「じゃあ、行ってくる」 「いってらっしゃーい」 今日もあいつは仕事へと出かけた。毎日毎日、ご苦労様。 あたしは食器の片付けをしに、台所へ向かった。朝もだんだん暖かくなってきていい感じ。 みんなはまだ寝てる。あたしよりも早く寝たのに、遅く起きるなんていいなー。 ……昨日のことのせいで、あいつに余計な心配をかけなかったか、すごく不安。 でも、大丈夫。あいつはそこまで落ち込むタイプじゃなさそうだから。 2人分の食器をガチャガチャと洗う。スポンジに洗剤を少したらし、あわ立てる。 ……新婚って、こんな感じなのかな……? いや、ダメだ。考えちゃダメなんだ。あたしは、あいつとは違う。 少し泣きそうになる。昨日あんなことしたばっかりなのに、なんで涙は枯れないんだろう……? あたし、乙女だなあ。なんか、笑えてきちゃった。 昼。 みんなが起きて、何をするでもなくしゃべっている。 よく話のネタがつきないなあ、と思いつつあたしはベッドに横になる。 少し、キツい。 多分、昨日頑張りすぎたのがいけないのかもしれないけど。 「大丈夫?」 蒼が心配そうにあたしに言う。 でも、心配ないよ。ちょっと疲れてるだけ。 「……なら、いいんだけどね」 そんな時。 チャイムが鳴った。 「はーい」 黄緑がぱたぱたと玄関へ向かっていく。 みんな、鳴った時こそ注意を向けたものの、すぐに気にしなくなった。 ……あたしには、予感がした。むしろ、確信といってもよかった。 こんなときにくる、チャイム。 あたしたちのこの生活の終わりを告げる鐘が鳴っていた。 黄緑の気配が消えた。玄関に行ったはずの、黄緑の「存在」が消えた。 「あ、ちゃんと折っておくように」 「は? なぜですか?」 「復活しないように、ですよ」 「なるほど、わかりました」 2人の男の声。1人は男にしては高め、少しオカマっぽい。もう1人は気の弱そうな、おどおどした声。 そして、聞こえてくる無機質な「ばきっ」という音。小さな音だけど、大きく聞こえた。 玄関から入ってきたのは、よく分からない黒い装束を着た男と、スーツの男。 後ろからは音響機材のマイクを持った人やカメラマンが見えた。 「さて、『お祓い』をしましょう」 みんな、固まって動けない。あたしもそうだった。なんで、動かないの……? 動いて、動いてよ! 「事前に『結界』を張って正解でしたね、ほら、あそこの青髪の」 蒼を指差す装束の男。つられて蒼に視線を向けると、ものすごい形相で睨みつけていた。 群青も、黒も、そうだった。ああ、睨みつけるってああやるんだな、とあたしは暢気に思っていた。 現実味が無かった。黄緑が「消えた」ことが。そして、あたしたちが「消える」ことが。 「今にも襲い掛からんとする顔ですね? 『危険』ですよ」 それはあんたたちの思い上がりだ。 叫びたかった。でも、動けなかった。なんで? あたしが、弱いから……? 装束の男は懐から何かの紙を取り出す。12枚。あたしたちの、数と一緒。黄緑を除いて。 「さて、残るは12人……ああ、赤髪は私が手を下すことはありませんから、11人ですね」 ……え? 「どういうことですか?」 スーツの男が、下手に出てあたしの疑問を代弁する。正確には代弁をしたわけではないけど。 気味悪いにへらっとした笑顔で―あいつとはまったく違う―えらそうに答える。 「『力』を使い果たしていて、もう形態を保つことも困難なのです」 「そうなのですか」 イエスマン。気味が悪い。装束の男も、スーツの男も、まったくもって気味が悪い。 一人一人、お札を貼られていく。 「貼るときは、しっかり額に貼るんですよ? 『なぜ』ではなく、形式が大事です」 ……そう、まじないはその行動の「意味」ではなく「形式」が大事だ。 丑の刻参りなんかもそう。犬神なんかもそう。「形式」が大事。 みんな、されるがままに「消されて」いく。