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食器を洗う。ケーキの食器とフォーク、コップだけのため、案外早く終わる。 手を拭きながら玲のほうを見てみる。椅子に座っている。手には小さな空いた焼酎のカップ。悦の表情。 口がふさがらない。手も動かない。皿を落としそうになる。慌てて受け止める。 手をタオルで拭いて、玲に近づく。 ほのかに酒のにおいが。顔が紅い。他の酒には手をつけていない。酒弱いのか? 「だ、大丈夫か?」 顔を覗き込む。とろんとした目つきでこちらを見る玲。熱い吐息をこちらに浴びせる。 手の動きが乱雑。大丈夫ではなさそう。すぐに眠ってしまいそうだ。 とても嫌な予感がする。こういう予感はよく当たるから困る。 風呂の沸いたことを知らせてくれる、電子音。ピーッピーッ、と情緒もなく鳴る。 頭がかくかくなっている玲。今すぐ寝てしまいそうだ。 とりあえず、ざぶとんを二つ折り。それを枕にするように、玲を寝かせる。 寝息を立て始めた玲を見て、安心しつつ寝巻きを持って風呂へ。 洗面所のドアを閉め、服を脱ぐ。風呂場へと続く、すりガラスがはめられたドアを開く。 暖かい湯気が立ち込める風呂場。浴槽は、一人ではいるには広く、二人では多少狭い広さ。 洗面器で湯をすくい、頭にかける。暖かい湯が身体を伝う。こういうサッパリ感が好きだ。 頭を洗い、身体を洗い、洗顔し、浴槽の湯へ身体を沈める。 気持ちがいい。すっきりと、今日の疲れを洗い流すような暖かさを楽しむ。 風呂に入って10分しただろうか。洗面所から音が聞こえる。 耳を澄ます。何かを脱ぐ音。すりガラス越しに人の姿が見える。まさか。 「玲ッ!?」 俺の声に反応する人影。まさに、上半身の服を脱ごうとしていた最中。 玲はこちらを見たようだ。だが、すぐに脱衣を続行。 寝ていたはずなのに、どうして?まさか、酒が入って暴走してるのかッ!? 上着を脱ぎ、肌色の身体がうっすらと見える。肩の下から水色の細いものが。 やばい。このままでは最悪の事態が。とりあえず、玲に言う。 「せ、せめてタオルを渡してくれ!」 聞いたのかどうか分からない。玲は脱ぎ続ける。 細いものを洗濯カゴへ。もう、一糸纏わない姿なのだろう。思わず眼をドアから背けてしまう。 ドアの開く音。投げられたタオルが俺の顔にかかる。すぐに腰へ巻きつける。 恐る恐る玲を見る。細い、白い身体が湯気で少しぼやけて見える。 前にタオルを持って、身体を少しは隠しているようだ。 顔は紅い。まだ、酒が抜けていないのだろう。この状況、普通の男なら狂喜乱舞するのかもしれない。 だが、その時の俺は恥かしさが上回っていた。玲からすぐに眼をそらす。 玲はこちらを見据えていた。眼は半開き、うっすらと笑みを浮かべていた。いろんな意味で怖い。 まさに悪い予感はよく当たる。良い予感もあたってくれればいいのになあ。 玲は酔いで何をしているのかも分かっていないのかもしれない。タオルが落ちた音がした。 そのままシャワーを浴びる玲。湯気が更に立ちこめ、視界は1mとない。 俺はずっと眼を背けたまま。顔は熱い。無論、湯のせいではない。 蛇口を捻る音。水が床に落ちる音がやむ。 玲は、浴槽に足を入れる。俺の、丁度目の前。タオルなどは巻いていない。 あまりの恥かしさに、俺は思わず風呂を出る。ドアを勢い良く閉める。 すぐに身体を拭き、寝巻きを着る。寝巻きと言っても、私服でも通用するものだが。 洗面所から逃げるように出る。肩で呼吸をしている。息が粗い。 椅子へ腰掛ける。動揺しきっている。胸の拍動は、バチで打たれた太鼓のようだ。 落ち着くために、コーヒーを淹れる。豆をすり、コーヒーメーカーにセット。 コポコポと鳴るコーヒーメーカー。その音が聞こえる度に、少しづつ冷静さを取り戻す。 脈動もだんだんと平静に戻る。頭を抱える。俺に与えられた状況は、あまりにも作られていた。 だが、それでも足りないものがひとつだけあった。俺の気構え。 俺の『弱さ』を後悔する。間違った『強さ』はいらないが、男としては失格だ。 コーヒーメーカーの音が止む。俺は淹れたてのコーヒーを、二つのカップに分ける。 ひとつは勿論俺の分。もうひとつは、風呂に入っている、アイツのために。 玲が上がってきた。バスタオルで身体を巻き、ほかほかの湯気と共に。 俺は無言でカップを差し出す。玲は受け取り、一口。 俺と向かい合う席に座る玲。俺は伏し目がちになる。手が動く。 −ごめん。− すぐに意味を解し、頭を上げる。玲も、目を伏せていた。 −本当は、酔っていたわけじゃない。少なくとも、風呂に入ってシャワーを浴びた時は。− 玲の演技力に思わず豆鉄砲を喰らう。眼をパチパチさせる俺。 顔を上げず、玲は続ける。無言で、静寂ながら、はっきりと。 −もしかしたら、それで襲うかと思ったんだ。私を、真の意味で受け容れてくれる、と。− 伏せられた顔から、数滴の雫が落ちる。肩が力なく震えていた。それでも続ける。 −怖いんだ。私を、受け容れてくれないことが。− 顔を上げる玲。ほのかに紅い。眼は潤んでいる。 俺は見据える。手に力がこもる。思わず、歯を噛み締めた。ぎりっ、と音が鳴る。 −でも、キミが、項貴が嫌なら、いい。− 段々と、手の動きが途切れ途切れになる。どんどん、動きが小さくなる。 しまいには、細い意思が全く動かなくなった。顔を伏せ、こちらを見ない。 自然と、俺の頬をつたう水滴。一筋ではあっても、大河に思える。 いやな空気。払拭したい。でも、どうすればいいのだろう? そう悩む間も、数秒だった。身体が動いた。玲はこちらを見ない。 玲の横へ歩を進める。玲は、手で顔をぬぐい、こちらを見る。 俺は玲へ立つようにジェスチャー。それに従い、立つ玲。 身長差は15cmほど。自然と、俺の目線は下へ。玲の目線は上へ。 バスタオル一枚しか羽織っていない玲は、俺へと抱きつく。 その肩が少し大きく震えている。俺の服を握る手に込められた力は、思いのほか強い。 俺は、外から包み込むように手を玲へ回す。 覚悟は、決まった。手が、テーブルに置かれた、箱に伸びる。朝、玲が出した箱。 玲が感情を流し終えるまで、ずっとそのまま。その夜は、忘れられないものになる気がした。
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