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朝。ひどく憂鬱な気分で起きる。 いつもならば7時に起きるはずが、今は6時30分を指す。 あまり深く眠れなかったようだ。こんな日に限って眠れないとは。 昨日の事は考え無いようにする。また、不愉快感がぶりかえしてくるからだ。 朝食はトーストを2枚に牛乳。簡単に済ませる。 親父に電話。確認したいことが一つあった。 あまり使ったこと無い電話で、かけたこともない電話番号へ。 「あ。親父?今いい?」 電話の向こうは静かだ。親父の声以外は聞こえない。 「いいぞ。」 親父は淡々と言う。単刀直入に。 「俺の親権は、親父が持ってるのか?」 その質問に、驚きもせずに答える。 「そうだ。お前の姉も、な。だが、お前が望むなら向こうでもいい。・・・アイツは、向こうへ行くのを望んだが。」 前と同じように淡々と告げる。低く、わずかに悲壮な声で。 「分かった。ありがとう親父。」 電話を切る。確定した。『決別』できる。間違いなく。 それでも、俺の心へたちこめる暗雲は減らない。あとは俺次第だ。 手話の本を鞄へ入れる。・・・これが置き土産とならないよう願うばかり。 学校へ向く足取りは重い。だが、力強く踏み出す。『決別』のために。 学校へ到着。正門からゆっくり校舎内へ。 誰もが楽しそうに喋っている。歩いている。笑っている。そんな気分には到底なれない。 教室の前で、少し立ち止まる。皆が知っているかどうか。扉にかける手が震える。 思い切ってあけた。皆は何も言わない。『いつも通り』。 肩をなでおろしつつ、いつもを装って席へ。鞄を机の横へ。 玲のほうは見れない。昨日のこともある。それに、見たら研いでいた『刃』が鈍ってしまうような気がした。 朝のホームルーム。あのアルファ波増幅器は毎日同じ事を言う。 最後にひとつだけ、いつもとは違うことを言った。 「羽里はぁ、これが終わったら校長室へいきなさぁい。」 ・・・きたか。早いな。『刃』が鈍る前でよかった。 皆が騒ぎ出す。誰もが俺を見る。俺は皆を見ない。昨日の男子に本を渡す。 「昨日言ってた本だ。・・・大事に使ってくれ。」 彼の眼を見据えた。彼は、いつもと違う俺の雰囲気を感じ取ったらしい。 力強く頷き、席へ戻る。俺は、校長室へ。『決別』の場へ。 校長室前。本物の木で出来た、彫刻の施された豪華な扉。 手で押し、ゆっくりと開ける。かすかにきしむ音。 左には様々なトロフィーや賞状が並んだショーケース。 右にはソファーが二つ、テーブルが一つ、校長が座る机と椅子が一つづつ。 珍しい、女性で若い(恐らく30代ぐらいか)校長は、椅子に深く腰掛けていて、俺を正視した。 そして、机の前にある対面するソファーに、一人の女性。 かなりけばけばしい化粧に、きらびやかな装飾が施された服を着た、少し年を取った女性。 見た瞬間、やはりというか、当然と言うか、怒りがこみ上げてくる。 挨拶をするのも忘れて、無言で入り、立ったまま40代ほどの女性―――おふくろを睨んだ。 ドアから左―校長やおふくろとは逆―の方向へ歩き、ショーケースへもたれかかる。 「転校するのですね」 校長は、トーンを下げた静かな声で言う。おふくろは続く。 「そうなんです。彼の親権は私が」 言いかけた。絶好の機会。低く、思いを沈めた声で言う。 「姉貴は、こうやって騙されたんだな。」 おふくろが俺のほうを向く。校長は、まだおふくろを見ている。 「嘘を吐くのも大概にしろ。俺の親権はおろか、姉貴の親権も持ってないじゃねぇかよ。」 校長の目が俺を向く。目つきを更に鋭くして睨む。 「親父はそういうのに疎いからな。だから『俺や姉貴の意思』に任せた。」 一歩づつ、歩幅はいつもより小さくし、おふくろに近づく。 「騙されたとはいえ、姉貴はお前と、一緒に行く道を選んだかもしれない。  もう一度、お前を信じようと思ったのかもしれない。だが、俺は選ばない。信じない。」 右足。後7歩。研いできた『刃』をつきたてる。 「お前の都合で振り回されるのはもううんざりだ。俺は俺の意思で生きる。」 