前へ  次へ

朝。空気は清らかで、気分は最高だ。淡く照る朝日がまぶしくもあり、優しくもある。 昨日は山と谷の差が激しすぎた気がしたが、それもいいと思えるほど気持ちがいい。 ベッドから起き上がる。今日から、二人(実質一人)の家。 広いな、とあらためて感じる。姉とおふくろの荷物が無いからか、空虚な気分もある。 昨日の夜にセットしておいた炊飯器がピーッピーッと鳴り、炊き上がったと教えてくれる。 味噌汁は水を温め、味の素を溶かす。ついで豆腐、わかめをいれたあと、一煮立ちさせて味噌を投入。 久々に作ったため、味を忘れているかと思ったがそうでもない。 一人の朝食。慣れているが、わずかながら感じる寂寥感はぬぐいされない。 いつもより早く食べ終わり、食器を流しに置き、水に浸しておく。 制服に着替え、昨日の洗濯物を洗濯機にぶち込む。ギュルギュルいいながら回る洗濯機。大丈夫か…? その間に用を足し、歯磨きをする。怠りはしないで手短に済ませ、学校へ行く準備。 洗濯機が回り終わる。洗濯物を全て取り出し、ベランダで干す。 あれやこれやとしているうちに7時30分。学校までは歩いて20分。 …ち、遅刻確定…?い、いや、そんなことはない、急がねばッ!! 正門前。強面で、赤のジャージ、竹刀装備の体育教師が門の前で構えている。 7時44分。ギリギリで走り抜ける。体育教師は俺を猛禽類の目で見ている。 獲物になりかけた。危ない危ない。あと少しで稲妻が落ちるところだった。 教室へ疾走。前を走っていた女子を追い越そうとした時。 腕を掴まれた。振り返る。見慣れた黒髪の女子。 「…玲、お前もか?」 質問に対し、シンプルに頷く玲。 「…急ぐぞッ!失礼!」 玲の後ろへ回り込む。周りには誰も居ないのをいい事に、お姫様抱っこ。 そのまま疾走。俺が走り抜けた後の空間には空気の波紋が。 教室へ乱入。朝のホームルーム真っ最中。 皆の目が俺と玲に集中。口をあんぐりとあけ、眼を見開いている。 自分の状況を確認する。腕にはしっかりと玲が。…しまった、まだお姫様抱っこ中だった。 みるみるうちに紅潮していく俺の顔。熱が自然発生し、湯気が出る。 それを見てニヤニヤしだす、我がクラスメイト達。 そして玲は俺の腕から自力で降り、そのまま俺の頬へキス。 そこで我慢するのはビヨンドミー。俺は姿勢を固定したまま後ろへぶっ倒れる。 頭を地面に豪快に打ちつけ、「ゴンッ」と音を立てて我に返る。後頭部がズキズキと痛い。 痛めた部位をさすりながら、席へ。今日も一日、ロクな一日にはならないかもしれない。 やはり予想通り、ロクな一日にはならなかった。 昨日の暴走もあり、朝の狼藉もあり、ネタにはつきないようだ。 休み時間中ずーっと男子は俺に、女子は玲に質問の雨を降らす。 質問している女子はあの本に載っていた手話をもう完璧に覚えたらしい。 …興味のあることは覚えが早いらしいが、それでも早過ぎないか? 授業時間中でさえ、質問を書いた紙が俺の元へ回ってくる。 「今日の夜は何かするの?」(知るか) 「今日の目標は!?」(なんのだ) 「どこに惹かれたの?」(全部だ) ()内は返答。そしてその答えが再び質問のネタになる。エンドレスクエスチョン。 昼休みも、質問の雹で玲が持ってきてくれた弁当をまともに食わせてもらえない。 結局、放課後も1時間ほど質問の槍を喰らい続けた。どっと疲れが出る。 質問タイムが終わり、さて帰ろうかとしたとき、玲が俺の方を叩いた。 −行きたいところがあるんだけど。− と、手話で語りかけてくる。無表情の上目遣いで。 「どうして行かないことがあろうか、いや行く。…で、どこへ?」 これが質問の答えだ、といわんばかりに俺の腕を掴み、ひっぱる玲。 その勢いに任せ、玲についていく。 場所は、校庭の端っこ。野球部やサッカー部が練習をしている、そのさらに端。 雑草が無節操に生えている、誰も近づきそうに無い場所。 玲の手には、小さな植木鉢。中にはまた小さな苗木が。そして無言で穴を掘り始める玲。 意図は分からない。だが、とりあえず玲には向いてないか、と思った俺はその腕を掴み、 「俺がやる。だから、貸してくれ」 そのまま大き目のスコップを半ば奪い取る形で借り、穴を掘る。 30cmほど掘ったところで、玲が手で合図。掘るのをやめる。 玲はその穴の中に、苗木をゆっくり、丁寧に、優しく埋める。 「何をしているんだ?」 埋め終わった玲に、俺は聞いた。彼女は手話で答える。 −私達が、『ここに居た』『幸せだ』という証。− 玲は、まるで親が子供を見るような眼で苗木を見る。その眼には、優しさがこもっていた。 もう夕方。夕日に照らされる玲。可愛い、ではなく美しい。俺じゃなくても見とれてしまうだろう。 玲は俺の方を向き、再び手話で。 −この木が、育ち続ける限り、私の想いはなくならない。好きだ。− そして、俺の身体を引き寄せ、キスする。深くは無いが、想いが伝わる。 視界の端で、部活動生が俺らを見ていた。恥かしさで紅くなる。 1秒が永久に感じられるキス。長く、長く感じられる幸福感。 俺も、この木に誓おう。この木が、育ってくれている限り、俺の想いも消えない。 この木が、生きている限り、玲と添い遂げる。そう、誓った。
前へ  次へ 長編へ  トップへ

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析