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ベッドから起き上がる。カーテンを開け、朝日を浴びる。背伸びをした。 「ん〜……」 思わず声が出てしまう。 「……ん」 ベッドから声がした。振り返る。 寝起きのクーが居る。昨日は少し話をして、そのまま寝てしまったのだ。 僕が寝たあと、恐らく横で添い寝をしてくれたのだろう。 「おはよう」 声をかける。クーが上半身を起こし、こちらを向いて、 「おはようございます」 綺麗な声だ。まさに『透き通る』声だと改めて思う。 僕は洗面所へ行って、顔を洗う。チーフの声がドアのほうから聞こえる。 「素体C00LNP9はメンテナンスを、巧くーん、いるんだろ? 30分後ぐらいに俺の部屋へ来てくれ」 「はい、分かりました」 「了解〜」 洗面所とベッドから同時に答える。クーと僕の視線が重なった。 僕はタオルで顔を拭きながら洗面所から出る。チーフは笑いながら、 「では、後ほど」 と会釈をして、出て行った。クーは壁にかけられたワンピースを着て、 「後でお会いしましょう」 深々と礼をしてから部屋を出た。後姿も綺麗だった。
Mechanical Fairy ver,1.02 兵器
朝のチーフの部屋。片付いている。無駄なものは一切ない。 デスクと椅子のみ。別の部屋へとつながる扉が視界の端にある。 チーフは窓を背にし、椅子に腰掛けこちらを見た。 朝日で逆光になっているため、表情は分からない。 「で、今日はなんですか?」 話を切り出す。チーフは落ち着いた声で言った。 「説明をな」 「説明?」 「まず、君には選ぶ権利がある」 「何を?」 「このテストを受けるか、受けないか、だ」 僕は頭で昨日の、初めて乗った日の出来事を反芻した。 ゆっくりと、一つ一つ、会話を思い出す。 「ちょっと待ってください。 昨日では『一ヶ月箱詰め』って、決定事項のように言われたんですが?」 「それは前もって日程を説明するもんだった。 かなり簡素だったが」 頭の中で簡素すぎるだろ、とつっこみを入れた。 その考えを一旦捨て去り、さらに質問を重ねる。 「……それに、アレに強制的に乗せたのは?」 「やるかやらないかを決める時に、あの辛さを実感してもらった方が決めやすいだろうと」 確かに、アレを操るのは辛い。かなり眠くなる。でも―― 「もし、やらなかったら?」 チーフは動かない。動揺しない。落ち着き払っている。 「今までの生活と同じさ。ここであったことを話してくれても構わない」 「……機密は?」 「漏れて困る機密を君には話してないから問題ない」 「さいですか」 僕は一回ため息をついた。そして、深く息を吸い込んだ。 「もし、やったら?」 「前に言ったとおり、一ヶ月は箱詰めだ。だが、こちらも全ての面においてサポートする」 「どうして?実験体、いうなればモルモットですよ?」 机に置かれたチーフの腕がぴくっ、と動いた。 「むしろ『協力者』だ。このテストに参加してくれる人は少ないからな」 「でしょうね」 「それに、ストレスは接続を不完全にし、結果を左右する。だから出来るだけ溜めないように、というのもある」 「なるほど」 僕は頭の中で考えた。受けるべきか、受けないべきか。 受けないほうが、安泰であるのは確かだ。でも、受けなかったらクーには二度と会えない。 昨日からの、短い付き合いだけど、なんとなく、彼女にはひかれるものがあった。 「具体的な内容は?」 僕の質問を前向きな言葉ととったチーフは、安堵のため息を吐いた。 「一週間に五回ほど、あの機体に乗ってテストをしてもらう」 「どんな?」 「最初は慣れることから。手や足の感覚を覚えること。次は歩く、その次は走る、といった感じだ」 最後に、一番気になっていた質問をする。 「……なんで僕が選ばれたんですか?」 「おっと、そろそろ時間だ。 ……その答えは、次のテストが終わってからでいいかい?」 チーフは急に口調を変えた。重々しかった口調が、急に軽くなる。 「……やらなければ答えは?」 「無い」 僕は少し落胆した。でも、やらなければ答えてくれないんだ。 「やります」 倉庫の扉がきしみながら開く。 コクピットにはすでにクーが搭乗していた。僕はヘルメットをつける。 マイクを通したチーフの声が耳に入ってくる。 『まずは起動してくれ』 言われるとおりに念じる。 ―起動(ラン)― 視界が変わる。この変化には少し戸惑ってしまう。 『では、まずこれをやってみてくれ』 視界の端でチーフがラジカセのスイッチを入れる。 なんなのだろうか、と疑問に思っている僕の耳に入ってきたのは、 ♪ラジオ体操第一〜♪ がくん、と肩を落とした。機体の肩が落ちる。 『慣れるにはこれが一番だからな。気を引き締めて頑張れ』 チーフの声が聞こえた。僕はため息をつきたい気持ちをこらえ、ゆっくりとラジオ体操を始めた。 一、二、三、四……動きが硬い。ギ、と関節部分がきしむ。 五、六、七、八……なんとか拍子に追いつく。気を抜くと止まってしまう。 『少し接続状況が悪いみたいだな。集中集中ー』 声を裏返し、チアガールっぽく言うチーフ。なんとなく気持ちが悪い。 でも、悪い事に変わりは無い。