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午前11時。自室。床にあぐらをかいて座っている。 少し片付けた部屋。まだ散らかっている部分もあるが、二人分の座れるスペースを確保。 俺と玲は密着して座る。俺が右、玲が左。小さな肩が触れる。 10時から1時間ほど、ずっとこの状態。胸が高鳴る。 玲はほのかに顔が紅く、右手で俺の右肩を掴んでいる。 かすかに、力がこもっていた。少し息が荒い。細い指先からも、吐息からも不安が伝わる。 俺は左手で玲の身体を引き寄せる。玲の、軽い体重が俺に少しかかる。 玲の頭が左肩にのる。眼を閉じ、息を整える玲。クールでも、無表情でも、か弱い女の子に変わりはなかった。 思い出す。食材が残り少ない事を。一瞬身体がこわばる。 その動きに、玲は目を開け、多少の驚きを感じたようだ。 俺は、頭をかきながら申し訳なさそうに言う。 「すまん、食材が少ないんだ。買ってくる。」 立ち上がり、リビングへ。黒い皮の財布を持ち、私服に。 ジーンズに、茶色で黒の蝶が描かれたTシャツを着る。 なぜか玲はパジャマを脱いでいる。そちらへ眼を向けるのはやめよう。 家の鍵を取り、扉の方へ。スニーカーを履き、外へ出ようとする。 急に肩が掴まれる。何事かと後ろを振り返ると、水色のミニスカートに白の無地のTシャツ。 ピンク色のピンで髪を留め、こちらを見据えている玲が。 −一緒に、行こう?− 無表情でも、こちらには感情が伝わるようになってきたらしい。 手が語る言葉の裏に、『一人になりたくない』という願望が見て取れた。 俺は頷く。先に扉を開け、玄関のスペースを空ける。 玲は茶色のブーツを履き、すぐ外へ。扉を閉め、鍵をかける。 午前11時半。すぐ近くのスーパー。家族連れでにぎわっている。 買い物カゴを持ち、お買い得品を物色する俺。 そんな俺と腕を組み、こちらによりかかる玲。目つきだけは猛禽類だったが。 周りから、暖かい、微笑みの混じった目線が注がれる。あちこちから揶揄の声が。 −あのキュウリ、安いよ。− 「1本105円(税込み)」と書かれた値札指差しながら、玲は手話。 キュウリを3本ほど適当に取り、カゴへ入れる。玲はそれを戻す。 「な、なぜ?」 問いかける。玲はキュウリを見定め、3本を選びカゴへ。 −とげとげがたくさんあるほうが美味しいの。− その後も、俺以上の主婦根性を出してお買い得品を漁る玲。 時には選別をし、時には鬼と化した主婦を鋼の表情で跳ね除けムネ肉500g130円をゲット。 戦利品を両手に抱え、戻ってくる玲。心なしか明るい。 「どさどさっ」という音を初めて聞き、笑いながら言う。 「凄いな。後でコツとか教えてくれ。」 玲はこくりと頷く。後でしっかりご教授願おうっと。 レジで支払を済ませる。キュウリ、ミカン、ムネ肉、ひき肉、サンマ、サバなど、約25品を2000円以内でおさめる。 帰り道。両手に溢れるほどの袋を持ち、歩く。 玲は一歩手前でまさにスキップしそうなほど上機嫌。朝のか弱さはどこへやら。 自転車で通り過ぎる知り合いの群れ。横を過ぎる直前に冷やかしの声。 それに玲は反応し、俺の後ろへ。見せ付けるかのように後ろから抱きつく。 後ろをみながら自転車をこいでいた友人達はそろいもそろって電柱に激突。 俺は歩く早さを速め、急いで家に帰ろうとする。紅潮した顔を隠すため、うつむきながら。 玲は俺を後ろからつかみ、ゆっくり歩こうと仕草で諭す。 「…分かったよ。」 荷物を右手に全部集め、左手を差し出す。 玲はすぐに右手で握る。温かい。自然と気分がよくなる。 無表情で前を見ながら歩く玲。照れを隠すように余所見をして歩く俺。 お似合いだ、と冷やかされるのも、また良い。そう思えるようになるまで、時間はそうかからない気がした。 家へ到着。すでに12時半を回っている。 急いで昼の準備。たくさんの水を沸かし始める。 その間に先ほど買ったひき肉を鍋に入れ、塩、胡椒を少々。茶色に色づくまで炒める。 水が沸騰したら麺をまわしながらいれ、塩を少々投入。 茹で上がるまでに、ひき肉の鍋にホールトマトをいれ、水や調味料で味を調える。 トマトを形が残るように適度に潰しながら、一煮立ち。 茹で上がったパスタを更にもり、オリーブオイルを少々たらし、混ぜる。麺が固まらず、時間が経っても美味しくするため。 パスタの上から、ミートソースをかける。湯気が立ち上り、良い香りがする。 最後に、パセリを刻み、パセリとチーズを好みで入れて、昼食の出来上がり。 テーブルに食器類とお茶を出し、座っていた玲にパスタを出す。俺は自分のにチーズをかけて食べ始める。 トマトのほのかな酸味と、ひき肉のうまみがパスタにからみついて美味しい。 フォークを使って少しづつ、ゆっくり食べる玲。もぐもぐ、と口を動かす。 「美味いか?」 お茶を湯飲みに注ぎながら尋ねる。これ以上ないぐらい大きく頷く玲。 静寂。俺は玲の反応をちらちらと見ながらフォークを口へ運ぶ。 玲は眼を輝かせながらパスタを咀嚼。上から光が差し込み、天使が現れているのは幻覚だろうか? 食べ終わり、食器を流しへ。 お茶の入った湯飲みを両手で持ち、飲む玲。湯飲みをテーブルに置き、こちらを見据える。 −料理を、教えて。− 手話で語りかけてくる。困った。 「いや、俺はさほどうまくないぞ?」 苦笑をしながら返答。昼の、少し強い日が差し込む、明るいリビング。 玲はそれでもかまわない、と意思表示。俺は少しうなる。 うなって、少し考え、出来る範囲なら、と言う。 玲は両手を叩いて喜ぶ。その滅多に見せない笑顔が、かわいらしい。 「んじゃ、午後からな?」 そういうと、玲は満足した様子で席を立ち、カーペットの上に横になった。 疲れたのだろう、すぐに寝入ってしまった。座布団を枕にし、横向きで。 俺はその横に座り、寝顔を見入る。今まで以上に玲を「女の子」として意識していた。
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