左足。6歩。まだ。 「ガキの頃からそうだった。お前は家に居る時はいつも泣くか寝るかだったな。」 右。5。まだだ。 「そのせいで、俺と姉貴が家事をする羽目になった。」 左。4。まだ足りない。 「中学の時、お前は『逃げた』。どこの誰かも分からん男のもとへ。」 右。3。もっと。 「姉貴は絶望して家から出た。連絡は無い。俺は一人、家に残された。」 左。2。もっと。 「お前にはわかんねーよな。いつも『逃げていた』お前には。」 右。1。まだある。 「『逃げない』のに必死だった俺の気持ちは。・・・全部お前の思い通りにいくとは、思うなよ。」 左。おふくろに隣接する。見下ろす。これが、最後の『刃』だ。 「お前にはついていかねぇ。俺は、血のつながったお前よりも、思いのつながった者と生きる。」 歩を扉の方へ。扉の前で、振り返り校長を見る。睨みはせず、単に正視。 「と言うわけです。俺は引越しも、転校もしません。」 おふくろはわなわな震えて、立ち上がってヒステリックに叫ぶ。 「あんな、あんな家のどこがいいの!?いつも家より、仕事を優先した、あの!!」 俺はもう、睨む気も無い。単に冷たい目つきで言う。 「いつも家に居たのに家族のことを考えないヤツより、家族の思いを踏みにじるヤツより、はるかにマシだ。」 俺は扉を開ける。もう、言うことは無い。もう、『決別』の意思は示した。 扉か一歩出ると、クラスメートが囲んでいた。 皆が、俺をいっせいに見る。怒りに震える者、涙眼の者、様々だ。 後の話によると、俺が行ってから担任が話したらしい。心配になって来たそうだ。彼らは、口々に言う。 「あのおばさん、サイテー!」 「お前、良く頑張ったな。」 「うんうん、私だったらグレるわね。」 「お前の姉も大変だねぇ。」 「そうよ、羽里くんとお姉さんがまた一緒に住めばいいのよ!」 皆は俺の擁護とおふくろの非難を口にする。 そんな中、誰か一人がふと思い出したかのように言う。 「そうだ。ほら、空深さん。」 皆が道を開ける。玲が、一歩づつ、俺に近づいていく。 皆が、ニヤニヤした笑いではなく、ニコニコとした笑顔で俺と玲を見る。見守る。 玲は、少しうつむきながら細い手を動かす。 −昨日。− その動きに、意味に、熱いものを感じる。 皆は、あの本を使ったか、意味が分かっている様子でうんうんと頷く。 玲は続ける。いつもの無表情で。 −ありがとう。嬉しかった。昨日の答え。− 胸が高鳴る。顔が紅く、熱を帯びていく。 −私もだ。好き。− その動きが終わり、俺が意味を理解した、その瞬間。 玲が俺に抱きついた。俺は驚きの意思を小声であげる。玲はそれを無視。そのまま、俺の顔を引き寄せ―――――― 歓声が上がった。たくさんの祝福の声が、軽い揶揄の声が、わずかな嫉妬の声が。 まるで、自分のことのように喜んでくれるクラスメート。 俺の選択は、正しかった。実感した。自然と、笑った。 玲を見る。俺の胸で、少し肩が震えている。悲しくは無いはずだ。ならば、喜び。 その日は、一日中お祝いムードだった。 クラス以外の人間にも、お祝いされる始末。一体誰が流したんだか。 昨日の夜、玲がメールで相談したそうだ。そこから、一気に皆に浸透。お祝いムードになったようだ。 それゆえに、皆は本を見て覚えた、ぎこちない手話でお祝いをした。 様々な言葉が綴られた、一日で作ったとは思えない寄せ書きを俺らに渡した。 皆で、騒いだ。休み時間も、少し長い昼休みも、疲れているはずの放課後も、ずっと。 クラスが、誰一人として欠けることなく、ひとつになった。 家へ帰り、この件を親父へ報告。 「そうか。」 とだけ言って電話を切る親父。いつも安堵した時の反応だ。 携帯を見る。メールが一通。 from:空深 玲 title:(no title)
今日は皆親切だったね。 明日からは、もっと激しくいくよ。 覚悟しといてね。
3日間ですでに色々と激しかった。 これからの3年間は、もっと激しくなることを、このときの俺は知る由もなかった。
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