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寝息を立てる玲。見入る俺。 音がなくなる。動いているものは開けた窓のレースのカーテンと、玲の小さな胸だけ。 数多くの静。数少ない動。 時が止まったように感じる。思わず、顔に手を触れる。 ゆっくりとなでる。ほのかに玲が笑った気がした。 玲から、温かさが伝わる。玲に、温もりが伝わる。 手が下へ、下へと向かう。小さな肩、腕を伝い、細い腰へ。そして――――― 玲が起きた。俺の邪念を感じ取ったのかは分からないが。 まだ寝ぼけている様子。とろんとした眼でこちらを見ている。 「お、おは、おはよう。」 声がうわずった。明らかな動揺の色。視線を合わせられない。 玲は不審に思ったようで、眉間に皺を寄せ、こちらを注視。 俺はわざとらしくガッテン!をして、 「そ、そうだ。料理を、な?」 玲を横目で見る。少しの微笑み、かなりの不信感を俺に突きつける玲。 なんとかして話題をそらし、狼藉を誤魔化さなければ。 「さ、始めようか?」 うなずく玲。時計を見ると午後の2時。台所に立つ俺と玲。 ベージュ色で、花柄のエプロンを着た玲もまた良い。 少し大きめなようで、動きづらいようだ。 俺はというと、藍色の前掛け。白で『似非江戸川』と書かれている。これが一番馴染む。 目の前の食材は小麦粉、卵、砂糖、バター、バニラエッセンスに、パックの生クリーム、そして苺。 器具はボールに、泡だて器、型、暖めたオーブン。 そう、ケーキを作ろうとしているのだ。 チョコもチーズもあるのだが、玲は苺のショートケーキをチョイス。早速取り掛かる。 オーブンに入れて焼いている間、椅子に座って少し休む。 ハンドミキサーを使えばいいのにムリして泡だて器を使い、手がガクガク震える。 明日はきっと、いや確実に筋肉痛だこれは。右手の二の腕を揉む。 すると玲は座っている俺の後ろへ回り、肩を揉んでくれた。 絶妙の力加減。気持ちいい。天国の心持ちがする。 玲は少し肩を揉んだ後、そのまま上半身を倒し、顔をすぐ横へ。 少しの静寂。オーブンが稼動していて、少し良い香りが漂い始める。 玲のほうを向く。眼を閉じて、口を一文字に閉じ、安らいだ顔。 他の人から見れば、無表情に変わりはないのかもしれない。それでも、かすかに違う。雰囲気、なのだろうか。 俺の視線に気付いた玲は、眼を開け、俺のほうを向く。大きい、意志の強い眼。 眉が下がり、口の端が少し上がる。微笑んでいる。ほのかに顔が紅い。 玲は、俺から少し離れ、手話。 −ありがとう。− 音のない言葉。それゆえに、率直に伝わる意味。俺は笑う。 俺に近づく玲。眼を閉じて、と促してくる。俺は視界を闇に閉ざす。 唇に柔らかい感触。ほのかな良い香り。食欲ではなく、愛おしさを促進させる香り。 感触が離れる。眼を開ける。かすかな風が通り抜ける。時が、流れる。 −作ったケーキ、どうしよう?− 生クリームと苺でデコレーションしたケーキを見て、玲は訊いてくる。 「確かに二人でワンロールは多いな。」 腕を組む俺。首をかしげ、こちらを見つめる玲。俺は苦肉の策を提案する。 「誰か、呼ぶか?」 玲は考える。とても考える。やたら考える。3分ほど考え、手話で返答。 −仕方ないね。− 結局、電話でクラスメイトを数人呼ぶ事に。 夕方はパーティーと化した。 俺が呼んだ数人がさらに友人を呼び、20人ほどの大所帯に。 呼ばれたものは飲み物やお菓子を買い、持ってきた。 丁度今日が誕生日の者が居たので、歌を歌って祝う。俺と玲が作ったケーキも、そいつのために振舞う。 少し悲しげな表情を浮かべる玲だが、すぐに楽しくなったのか、皆の輪に入る。 皆、よく騒ぎ、よく食べ、よく飲み、よく笑った。とても、楽しそうだった。 日が沈んでも、まだまだ収まらない。もう10人前後になったのだが、それでも衰えない。 何故か酒が入って、悪酔いしだす者もちらほら。女子に襲い掛かる男子、誘惑する女子。 お前らは人の家で何やってんだとつっこみたくなりながら、俺は残ったオレンジジュースを飲む。 夜中の8時半。皆が帰り、家には俺と玲だけになった。 散らかった部屋を二人で片付ける。ゴミはゴミ袋へ、食器は流しへ。 窓を全開にして、空気の総入れ替え。春の清々しいながらも涼しい空気が室内へなだれ込む。 ゴミ袋をしっかりと縛り、食器を水につけておく。 一通りの片付けを終え、風呂にお湯を張る。 玲は椅子に座って、緑茶を「ずずずーっ」とすすっている。いつ出したんだお前は。 茶柱がないかどうかを、緑茶の水面を凝視する玲。それを見て苦笑する俺。 ふと、今日の夜は波乱がなければよいな、と考えた。無論、そんなことありえるはずもなかった。
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