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退院の日。朝11時。 外へ出る。青々と茂る樹が風で揺れていた。 今日は文化祭の日らしい。だが、俺は行く気にならなかった。 ともに過ごした記憶を無くした俺が、何か出来るとは思えなかったからだ。 どうしても自棄になってしまう。俺なんて、と考えてしまう。 食堂をやる、と言ってたから、今は仕込だろうか。 ただ何をするでもなく歩いていると、何か引っかかる看板を見つける。 「熱鯛雨林」と書かれた看板。おいしそうなたい焼きの香りがする。 何か、頭にひっかかる。この店は、何か、あったはずだ、と頭が告げる。 ためしに一つ買ってみる。熱々で、まだ湯気が出ているたい焼きをかぶりつく。 この甘さ、やっぱりひっかかる。いつか、食べたような。 家に帰る。誰も居ない、暗い部屋。 鍵を開け、部屋に入る。何もする気にならず、電気もつけないで椅子に座る。 ふと、テーブルの上の携帯が光っているのに気付いた。 手に取り、確認。数件のメール。中身は俺の身の心配や、激励のメール。 そのまま、なんとなく古いメールを見ていく。 他愛もないメールの内容が続く。10、20、30と、見ていくメールの数が増えていく。 そんな中、保護されたメールが3通。差出人はあの、玲。おそるおそる中身を見てみる。 「ありがとう。巧く伝わらないけど。とにかく。ありがとう。」 「お弁当、美味しいって言ってくれてありがとう。少し、頑張ったんだ。朝早く起きて、君のために。」 「今日は皆親切だったね。明日からは、もっと激しくいくよ。覚悟しといてね。」 俺は、思わず立ち上がった。急に知りたくなったのだ。忘れてしまった過去の記憶を、猛烈に欲した。 何か、思い出せそうなものはないか。探した。家中を、とにかく探した。 鞄に眼がいった。鞄のファスナーについている、キーホルダー。白いアザラシの、小さなキーホルダー。 それを確認した途端、俺の脳内に洪水が起こった。記憶の濁流。 流れ込んでくる。どこかへ忘れてきた記憶が、俺の脳内で再生される。 思い出した。まさに一過性。ふとしたきっかけで、歯車は回りだした。 俺は、すべきことを思い出した。頭より先に身体が動き、制服に着替えだす。 なぜか、興奮していた。興奮していて、うまくボタンを留められない。 一つ一つ、丁寧に留めていく。同時に、頭もだんだと冷えてくる。 何も入っていない鞄を持ち、すぐに玄関から外へ。鍵をかけるのは忘れない。 走った。ただ走った。 徒歩で10分かかる道を、ただひたすら走った。走らなければ、思いで身体が燃えてしまいそうだった。 俺は、収まったとはいえ、まだ興奮していた。記憶が戻ったから、異常なまでに。 交差点に到着。赤信号。もどかしい。手に異様に力が入る。 赤から青に変わるまでが、長く感じた。2分、いや、5分ほどに感じられた。 青になる。再び走り出す。そうしなければ、気がすまなかった。ただひたすら、走り続けた。 学校の正門に着く。だが、スピードは緩めない。 正門を駆け抜け、昇降口へ。靴を脱ぎ、上履きを取り出す。この時間さえもったいない。 上履きを履き終わると、すぐさま走りだす。目標は、俺らのクラスが居る場所。 2階へ駆け上がり、左へ曲がる。突き当りの、家庭科室。 家庭科室のドアの前には、アンケートを入れた箱がある。危うく蹴りそうになるが、なんとか避ける。 ドアを思いっきり開ける。「バタン」と、豪快な音が鳴り響く。 肩で息をする俺。まだ仕込みの最中だった皆は俺を見て、唖然としている。 俺は握りこぶしを握り、掲げ、叫ぶ。 「完全復活だ!皆、必ず成功させようぜっ!!」 歓声。士気上昇。皆のやる気は右肩上がり。すぐに下ごしらえの準備にとりかかる。 午後の2時。食堂終了の時刻。最後の客を送り出し、数秒の間。 そして、あがる歓声。入り口においてあったアンケートはすでに空となっていた。 「終わったァッ!!」 厨房から叫ぶ俺と調理人集団。包丁を持ったまま腕を振りかぶるのはやめてくれ。 その後、文化祭終了まで打ち上げとなった。あまった材料を使い、まかない料理を一人で作る。 全ての材料を使いきり、安堵と疲労のため息を吐き出す。 厨房には俺一人。皆は家庭科室で、ワイワイと騒いでいる。 疲れのためか、騒ぐ気になれない俺は厨房内の椅子に腰掛ける。 と、厨房へ入ってくる一人の女子。二つのコップを持った、玲。 「お疲れ様。」 俺の目の前へコップを置く。中には烏龍茶が入っているようだ。 ありがたく思いながら、コップを手に取り、一口。淡く爽やかな苦味が疲れを癒していく。 玲は俺の飲みっぷりを見ながら、俺の横へ回り込む。そして、コップを置き、耳元でささやく。 「おかえり。」 そして、後ろから抱きつく玲。俺は久しぶりに顔が紅潮したのを覚えた。 苦笑いしながら、俺は頭をかく。玲のほうを向きながら、告げる。 「ただいま。」
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