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「ふぅ」 机にコーヒーを置き、一息つく。 俺が座っている机以外、何も無いのが少し淋しい感じがする。 様々な実験書類に眼を通し、次の実験案を練る。 今のところ、平穏無事で通っている。 だが、いつ、危険が迫ったくるか分からない。 そのために、俺は。 「失礼します」 がちゃ、と扉が開く。 白衣にメガネの女性が部屋に入ってきた。 「時間です」 「おぅ、すぐ行く」 俺の返答を聞くと、一礼してからすぐに部屋を出ていった。 そうだ、俺は、彼らだけに無理をさせるわけにはいかない。 偶然にも、初期型がここにやってきた。その機会を無碍にするわけにはいかない。 俺は机に散らばった書類を一まとめに整頓し、席を立った。 倉庫は、彼らが外へ行ってからは静かだ。 P−VALKYRIEは隅に、ひっそりと置かれている。 先日、飛行テストを行ってからは何の実験も行っていない。 今まで、P−VALKYRIEがあった場所に、今はP−Zeusがある。 俺はリフトに乗って、そのままP−Zeusの実験に移行する。 古い型とはいえ、とれるデータはこれまた貴重なものだ。 しかし、実験に必要な人材は出払っていて、乗れる奴が居ない。 ので、俺が代わりに搭乗し、実験データの採取に追われている。
Mechanical Fairy Patch,2.025
―起動(ラン)― 視界が変わる。 この感覚は、もう何十回と味わってきた。もう慣れた。 『今回の実験は、再び走行実験です』 一種類の実験でも、状況が変われば結果も変わる。 外は雨がシトシト降っているようだ。今までは晴れだったから、その比較だろう。 ―おーけー、じゃあ、扉を開けてくれ― 指示を出すのは、俺と古くからの付き合いの同僚だ。 ついさっき、部屋に入ってきた女性だ。 ずごごごご、と重い音を響かせながら扉が開く。 ―じゃあ、いつも通り一周ごとのラップタイムを言ってくれよ― 『分かってますよ、導』 ……その名を呼ぶなよ、まったく。 俺は街の擬態の中へ、駆け出した。 『お疲れ様ー』 雨に濡れた機体を、倉庫の中へ動かす。 ―停動(ランアウト)― 視界が、俺自身のものへと戻る。 身体に血が巡る感覚が復活する。手で拳を作り、感覚を思い出す。 「それで、データは?」 「ばっちりです」 彼女は、小さい手の平にも納まる小型端末から展開されたウィンドウを見ながら答えた。 横から覗き込んでみる。 肩が、とん、と触れた。 「な、み、導っ!?」 彼女は動揺しているようだが、それより突っ込む点がある。 「その名で俺を呼ぶなよ」 「もうっ」 彼女は恥ずかしそうに、俺から少し距離を置いた。 実は、俺は一回彼女に告白している。 結果は押して知るべし。思い出すだけで泣きそうだ。 だが、俺と彼女は恋人同士、という噂が流れているのだ。どうも、尾ひれがついたようだ。 で、その噂を必死に否定する彼女は、勘違いされる言動を酷く嫌う。 さっきのも、恐らくそれだろう。 「まあ、いーじゃねーの」 俺はウィンドウを見ながら、淡々と答える。 心臓はバクバクだ。今でも未練がましい俺がいる。ああ、みっともない。 「で、では、明日も同じ時間に。 よろしくお願いしますよ、生田主任?」 「はいはい」 彼女はデータを持って、俺に背を向け歩き出す。 なんとなく、起こってる感じがする。わざわざ「生田主任」といったのも、皮肉か。 生田 導(イクタ ミチビキ)。俺の本名だ。 もう、呼んで欲しくない名前だ。 だからこそ、俺は彼らに「チーフ」と名乗っているわけだが。 「思い出すな、俺」 イヤな思いを噛み砕き、心のゴミ捨て場に置く。 それでも、再び固まって俺の心を包むだが、こうでもしないと俺が俺で居られなくなる。 ちくしょう。 これが、俺の十字架か。 俺は、言い表せない不愉快感―と表現していいのかも分からない―を抱えて部屋へ戻った。 「納入は無事、終わりました」 「分かった」 彼女は、そそくさと俺の部屋を出て行った。 今頃、実験に携わった皆から色々と質問攻めなのだろう。 俺は、ふぅ、とため息を吐く。そして、懐から携帯を取り出した。 履歴にある番号を押し、相手が出るのを待つ。 『もしもしー?』 少し、幼い感じのする声。彼の顔に合っている声だ。 しかし、どうも下がり調子で、テンションは低い。 「チーフだぞー。 ……随分とお疲れのようだな」 俺の、この鬱屈した気持ちを、彼に知られるわけにはいかない。 俺は「明るいチーフ」で居るべきなんだ。 『なんですか? また新しいテスト?』 「いや、量産型を軍に納めたから、これからは楽になるよ、って話を」 俺の言葉の途中で、彼は割り込んできた。 うん、やっぱり疲れて、ちょっとイライラしてるのかもしれないな。 『それだけですか?』 「おぅ」 『じゃ、きりますよ』 「おぅ」 ぶつっ。つー、つー、つー、つー。 まあ、これは俺にとっては良い誤算だったな。 「あー、くそ」 彼の幼い声は、俺の記憶に鉤爪を引っ掛ける。引きずり出す。 ―死ぬな、死ぬなよ……!― ―ふふ……いく……さしい……あり……― ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……! 俺は、そのままふすまを開け、ベッドへ横になった。誰から見ても逃避だ。……それで、いい。
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