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「データのコピー、全て終わりました!」 部屋で、部下の報告を聞く。 俺は仕掛けを組み立てながら指示を出す。 「よし、スタッフと素体達を第二研究所へ避難だ」 「チーフは?」 「俺は仕掛けを仕組んだら後を追う。 行ってくれ」 「……分かりました」 まだ二十代に到達していない、若い部下は深々と頭をさげ、部屋を後にした。 実は、仕掛けは既に仕組み終わっている。 今は、部下達一人一人にメッセージを送っている。 部下達には「時限爆弾だ」と説明していた。 違う。 俺は、俺は。 「逃げよう?」 最期のメッセージを送り終え、椅子に座って呆けていた俺に、彼女が呼びかける。 ゆっくり、俺は彼女の方を向く。 いつになく不安そうな表情で、立っていた。 「悪い、まだ仕掛けが終わってないんだ」 「嘘よ」 はっきりと、通る声。 涙をたたえた瞳をこちらへ向け、強く言い放つ。 「皆、信じてるけど、私は、騙されない。 死ぬつもりなんでしょ?」 その言葉に、俺は黙るしかなかった。 彼女は、俺にツカツカと歩み寄ってくる。 「死ぬ、つもりでしょ?」 再び繰り返した彼女の頬には、一筋涙が伝っていた。 俺は、黙っていた。 何も、いえなかった。 胸倉をつかみ、いつもの彼女からは到底考えられない感情のこもった大声で、 「ねえ、答えてよ! 『俺は死なない』って、笑って答えてよ!!」 彼女はそう、叫んでから、崩れた。 俺の心は、罪の意識を深々と刻んでいた。 だが。 「……悪い、皆への説明は頼んだ」 俺は、倉庫へと向かおうとした。 後ろから、つかまれた。 抱きつかれた。 「イヤ……お願い、生きてよぉ……」 なかば慟哭。 ほとんど、聞き取れないかすかな声だった。 俺は向き直り、彼女の肩をつかんだ。 「逃げろ。 お前は、俺の想い人だ。 お前まで、死なせたくない」 「……みちびきぃ……」 泣きながら俺を見上げる彼女。 彼女の肩から手を離し、頬を伝う涙をぬぐった。 「最後までその名を呼ぶんだな」 俺は、笑いながら言った。 「逃げろ。 俺の、最後のわがままだ。 頼む」 彼女は、嗚咽を漏らしながら、小さく頷いた。 きびすを返し、走って部屋を後にする彼女を、俺は黙ってみていた。 これで、よかったのだ。 ……本当か? だが。 こうするしか。 俺は、他人を守れやしない。 「……巧くん、C00LNP9、頑張れよ」 一人、拳を強く握り、倉庫へと向かった。 閑散とした倉庫。 中にいるのは一人。 俺。 中にあるのは一機。 P−Zeus。 手で装甲の感触を確かめる。 最後の、点検。 こいつと、俺は運命をともにしよう。 「……すまねぇな」 自然と、言葉が出た。 P−Zeusに語りかけている。 当然のことだが、P−Zeus自体に、意思疎通能力は無い。 それは俺も分かっている。 だが。 言わないのは、なんとなく、こいつに申し訳ない気がした。 「傲慢、なのは分かっているつもりだが」 俺は、リフトへと乗った。 ゆっくりと上っていくリフト。 死期が近づいていることをイヤでも認識した。 俺は、P−Zeusのコクピットへ入り、ヘルメットをつけた。 「俺と一緒に、死んでくれ」 そして、念じる。 ―起動(ラン)― 開ける人が居ない、おそらく使われることも無い倉庫の扉を、破壊して外へ出る。 既に機影が五つこちらへ飛んできているのが分かった。 P−Zeusの武器は二つ。 「Judgement」、「審判」と呼ばれる巨大な槌。 「Anger」、「怒り」と呼ばれるハルバード。 全知全能の神の名を冠するこの機体には、名前も種類もお似合いの代物だ。 俺は、左手にJudgement、右手にAngerを構えながら敵を待った。 黒の機体が五つ、俺を取り囲むように円を組んだ。 隊長機と思われる機体には、肩に青の筋が入っていた。 ―その機体には、誰が乗っている?― 正面に居る、隊長機が俺に聞いてきた。 案外、若い声だ。 ―……生田 導。 ここの、『元』開発主任だ― ―……『元』?― 右の方から、高い、女性の声が響く。 声のした方へ向き、俺は答える。 ―ああ、『元』だ。 ……この命は、捨てたからな― ―正気か!? その機体は、値にならない価値があるんだぞ!?― 隊長機が叫ぶ。 俺は顔だけをそちらに向け、言い放つ。 ―こいつは、俺と共に死ぬ。 それは変わらない― 周りの機体が口々に言う。 「気が狂ってる」「価値が分かってない」「死に急ぐ真似を」 ……そうかもしれない。 だが、俺は、それ以上の価値が有る者を守る。 そのためになら、この命、安いものだ。 後悔は、ない。 再び隊長機の方に向き直る。 右手のJudgementを構える。 左手のAngerを構える。 ―さあ、殺し合おうじゃないか― 静寂。 その中、俺は周りを見渡した。 一機―俺から見て左の―が、構えもせず、ただ呆然と仁王立ちしていた。 動揺している。 ―その程度で、俺を殺せると思うなよ― 俺は冷たく、心を鬼にして言い放った。 動揺している機体の方を向き、俺はAngerを投げた。 あまりに唐突な俺の行動に、その機体は回避行動すらとれなかった。 胸に深々と突き刺さるハルバード。 爆散する、量産型。 ―いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!― 右のほうから、先ほどの女性の悲鳴が聞こえる。 ―きさまあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!― 怒りに任せて大剣を振りかぶり、こちらへ突進してきた。 甘い。 それで、軍人をやっているとは。 彼女の持つ大剣と、俺の持つ槌の間合いに入った。 振りかぶる。 左へ推進するが、避けきれず右手が斬りおとされる。 その手には目もくれない。 俺は、左手一本で槌を横へ振るう。 ごお、と風をきる音がした。 砕け散る装甲。 いやあ、という悲鳴。 べきべきべき、という砕ける音。 音がするたびに、感触が伝わる左手。 振った槌は、彼女の右腕を砕き、それでもなお勢いを失わず、胸を潰した。 横へ、横へと飛ばされる彼女。 地面へ墜ち、そして、爆発した。 直後。 三本の大剣が俺を貫いた。 腹を二本、左右から。 胸を、右から。 ダメージが大きすぎ、強制的に停動(ランアウト)させられる。 わき腹が熱い。 胸を貫通する剣は、俺のわき腹に深々と突き刺さっていた。 ごぷ、と血を吐く。 「……は、年、貢の、お、さめ、時か」 薄れゆく意識。 ぼやける焦点。 力を失い、閉じゆく視界。 その中で、俺は問う。 俺は、お前に恥じない生き方をしたのだろうか。 俺は、お前を守れなかった償いを、出来たのだろうか。 もう、ずっと前だ。 俺が、高校に入った直後ぐらい。 目の前で事故があった。 幼馴染が、轢かれた。 俺はただ動揺し、傍に居るだけしかできなかった。 救急車でも、助けでも、誰かを呼んでいれば助かっていた。 俺は、何も出来なかった。 ただただ、傍で泣いていただけだった。 だが、下半身を潰され、常人ではない痛みを負っているはずの彼女は、言った。 ―……私のために、泣いてくれるのね……― 彼女は、俺の頬をそっと触れた。 冷たかった。 既に、手足に血は通っていないはずだった。 ―……私に、優しくしてくれるのは、あなただけ……― 俺は、ただただ、泣いた。喚いた。 ―死ぬな、死ぬなよ!!― 周りが騒がしくなってきた。 事故に、この異常な光景に、気付き始めたのだろう。 でも、俺は何も出来なかった。 ―ふふ……い、くた、くん……や、さしい……あり……― 触れられた手が、力なく落ちた。 俺の人生の中で、最悪の光景が、駆け巡った。 これが、いわゆる「走馬灯」というやつか。 死ぬ間際であるはずなのに、イヤに静かだ。 時間が、遅い。 そして、冷静だ。 静かに、遅く、ゆっくりと遠ざかる三機。 流れる血。 燃え上がる炎と、立ち上る煙。 そして、俺は再び問う。 本当に、俺は、あいつに、償いが出来たのか、と。 出来たよ。 その一言が聞こえた。 彼女の声だ。 幻聴、といえばそれまでだ。 だが、はっきりと。 俺は、ゆっくりと眼を閉じた。 ―生田 導(チーフ)― FI社所有の敷地内で、五機の量産機と戦闘。 二機を撃墜し、三機に貫かれ、戦死。享年、二十九歳。
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