前へ  次へ

Mechanical Fairy ver,3.02 悲戦
―停動(ランアウト)― 自らの視界に戻る。ヘルメットをゆっくり外す。 手は、震えている。 僕は何も出来なかった。 コクピットの扉を開け、既に上がっているリフトを見据えた。 「顔を見るのは初めてよね?」 長身痩躯、髪は茶色でストレートのセミロング、白衣を着た女性がリフトに乗っていた。 僕は、クーの手を握り、リフトへ降りながら言う。 「はい。 ……通信先の、」 「その先は言わないでちょうだい。 ……私としたことが、動揺していたから」 その眼は、少し赤かった。 「改めて。 私は、後淘 涼風(ゴトウ スズカゼ)。 よろしく」 右手を差し出し、握手を求めてきた。 それに応じ、ゆっくりと手を握る。 ちょっとクーが唸ったけど気にしない。 「さて、これからのことだけど」 リフトを降ろしながら涼風さんは言う。 「巧くんには、本当に悪いと思っているわ。 でも、」 彼女はこちらを向く。 リフトは降りきった。彼女の後ろには、見たことのあるスタッフ達が居た。 「お願い、戦って」 頭を下げる、彼女達。 でも。 僕は、人殺しの十字架を背負えるのか? ただ他人の言いなりになって、人を殺せるのか? 反芻する。 結論は何度考えても同じ。 「……僕に、人殺しをしろ、と?」 僕は、強い口調で言い放つ。 彼女達は、一斉にこちらを向いた。 静寂。 僕も、彼女達も、クーも、何もいえなかった。 「そうよ?」 涼風さんは、深く息を吐いて、告げる。 「確かに私達、いえ、私はそう言うわ」 彼女の眼には、―恐らく再び―涙が溜まりつつあった。 「なぜだと思う?」 「分かりません」 僕も、食って掛かる。 すると、涼風さんは白衣のポケットから封筒を取りだした。 「あなたに、メッセージ。 ……導から」 僕は、ゆっくりと封筒を受け取り、丁寧に開いた。 中には便箋が一枚、そして、一文だけ書かれていた。 C00LNP9を、そして自分を、護れ クーは、後ろから手紙を見ていた。 「だから、お願い」 僕は視線を手紙から、涼風さんへ向けた。 涼風さんは、一筋涙を流しながら、言った。 「戦って」 でも、僕は。 「……少し、考えさせて下さい」 涼風さんは、ふぅぅ、と息を吐いた。 「そうね。 それがいいわ。 案内してあげて」 少し、前の部屋とは違う、広い個室。 ベッドや、机といったものは、前と同じ。 僕はベッドに腰掛けて、考え込む。 あの場は切り抜けた。 僕はどうすればいいのだろう? クーを守ってあげたいのは確かだ。 でも、僕は「人を殺す」ことに耐えられそうにない。 自然と、頭が垂れる。 「巧?」 僕は顔を上げる。 クーはゆっくりと、僕の隣へ座る。 「どうしますか?」 分かっている。 決めなければならないことは。 繰り返されたくは、ない。 まだ、決めていない。 「決められない」ではなく「決めていない」。 ……決められないわけじゃない。 答えは、もう少しで口に出る。 でも、それをはっきりと口に出すまでが、長い。 「……ごめん、一人にさせてくれないかな?」 辛い。 でも、それをクーに見られたくはない。 「分かりました」 少し、間を置いて、クーはすっと立ちあがった。 一度だけ、深い礼をして、部屋を後にするクー。 凄く、後悔した。 隣にいないだけで、淋しい。 淋しさと、重圧とで、押し潰されそうな程に。 距離はある。 それも、相当な距離。 僕は、勇気が出せずに居た。 一度走り出せば、止まることはできない。 止まることは、死に直結する。 それは分かっていた。 でも、「人殺し」の障害がある。 自分を護るために、他人を殺す。 僕に、出来るのか? クーを護るために、他人を殺す。 僕に、出来るのか? 胸をつかむ。心臓が、バクバクいっている。 はあっ、はあっ、と息も荒い。 ……気晴らしに、施設内を歩いてみる事にする。 部屋を出て、右へ曲がる。 ゆっくり歩く。その間も、考えることは忘れない。 色々な人とすれ違う。 その度に、彼らは僕に申し訳なさそうな顔をする。 戦闘に巻き込まれるなんて、彼らも思っていなかったはずだ。 僕は、その度に彼らから顔をそらす。 「巧くん」 後ろから呼ばれた。 振り返る。 波風さんだ。 「なんですか?」 出来るだけ、心のうちを表情に出さないように、平静を装う。 波風さんは「こっちへおいで」と手招きをしている。 「ちょっと、見て欲しいものがあるの」 僕は首をかしげながら波風さんのほうへ歩み寄る。 「こっち」 そういうと、波風さんはきびすを返し歩き始めた。 「最初はね」 廊下を二人で歩いていると、波風さんは語り始めた。 僕は二歩ほど後ろを歩きながら、話を聞いていた。 「導のこと、好きじゃない、って思ってた」 波風さんはこちらを見ない。 「告白されても、断った。 ……好きじゃないって、思ってたから」 彼女の独白は続く。 「でも、ちょっとずつ、導が気になりかかって」 コツ、コツ、と廊下を歩く音が聞こえる。 「気がついたら、眼で導を追ってた。 でも、」 僕は、黙って聞いていた。 「導が私に何かしらのアピールをすると、イヤって素振りをしてしまう」 彼女の声は、よく通る、凛とした声だ。 「好きだ、って思われたくなかったのかもしれない。 