無い長ったらしい話を聞き流しつつ、自己紹介の流れになる。 毎度毎度、この流れがうっとうしい。どこのだれが発案したかしらんが、俺はそいつを殴りたい。呪いたい。 誰も彼もが自分を良く見せようと頑張っており、俺は飾り立てられた自己紹介なんぞ聞くつもりは無かった。 そんな中、あのA集団(仮)の中心人物であった、俺の前に座っている女子が自己紹介を始めた。 「初めまして、赤音 月葉(あかね つきは)です。 以後よろしくお願いします」 すとん、と着席。あっさりしすぎて潔い感じがする。 だが他のクラスメイトたちは唖然とした顔で、どいつもこいつも口を半開きにしていた。 担任が俺に自己紹介をするように口やジェスチャーで――正直見るに堪えなかった――促した。 「鳴鈴 哲樹。 自分からは誰とも関わろうとは思わないので、用事以外では話しかけないでくれ」 二連続で凄まじい自己紹介だったな、と思いながら着席する。 再びクラスメイトたちはこちらへ視線を注ぎ、口をあんぐりとあけていた。 担任もまさか二回連続酷い紹介が来るとは思わなかったのか、思考を再開するまでに数分かかっていた。 いくらなんでも遅すぎだろ。インテル入ってる? 次の生徒を指名し、普通の自己紹介の流れがリスタートする。 だが、この自己紹介がおそらく彼女の琴線に触れてしまったのだろう。 俺はこの後起きることを全く予想できなかった。 わざわざ宣言したのにわざわざ相反するやつが居るとは思わなかったのだ。 その日、自己紹介が終わった後クラス名簿と連絡網を兼ねたプリントが配布された。 諸注意を受け、皆は仲良くなったり目をつけたりした人と輪を作る。 俺の前の席で友人達と話に花を咲かせるであろう彼女の迷惑にならないように、鞄を右手で乱暴に掴み教室を後にした。 背中に「アイツなんなんだ」「ちょっとキモいよねー」などという言葉を浴びながら。 初日から浮いてしまったことを嘆きつつ喜びつつ俺は帰路についていた。 ある意味であの自己紹介は浮くことを目的としていたのだが、我ながらいざ浮くとなると悲しくなる。みっともない。 俺は両手で頬を、ぱんっ、と小気味良い音を立ててるようにはたき、気合を入れた。 トラブルメーカーであるのを自覚している俺が、他人とはさほど仲良くなってはいけないのだ。 必要最低限の関係であることが、俺のために、相手のためにもなることを俺は良く知っていた。 と俺が脳内で自分に言い聞かせていると、肩をぽんぽんと叩かれた。 「やあ」 赤音 月葉がそこにいた。 眉を弓なりにし、目じりを下げ、口は半月のようにさせ白い歯を向けていた。 俺は振り向き、数秒見つめあい、そのまま前を向いて歩き出した。 要は、シカトである。 彼女はそれを許さなかったのだろうか、俺の左手の袖を強く握った。 「挨拶もなし?」 眉が上がり、目じりも多少あがってきて、少し顔に朱が入っている。 どうやらちょっと怒っているようだ。 「何か用か?」 俺は眉を寄せ、眼を細めて彼女を小動物を殺すつもりで睨みつけながら吐き捨てる。 彼女は両手を腰に当て、ぶすっ、としながら言う。表情の多いヤツだ。 「じゃあ、手短に言うわ」 一呼吸。 「あの自己紹介は本心?」 なんだ、そんなことか。 この質問は大抵初日か二日目で巻き起こり、そして三日目には消える運命にある。 なぜなら、俺の答えは決まりきっているからであり、またそして瞬く間に答えが広まるからだった。 俺は振り向きもせず、感情を押さえ込んで淡々と答える。 「当然」 彼女は俺の袖を握ったまま、即座に質問をしてきた。 そろそろ、この会話は終了にしたかった。関わりたくない。俺の悪い癖が出てしまいそうだ。 「本心を出して、嫌われた時はどうするの?」 これもまた、俺にとっては聞きなれた質問だった。 俺は毎年行われるこのやりとりに飽きを感じながら平坦な口調で答える。 「どうもしない。 こちらから拒否するわけだから嫌われるのはむしろ必然」 俺の答えの裏に何を読み取ったのかしらないが、彼女は何も言わなかった。 少しの沈黙があった。 太陽は上へ上へと昇り、俺らを真上から見下すぐらいの高さにはのぼっていた。 上からこれでもかこれでもかと熱気と光を浴びせられた俺は痺れを切らして言う。 「袖を離せ」 彼女は、はっ、と息を飲んで、初めて袖をまだ握っている事に気付き袖を離した。 