勤めたくもない会社勤めから、非日常がある種の日常と化した家へと帰ってきた。 なんだか帰ってきたって感じがする。ここが俺の「家」なんだ、という実感がわく。 「たーだーいーまー」 やはり俺も普通の人間、激務とストレスのせいで疲れているため、やや間延びした声を出す。 「おかえりー」 俺にねぎらいの声をかけてくるのはたった一人だけ。 それもそのはず、今はすでに11時を回っているころだ。 最近仕事が忙しく、残業も多くなってきた。家に仕事を持ってこないのは俺の主義。 普通ならば皆寝ているころあい、それなのに起きている物好きは、 「紅か」 一人テーブルにあごをのせ、ぐでーんとダレている紅に言う。 紅は、なんだか疲れている。こんな時間まで人型で居るのは、キツいはずだ。 「ごめーん、とりあえずごはん準備するねー」 「頼む、その間に風呂入ってくる」 「あいよー」 紅はゆっくりと姿勢を正し、立ち上がってエプロンをいつもの赤いタンクトップの上に着た。 俺はスーツの上着を木でできたハンガーにかけ、寝巻き代わりのジャージをつかみ風呂場へと向かった。 今ではこれが日課になっていた。 紅以外で料理ができるのは黄緑ぐらいだが、黄緑はいつも料理以外の家事を担当している。 ただ、他の皆は黄緑を手伝ったりはしているようだ。紫なんかは逆効果らしいが。 なので、黄緑には相当疲れがたまる。そこで、ある種必然的に紅が料理をすることになる。 料理を温めるだけなのだが、俺があがってくる絶妙のタイミングで出してくれるからありがたい。 「あー」 熱い風呂に入ると必ず出てきてしまう声。年寄りじみててなんかイヤだな。 半身浴なぞ知るかとばかりに風呂に肩まで入りつつ、色鉛筆やクレヨンが来てからのことを悶々と考える。 今までの生活からは想像ができないほど、明るくなった。楽しかった。 一人暮らしで生活に追われ、何の潤いもないまますごした毎日。何の「色」もない毎日。 それが一転、騒がしく疲れも溜まるが、なぜか楽しい毎日へと変わっていった。 誰もが個性を持ち、同じ色鉛筆やクレヨンだとは思えないほどだ。 「いつまで、続くんだろうか」 俺は疲れを呼気と共に吐き出しつつ、誰に言うでもなくつぶやく。 この生活は。 非日常の存在との生活は。 いつまで? ……考えるのはやめだ。 仕事で酷使してただでさえ疲れている頭だ、動かすものでもないだろう。 終わる時は終わる時だ。その時考えよう。 俺は湯船から出て、風呂場のドアを開けた。 妄想でありえる「ばったり」な展開は無かった。うん、期待してないよ? 「あー、いー湯だったー」 「テーブルにおいてあるよ」 今度はテレビを見ながらぼけーっとあぐらをかいて座っている紅がいた。 テーブルの上にはご飯と油揚げとナスの味噌汁、サバの味噌煮に肉じゃがと、いたって和食。 「お前和食好きだよなー」 「んー、それしか作れないだけー」 ぼーっとテレビを見ている紅の表情が物憂げにうつる。こいつでも考え事をするんだな。 俺は紅が気になって、飯をかきこんで食器をシンクへ放り込んでから隣に座る。 「何考えてんだ?」 紅は顔を俺のほうへ向け、再びテレビの方を向いた。なんだ、こいつらしくない。 そのまま沈黙が俺と紅の間に居座る。 時計はすでに12時を回った。ずいぶんと紅もがんばる。普通なら疲れて眠っているはずなのに。 テレビでは霊能者とやらが悩みを持つゲストにそれっぽく聞こえる説教をたれている。 「こいつ、なんかうさんくさいよなー」 沈黙がイヤで、何気なく発した一言。 「そうでもないよ」 予想に反し、紅が反応した。テーブルに突っ伏したまま、だがはっきりと、だ。 いつもの明るい調子や軽い口調ではない。真剣なもの。 「……なんでだ?」 「伝わるんだ」 「は?」 「あの人は『本物』だよ」 なるほど、今まで忘れていたがこいつらも一応「人外」の存在だからな。 こういった職業の人間たちはいわば「敵」みたいなもん。