意地、ね」 そこまで言って、突然彼女の歩みが止まった。 「……でも、彼が死ぬって知ってから、」 涼風さんはうつむいた。 「すごく、後悔した。 ……伝えればよかった、って、」 肩が震え始め、声もだんだん泣き声へと変わっていく。 「ずっと、いっしょに、いれば、よかっ、た、って……」 僕は、涼風さんから眼をそらしていた。 「もう、できない」 涼風さんはこちらを向いた。 眼は赤く、涙をポロポロと流しながら、僕に向けて言った。 「C00LNP9のこと、好きなんでしょ?」 僕は、彼女の方を向いた。 必死に、言葉をつむぎだす。 「だから、一緒にいてあげて? 彼女を、護ってあげて?」 涼風さんはゆっくりと、僕の前まで歩いてきて、僕の肩をつかんだ。 「お願い、私と同じ目に、彼女をあわせないで」 そのまま、涼風さんは泣き崩れた。 「好きな、ひ、とに、おい、て、」 までしか聞き取れなかった。 その後は、嗚咽しか聞こえてこなかった。 数分後、彼女はゆっくりと立ち上がった。 「……さ、こっちよ」 そのまま、歩き始めた。 先ほどまで泣いていた女性とは思えない、しっかりとした足取りで。 「こ、ここは?」 入った部屋の左側には、「水槽」が山ほどあった。 正確には「カプセル」と言ったほうがいいのかもしれない。 何列もの、薄い緑色のついた「カプセル」が並んでいる。 右側には黒い箱のようなものがあった。 西洋の棺桶のような形をした、少し黒光りする異様な物体。 大きさは、人が一人入れるぐらいの大きさみたいだ。 「左は、素体が『生まれる』場所よ」 ドアを入った涼風さんは、すぐに右へと曲がった。 「目的の場所は、こっち」 僕は、後ろについていく。 「カプセル」の中には、小さな子供から、大人まで、多種多様だった。 多分、本当に「生まれる」と形容するのが相応しいのだろう。 涼風さんは、目的の「箱」の前で止まる。 「箱」の真ん中を指差して、僕に言う。 「ここ、なんて書いてある?」 真ん中に、白い字で「識別番号・C00LNP9」と書いてあった。 僕は、その文字と、涼風さんの顔を交互に見た。 「この箱は、素体を調整するモノ」 箱の横についた操作盤を慣れた手つきで操作する。 ゆっくりと、開く箱。 中には、クーが穏やかな寝顔で横たわっていた。裸だけど。 しかし、つい先ほど見た顔とは違っている。 正確には、「違った点がある」。 「……見える? 彼女の、頬の涙の跡が」 クーの頬には、一筋、涙の流れた跡があった。 「ここに戻ってきた時、彼女は泣いていたわ」 すぐに、僕は顔を涼風さんに向けた。 彼女の声が曇る。 「棄てられる、って思ったのかもしれない」 そこから、クーの過去を訊くことが出来た。 たくさんの人達のパートナーを務めてきたこと。 一般人のテスターを募集する前から。 その度に、パートナー達は彼女を「棄ててきた」こと。 素体は、彼らにとって「愛玩道具」でしかなかったこと。 その程度にしか扱われなかったこと。 次のパートナーが現れるたびに、期待をしていたこと。 『毎度パートナーを襲う』のも、その現れであったこと。 僕と出会って、彼女は「初めて人として扱ってくれた」と喜んでいたこと。 テストが終わり、調整が始まる数分間、ずっと嬉しそうに語っていたこと。 僕は、それを黙って聞いていた。 「……やっぱり、怖いのよ」 涼風さんはポツリと言った。 僕は、クーの静かな寝顔を見ていた。 「置いていかれることは。 彼女も『女の子』だから」 僕は、クーの顔を見続けていた。 「あと少しで目を覚ますから、傍に居てあげて?」 涼風さんの言葉に、僕はゆっくりと頷く。 僕の肯定を確認した涼風さんは、そのまま立ち去っていく。 僕は、ずっとクーの寝顔を見ていた。 膝をついて、組んだ腕をヘリに乗せて。 僕は決意した。 もう、迷わない。 二度と、そんな目にあわさない。 誓う。 「……ん」 クーは、ゆっくりと目を覚ました。 「おはよう」 僕は笑顔で挨拶をした。 クーは一瞬、ぼーっとしていた。 数秒後、はっ、として急に頭を下げて、 「おはょ『ガンッ』あうっ」 ヘリに頭をぶつけた。 手で額をさするクーを見て、僕はにやけてしまう。 「お、おはようございます」 涙眼だ。相当痛かったのかもしれない。 僕は笑みをさらに深くして、 「ねえクー? 聞いてくれる?」 クーは額をさすっていた手を下ろし、顔をこちらへ向けた。 綺麗なオレンジ色の瞳がこちらを見ていた。 「……僕は、戦うよ。 『女の子を護らなかった』なんて、情けないしね」 僕の言葉を聞いたクーは、すぐに僕を抱きしめた。 クーは身を乗り出して、僕の頭を腕で抱え込み、そのまま引き寄せた。 丁度、僕の顔は二つの隆起にはさまれる形になるわけで。 文句を言おうと思った、そのとき。 「ありがとう」 僕は―呼吸が出来ないので苦しくなるまで―こうしていようと思った。
戦う決意をした巧は、作戦行動のミーティングへ。 やるべきことは、量産型の撃墜。 対人戦闘が迫り、緊張する巧。 戦いの幕は、切って落とされた。 次回Mechanical Fairy 抗
前へ  次へ 長編へ  トップへ

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析