存在が、消えていく。 蒼、黄、緑、白、オレンジ、黒、桃、水色、茶、群青。 みんな、「消された」。 あたしは何もできなかった。ただただ、それを見ているだけだった。 体が動かない。動いたなら、殴ってでも止めてやるのに……ッ! 動いてよ! 動いて、動いて、動いてぇッ!! ……あたしの思いとは裏腹に、体は動かなかった。 あたし、イヤだよ。 消えたくない。 なんで? あたしたち、何も悪いことしてない。 なんで? どうして? ……あたし、イヤだ。 「本当に、ほうっておいていいんですか?」 「いいんです。 もう、『力』は残っていません」 「……そうですか、じゃあ、これで『依頼』は完遂ですね」 ……依頼? 「そうです、依頼人に連絡しておいてくださいね」 誰だろう……あたしたちのことを知っていて、それを快く思わない人……? 「ただいまー……」 夕方の5時半。早めに帰ってこれたのだろう。 あたしはそれが嬉しくて、哀しくて、涙が一筋こぼれる。 まだ、あたしには涙があったんだ。それが、また嬉しかった。 「……なんだ、これは? 折れた……黄緑の、クレヨン……!?」 鬼気迫る表情のあいつが家に入ってきた。靴も脱いでない。 あはは、ダメだなあ、あたしがなんか言わないと、靴も脱げないのかな。 「おい、紅、どうした!?」 「……」 口が動かない。しゃべれない。まだ、結界が効いているのかな。 「まさか、外の札かッ!?」 いつもとは違う雰囲気に、すごく心強い。あいつ、あんな一面も持ってたんだね。 外へ走っていくあいつ。その背中を見て、あたしは力が抜けていくのを感じた。 ……ああ、そろそろお別れ、かなあ。 体が動くようになっていた。でも、あんまり感覚が無い。 すぐにあいつは戻ってきた。必死だ。仕事で疲れているのに、頑張っちゃって。 部屋に入ってきて、周りの「みんなだったもの」を見て、あたしに言う。 「紅、何が、あったんだ? この状況……!?」 「……お別れがきたんだよ」 自分でも情けなくなるくらいのか細い声。 理解できないと言わんばかりに、唖然とした顔をしてる。腑抜けてるね、格好悪いぞ。 「……お別れ……?」 「こんな別れ方だけどね……」 あたしの力も抜けていく。どんどん、あたしも意識が薄れていくのを感じた。 「おい、紅、しっかりしろ!」 あたしの肩を力強くつかむあいつ。 あたしは、嬉しかった。こんなにも、心配されていた。 みんなにとっても、多分そうだと思う。みんな、心配されていたから、必死だったんだ。 「……あたしたちが居なくなっても、頑張ってよ……?」 「そんなこというな! 言ったら、言霊ってのもある、本当になっちまうぞ!?」 ……違うんだ、「なる」んだよ。もう、引き返せない。 そう思ったら、あたし、泣けてきちゃった。涙がぼろぼろと出てきた。それをぬぐうこともできない。 「……ねえ、あたし、消えたくないよ……!」 感情の吐露。もう、気にしない。イメージだとか、そんなの、もう、気にしない。 「紅」 「ねえ」 あたしは、泣きながら、無理やりに笑顔を作った。 まだ、聞いてなかったことがあった。こんなにすごして、まだ、聞いていなかったことが。 「名前、教えて?」 あいつの目にも、涙が浮かんでいた。あいつらしくない。 「――――――」 ああ、うまく、聞き取れなかったな。こんなときまで、あたしってやつは……ダメだなあ…… 「……あたし、の、名前、は……」 舌もうまく回らなくなってきた。もう、ダメかな。 必死で泣くのをこらえているあいつ。ダメだよ、笑ってなきゃ。 別れ際も、笑っていよう。みんな、そう願っているはずだから。 「……あか……」 あたしの意識は、沈んだ。深い深い、どこかへ。
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