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目を覚ます。状態を起こしてみる。 周りを見て、状況を把握。病室らしい。 ベージュ色の壁紙、ベッドのシーツや布団は白い。横には花のない花瓶の置かれた棚。 水色の、まさに『病人』という感じの服を着ている。 左手に違和感を覚える。動かしてみるが、力が巧く入らない。 頭をかこうとした。だが、包帯が巻かれていて、かく事が出来ない。 何が起きたのか、思い出そうとする。そんな時。 「みなさん、起きましたよー。」 少し年を召したような、女性の声。おそらく、看護師さんの方なのだろうか。 どたどたどた、と入ってくる人、人、人。俺と同年代の男性や女子。 皆、同じ制服を着ている。なぜか見た途端に頭が痛くなる。 「大丈夫ー?」 「顔色はいいな。」 「大変だったんだからねー。」 口々に言う皆。だが、俺は言い出せずにいた。異常なこと。 俺は口には出せないため、相槌をうっておく。生返事、とも言い換えのきく頷き。 「誰か、玲ちゃんを呼んできてー。」 玲。その名前を聞くと、頭痛が酷くなった。何故かは俺には分からない。 皆は色々なものをおいていく。いくらしたのか分からないメロンや千羽鶴など、付き物なものばかり。 ドアの開く音。荒い息遣いが、ここまで聞こえていた。 その中の一人が、ドアのほうを向いた。手を口に添え、言う。 「玲ちゃん、こっちこっち!」 手招きをする。そのまま、スタスタと足音がする。 皆は何故か頷きあい、病室から出て行く。バタン、とドアの閉まる音がした。 右の方には窓があり、夕陽が差し込んでいた。そちらのほうをふと見やる。 ベッドの横にある、椅子に座る音。俺はそちらのほうを向く。 黒髪で、長髪の女子。長さは肩甲骨あたりまであるようだ。前髪は黄色のピンで留めている。 半開きの眼、眠くは無いようだから、多分これが普通なのだろう。 すらっと通った鼻筋。他の女子達と比べると、少し薄い唇。 彼女はこちらをじっと見ている。その視線に、何かを感じる俺。 表情のない彼女の顔に、涙が一筋。俺は慌てふためく。 「ど、どうしたんですか?急に…。」 俺の言葉に、何か不可解なものを彼女は感じたようだ。 彼女の口は、何か言いたそうに動く。だが、その動きも次第に止み、顔はうつむいて、黙ってしまった。 沈黙。かなり、居心地が悪い。俺は無い髪をかきながら、他の人には言えなかったことを言う。 「その。」 彼女はもはや独り言である俺の言葉に反応し、顔を上げる。 俺は彼女の顔を見れず、窓の外に視線をやりながら、不安を押しのけ、言う。 「今、何月何日?」 再び沈黙がこの場を支配した。なんとなくではあるが、かなり嫌な空気であることには間違いない。 俺は彼女の顔をどうしても見ることが出来ない。見たら、何かは分からないが耐えられそうになかったからだ。 「5月、24日、だけど?」 綺麗で澄んだ、それでいて文節ごとに不自然な間。恐らく、不安を隠しているのだろう。 俺は考える。どうやら、俺の頭痛は、そのせいであるらしい。予測が、推測が、確信に変わる。 改めて、彼女の顔を見る。彼女は、俺を静かに見据えていた。口を開け、告げる。 「その、思い出せない、んだ。4月の始め、多分、1日かそれぐらいから。」 彼女は「そうなってほしくなかった」とつぶやいた。 頭に疑問符を浮かべた俺に対し、彼女は告げる。 「医者から、言われたよ。一時的な記憶喪失になっているかも、って。」 記憶喪失。まさか、そんな三流小説のような事態に陥ってるとは思わなかった。 しかし、3月の末以前は完璧に覚えている。なのに、最近2ヶ月ほどの記憶だけがすっぽりと消えていた。 彼女は無表情のまま、再び告げる。澄んだ声に、悲しみがこもる。 「ねえ、本当に思い出せないの?私の名前も?」 言われ、思い出そうと試みる。だが、即座に頭痛が襲い掛かる。 苦悶の表情に顔を歪め、頭を抱える俺。その光景を見たであろう彼女は言った。 「なら、思い出せるまで『また』一から始めよう。私の名前は、空深玲。よろしくね。」 それから彼女は、毎日俺のもとを訪れた。 毎日の出来事や今までを、俺に話した。主に学校で起きた出来事と、俺とのやりとり。 4月のはじめから、付き合いだしたこと。 最初は、トラウマが原因で喋れなかったこと。 色々と悩みを聞いたこと。 皆の前で、色々と恥かしいことをしたこと。 約2週間前のクラスマッチでは、苦い思いをしたこと。 今は、文化祭の準備をクラスの皆でやっていること。 俺が怪我をした時に、喋れるようになってしまったこと。 そのほかに、色々と語った。その姿に、俺は次第に何か、暖かい気持ちを持つようにになった。 そして、どこかへ置いてきてしまった思い出に、興味を抱くようになった。 何があったのだろう?俺は、空深さんと、いや、玲、と、何をしたのだろう?俺は、今まで何を思っていたのだろう? そのお陰か、思い出そうとしたときに必ずしていた頭痛は、次第に弱くなっていった。
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