俺は何も言わず、そのままスタスタと朝の寒さが逆転有罪が確定したような暑さの中を歩き出した。 一体何の罪かは俺にも分からない。後ろの彼女は何をしているのか知る由もない。 ただ、俺が数メートル歩いてから彼女の声ではない「アイツとは関わらない方がいい気がする」という大きな声が聞こえた。 明らかにこちらを意識し、こちらに対してアピールをするかのごとく、大きな声だった。 そんなもん、こっちから願い下げだ。 それから数日、特に何も起きず起こさず、俺は安穏と過ごしていた。 誰も関わろうとせず、俺の前には自然と道が出来るほどになっていた。誰もが俺を避け始めたのだった。 俺の心のどこか、特に内面がズキズキと痛むがいつものことなので気にしない事にする。 だが、赤音だけは違っていた。 俺がクラスに入ってきた時、休み時間、そして放課後と、常にチラチラとこちらを伺っていた。 そして、日を追うごとに彼女の顔に陰りが見え始めた。疲労の色に近い。 仲の良いと思われる友人と話している時、当然彼女は笑う。 だが、彼女のその笑みには何か不愉快を感じていた。 そして、俺が抱く感覚は笑みだけではなく怒り、泣き、悲しむ全ての表情に共通していた。 感覚的には尊敬する画家の絵をそんじょそこらの一般人が模倣して金賞を獲っているのを見た気分だ。 なんだろうか、このなんとも奇妙な感覚は。 俺は得体の知れないもやもやとした感情を抱きながら、日々を過ごしていた。 そして、問題の日がやってくる。 訪れは突然だった。 俺が教室に入った瞬間、クラスメイトのみならず他のクラスの人間達ですら狼狽していたのが目に入った。 彼らの会話を盗み聞くと、どうやら赤音が豹変したらしい。 俺は無関係だ、と思いながら俺は自分の席に着席し、赤音がこちらを向くのを視認した。 「私、もう本心を隠すのやめる」 は? 何を言い出すんだコイツは? まず持った感想が疑問だというのも不思議なものだ。 彼女はこちらを――昨日以前からは想像もつかない――何かを悟った賢者のような半開きの眼で見ていた。 以後、彼女は様々な行動に出た。 まず、彼女は表情をあまり見せなくなった。 今までどちらかといえば豊かな方であった顔の動きがいきなり消失したのはかなり違和感がある。 次に、彼女は思ったことを率直に言うようになった。 黙するのが美徳であるこの日本で、これほどフランクな人は俺以外に久しぶりに見た。 ただ、俺のように空気が読めない発言をすることはないようだが。残念だ。 更に、彼女は特徴である後ろで括った髪を解き、普通のセミロングになった。 一部の男子の間からはかなりの不興を買ったようだが、どこ吹く風と言う感じで真に受けていなかった。 そして、一番の問題は、彼女が俺にベタベタするようになったことだ。 理由は不明。どういう感情なのかは表情がさほど無いため読み取れない。 常に俺に話しかけ、弁当は俺のすぐ傍で、帰るときも俺の横から離れなかった。 その度にクラスメイトの、特に男子達からの温度が冷めてくるのはさほど気にしなかった。 俺にぞんざいに扱われても、めげずに話しかけてくるのは委員長タイプと似ているが、含まれる意味が違うように思えた。 彼女の瞳は、一般的に恋する乙女、と表現できる輝きに満ち満ちていた。 まさか、俺が? つまらない冗談はよせ。あ、これはドッキリか。それならば全てに納得がいく。 などと自分で勝手に納得して「うんうん」と頷くのをまじまじと見る赤音。 無表情であるが、眼に力がある。正視するのもなかなか辛いものがあるが、そらしては負けたような気がするので見続ける。 別に負けても小麦粉の海に落とされることはないと思うが、元来負けず嫌いな俺は見続ける。 傍から見れば「何してんだ、変人が二人して」というところだろう。 というより、俺は自己紹介のときに「自分からは関わらない」と宣言したのに何をやってるんだろうか。 そして、目線を全くそらそうとしない俺に対して、彼女は予期しなかった言葉を放つ。 「『仮面』を外せば楽になるのに」 なんだと? と、俺が口から言葉を紡ぐ直前だった。 「まあ、『仮面』をつけていてもつけてなくても、私はあなたが好きだけど」 全世界が、止まったように思えた。
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