僕は気を引き締めなおした。 一、二、三、四……少し動きが柔らかくなった。きしむ音も聞こえない。 五、六、七、八……楽に追いつけるようになった。普通に運動をしているのと変わらない。 『お疲れ。停動してくれ』 ラジオ体操第一をやり終えると、チーフの指示が耳に入った。 ―停動(ランアウト)― 視界が戻る。少し曇ったヘルメット越しのコクピットが見える。 ふぅー、と長く細く息を吐く。ゆっくりヘルメットを外す。 アレだけ動いたのに、昨日ほど眠気は無い。慣れてきたんだろう。 コクピットがゆっくりと開く。リフトに乗ったチーフが手を出した。 僕はチーフの手を握り、リフトに降りた。足にちゃんと力が入る。 「慣れてきたな。かなり使い方もうまくなっている」 チーフはふふ、と微笑みながら言う。 「で、さっきの質問の答えなんですが……」 僕は話をぶった切り、質問を口に出す。 「……君が選ばれた理由か……」 チーフは言いよどんだ。僕は、はは、と笑いながら言う。 「もしかして、僕に特別な何かがあるとか?そんな話じゃないですよね」 「君は漫画や小説の読みすぎだ」 「……ですよね。なら何故?」 チーフは一呼吸置いた。 「兵器で、一番重要なのはなんだと思う?」 いきなりの質問。僕は戸惑いながら答える。 「火力、ですか?」 チーフは一回、浅く頷いた。 「確かに火力も重要だ。だが、もっと重要なことがある。……使いやすさ、だ」 僕は何も言わず、聞いていた。 「最近では『特別な力』を持つ者が活躍する話が多い。小説や漫画、ドラマなんかもな」 「……そりゃそうです。そうしないと面白くないんですから」 「だが、現実は面白くなくてもいい。『特別な人しか』使えない兵器に価値は無いんだ」 チーフの言葉に力がこもった。いつもと違うチーフの雰囲気に、僕は気圧される。 「だから、『誰にでも使える』兵器を造らなければならない。君が選ばれた理由は、そこだ」 「……結局、なんなんですか?」 「つまり、君が『普通の人』だから選んだんだ」 思考が止まった。僕は動けなくなった。 普通の人だから?それって、理由になってないような気がする。 「……それって、『僕じゃなければならない理由』ではないですよね?」 「その通り。君は数多の、数千万という候補者の中から、無作為に選ばれたのだ」 僕は唖然とした。僕でなくてもいい。その事実が僕の心を穿った。 ならば、僕がやる必要は無い。僕でなくてもいいんだから。 僕の頭は、自然と下がった。チーフは僕の肩を叩いた。 「だから、やめてもいい、と言った。必ず、このことを言われた人はそうなる」 声が優しかった。でも、その優しさも僕に対しては辛かった。 眼に涙が溢れてくる。視界が滲み始め、ぽた、ぽた、と床に落ちた。 その時、僕の視界の端で、クーが運ばれていくのが見えた。 数人の白衣を着た人たちに抱きかかえられて、ゆっくりと、奥の扉へ消えていった。 僕の顔が、自然とそちらのほうを向いた。 「彼女に限らず、素体も君と同じように慣れなければいけない。その疲労は、君の比じゃない」 チーフの顔を見上げた。僕は―― 「でも、彼女はめげない。それしか、『生』を感じない。……素体だから」 僕はもう一度、クーが消えた扉を見た。重々しく、二度と開くことの無いように思われた。 クーは、機体に乗ることにしか存在価値が無い。それは、僕の心に、重くのしかかった。 僕がやめたら、クーはどうなるんだろう?記憶を消す?それとも、破棄……? ……僕がやる必要は無いのかもしれない。でも、僕は、 「……やります。テストを。僕は、やりたい」 「珍しいな。やる、と言った人は君で7人目だ」 「僕は、兵器を造るためにここに残るんじゃない。 ……クーと、過ごしたい」 ゆっくりとリフトが下りる。その時間が、少し長く感じた。 リフトが地面に接し、ゆっくりと降りる。チーフが僕の後に降りた。 「では、これからよろしく頼む」 初めて、チーフが深々と頭を下げた。僕も、同じように頭を下げて、 「こちらこそ、よろしくお願いします」 数秒間、動かなかった。僕も、チーフも。 先に顔を上げたのはチーフ。僕の方へ近づいてきて、肩を叩いた。 「まずは、部屋に行って休め。 ……C00LNP9には、俺から話しておく」 「ありがとうございます」 もう一度、深く礼をした。チーフは、無言で倉庫の扉をあけた。 扉が開く。僕はまっすぐ、自分の部屋に戻った。 部屋に戻って、ベッドの上で考える。 一ヶ月。長いかもしれないけど、短いかもしれない。 ……でも、ずっと、一緒にいたい。そう思っている自分に、少し嫌気が差した。 僕とクーは、所詮実験でつながっているに過ぎないんだ。改めて自分に言い聞かせた。 毛布をかぶり、寝ようとする。でも、僕の想いはどんどん大きくなっていった。
決意新たにテストをする巧。 クーはそれから、どんどんと巧とコミュニケーションをとろうとする。 その勢いに少し戸惑いながら、巧はさらに想いを募らせていく。 果たして、巧とクーの仲はどうなるのか? 次回、Mechanical Fairy「想い」
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