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「とても不安だ」 学校に行く準備をしながら、誰にも聞かれない小さな声で呟く。 リビングの時計は朝の七時四十九分を指している。朝日がまぶしい。 クーは、というと「気持ち良いから」という理由でシャワーだ。 シャワーって水道代、高いんだよなー。 風呂場のほうから鼻歌が聞こえてくる。自分の世界に入り浸ってるみたいだ。 「うーん、不安だ」 今日は家庭科がある。 僕とクーは家庭科では別々の班になるらしい。 先日の料理を見て、僕はこの日が来て欲しくない、と願っていた。 クラスメイト達は口々に「完璧超人のクーさんに限ってそんな」という。 それはイメージだ。想像だ。妄想だ。 誰にでも欠点はある、とは言うが、その欠点が深すぎる。日本海溝並だ。 もう、ヤバい。人を殺せるよアレは。うん。紫色のシチューとか。ダメぜったい。 「良い湯でした〜」 クーが風呂から出てきた。ほかほかの湯気を出し、頭をタオルで拭きながら歩いてきた。 が。 「ねえ、なんで全裸なの?」 何も着ていないし、隠そうともしていなかった。 僕は本能に背いて視線をそらし、鞄にベージュで無地のエプロンをつめこみながら言った。 「うーん」 と、クーが唸る声が聞こえた。 その声で、理性が本能にダウンを奪われた。僕はちょっと振り向いてみた。 やっぱり一糸纏わぬ姿で、肩にタオルをかけ、立ったまま考え事をしていた。 僕はなんとか本能をノックアウトし、準備にとりかかる。 数分の沈黙ののち、クーが答えを出した。 「なんででしょう?」 「僕に訊いてどうするの」
Mechanical Fairy ver,2.03 料理
ついに、ついにこの時が来てしまった。 「はーい、ちゅうもーく」 白衣を着た三十代の先生がホワイトボードをペンで叩く。 「今日は、三色そぼろをつくりまーす」 皆は口々に「もっと派手なの作りたい」と言う。派手なのってなんだ派手なのって。 先生は皆の苦言が右から左に流れるらしく、見事に流しながら説明を始めた。 「さて、これで一通り終了」 手で額にうっすらと浮かんだ汗をぬぐいつつ、ふぅー、と深いため息を吐く。 事前に決められた割り振りで、僕は米当番になった。 米を研いで、炊飯器にセットする。まだ水は冷たくて、手がジンジンする。 他の班員達も、順調に事を進めているようだ。問題は、 「きゃあああぁぁぁぁぁっ!?」 ああ、もう起こっちゃった。僕は声のした方向へ走っていく。 隣の班―クーの所属する班だ―の、コンロにかけられているフライパンを見る。 遠くから見ても、黒い煙を出していたからちょっとヤバい、とは思っていた。 でも。 「これ、何?」 ドロドロした、黒と灰色の混じった、まさに混沌とも言うべき液体が入っていた。 原材料がもはやなんなのか、と考えられないくらいドロドロ。 「た、卵……」 隣であたふたしている女子がおぞましいものを語るような口調で言う。 そぼろ? これが? このドロドロした何かが? 卵なの? ……あばばばばばば。 僕の頭脳はショートした。正直、ここまでのものだとは、思わなかった。 皆が、悪魔の仕業に集まってきては、煙にやられて後退した。 とりあえず、火は止めてこれ以上の惨劇にならないようにはしたけど。 「うぅ」 小さな声が聞こえた。クーが隅で縮こまっていた。 僕はクーの傍に歩き、とん、と肩を叩いた。 「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなs」 うわ、錯乱してる。 「ちょっと、落ち着いてよクー」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごm」 「おーちーつーいーてー」 「……あ、あれ? 巧?」 とりあえず、先生はクーを奥の部屋へ連れて行った。 多分、事情聴取なのだろう。頑張れ、クー。負けるな、クー。 「しかし、これほどとは」 僕はいまだに煙を吐き続ける黒い液体を見ながらつぶやいた。 やっぱり、これは人を殺せるかもしれない。 これを食べたら勇者だよね。いや、英雄? 死ぬけど。 「ねえ、神崎くん?」 「おわっ!?」 妄想に浸っているところに、先ほどあたふたしていた女子が声をかけてきた。 彼女は液体と奥の部屋へ続く扉を交互にチラチラ見ながら、 「クーさんの料理って、いつもこんなの?」 「うん。 シチューを作ってもらったら、パステルカラーの紫色に変化してたよ」 彼女の顔がひきつった。 「そう、なんだ」 「うん、そうなんだ」 「……頑張るよ、私」 「がんばれー」 液体の処理にかかる彼女の背中が、心なしか物悲しげに見えた。 「うー」 クーが、ばたっ、とソファに倒れこんだ。 家庭科の時間から放課後までクーは皆の質問攻めだ。完璧超人、のイメージは崩壊した。 僕は上着をハンガーにかけ、笑いながら言う。 「そりゃあ、綺麗で勉強できて運動できるのに料理がダメじゃあ、ねぇ」 「そうですけど」 「まあ、意外な一面、ってことで」 「それじゃすまない気がします」 ごもっとも。 今日の夕食はサバの味噌煮と、ポテトサラダ、いつものご飯に、わかめと豆腐の味噌汁だ。 「「いただきまーすっ」」 誰かが見ていると、「なんであんなものを?」と思えてくるほど覚えは早い。 なのに、なんで無害の食材を有害な何かに変えれるんだろう。 僕はをサバをつつきながら考えていた。 「うーん、おいしー」 クーはごはんとサバを交互に口に運んでいる。 「ほら、ポテトサラダと味噌汁も食べなきゃ」 あ、むっとした。 「わかってます」 とはいいながら、ポテトサラダと味噌汁には手をつけないクー。 本当に分かってるのかなあ。 って、僕はなんで主夫みたいなことを考えてるんだ。 これじゃあ、キャリアウーマンと結婚した主夫みたいじゃないか。 アレ? どっかで見たことあるぞこの関係。 「どうしました?」 「あ、いや、なんでもない」 気のせいかな。気のせいだよね、うん。 「ところでさ」 「なにですか?」 食事の後片付けを終え、ソファに二人で座っている。 「ソファ、狭いよね」 二人で座るには、ギューギューだ。腕に柔らかい感触が伝わるのは男として困る。 「狭いですね。 どうかしました?」 「もうちょっと広いの買わない?」 どうせお金はFI社から出るんだし。 「ダメです」 「な、なんで?」 「合法的に逆セクハラできなくなるからです」 なんかおかしいよね? 僕はぐいぐいと片方のおわんを押し付けられながら心の涙を流した。 「じゃあ、お風呂入ってきます」 なんとなく肌のツヤが良くなったクーは、そう宣言して風呂場へ歩いていった。 僕はぐったり、とソファにもたれかかった。また生気吸われた。クーはヴァンパイア? はぁー、と長くため息を吐く。 天井を見上げながら、僕は自分の境遇について改めて考えた。 今は普通の高校生として生活している。 でも、薄氷の上にたたずんでいるのと一緒で、いつ崩れるか、分からない。 僕にはなぜか、漠然と、崩れる予感があった。 そして、暗く冷たい水の底へ、沈んでしまうという、不透明なビジョンも見えていた。
翌日の朝、チーフから電話が入る。 急な呼び出しで、何のテストなのかも説明がなく、不安に思う巧とクー。 倉庫に行き、言われるままにP−VALKYRIEに乗る。 そして、事態は急転する。 次回、Mechanical Fairy「導」
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