敏感に感じるのも仕方ないか。 こいつが落ち込んでいるのも、これ関連なのか? 「そうか」 再びテレビの音だけが流れる少し居づらい空間に戻る。 以前の俺なら別に問題は無かっただろう。今の、騒がしい空間に慣れてしまった俺には少々堪える。 「あ、あのさ」 今まで沈黙を守ってきた紅が顔を上げ、俺に問いかける。 「ん?」 俺は気負わないフリをした。「フリ」は苦手なんだが、紅は気付かない。それほど悩み、疲れているのかもしれん。 紅は視線を俺からそらして、少しの間をおき、頬をわずかに赤らめながら、 「なんか、恥ずかしいんだけどさ」 目は俺を見ないで、俺から見て右下の床を見ている。照れてるのか。珍しい。 「なんだ?」 「……えと、なでて」 ……ほう? 明日は雪でも降るのか? 「いや、その」 しどろもどろになり、顔を急激に赤らめてうつむく紅。なんだ、可愛いヤツだな。 いや、言いたいことは分かるけどな。よっこらせ、と立ち上がり、紅の隣に座る。 俺は紅の頭をつかみ、俺のひざへ乗せるように倒す。 ……男の膝枕なんてあんまりいいとは思えないが。ごつごつしててあんまり気持ちいいものではないと思う。 ひざに乗せた紅の頭を、俺はゆっくりとできるだけ優しくなでる。 元気印の紅にも、たまにはこうしてもらいたいんだろうか。やっぱり「女の子」なのか。 と思っていると。 「……うっ……ひっ……」 紅は俺に背を向けている形のため、俺のほうからは紅の顔は見えない。 だが、紅が何をしているのかぐらいは分かる。なぜこうなったのかは分からない。 俺は黙って、なで続けることにした。 ……それぐらいしか、できないからな。 嗚咽がやみ、紅はゆっくりと起き上がる。 「んー、落ち着いたー」 赤い目をこすりながら紅は、あははっ、と俺に笑いかける。 そんな笑いも、今となっては強がりのように見えてしまう。いや、実際強がりなのだろう。 俺が疲れているのを心配する紅だ。心配されたり、不安にさせるのがイヤなのだろう。 「……その目はなーにー?」 ジト目で紅は俺をにらみつける。正直、ぜんぜん怖くない。蒼や群青、黒に学んで来い。 「もしかして、あたしが珍しく女の子っぽいとこ見せたから『らしくねー』とか思ってるんでしょ?」 「半分な」 「半分!?」 「……いや、8割か」 「ひっどー! 修正する必要ないじゃーん!」 こんなたわいもない会話が嬉しく思えてくる。 無理はすんな。 言おうと思ったが、あえてやめておく。 まだ、言う機会はある。まだこいつらとは、長いつき合いになりそうだからな。 テレビでは相変わらず霊能者がゲストに辛い一言を浴びせていた。 「しかしまー、こいつはカウンセラーになったほうがいいんじゃねーか?」 「いーや、この人かなり霊感強いみたいで、波動がヒシヒシときますぜおやっさん」 「おやっさんて誰だ」 うお、指をさすな指を! 俺はそこまで年食ってない! 「まあ、今日のことは皆に黙ってやろう」 うんうん、と俺は頷きながら食器洗いをしている紅に言う。 「あーそーですかそりゃありがとーごぜーますー」 「じゃあ言ってもいいのかな?」 「ごめんなさい言わないでくださいお願いします」 ふ、他愛もない。 んじゃ、俺は寝るぜ、と紅に言って俺はベッドへと入った。 すぐに眠れた。 ……あいつが眠ったあと、あたしは食器を洗い終え、ふと、テレビを見た。 あたしが泣いてしまうほど感じてしまった不安。 それが、現実のものとなる確信が、放送されていた。 「さて、次回は久々に本格的な『祓い』ですが、標的は?」 「『九十九神』ですな」 「つくも、がみ?」 「物が時間を経て妖怪化したものを『九十九神』と呼ぶのです」 「でも、あなた霊能者じゃ……?」 「霊も妖怪も人外のもの。さほど変わらんのです」 「そういうものですか」 「そうです。部下の報告からは悪行を働いているわけではなさそうですが、悪の芽は摘みます」 「なるほど……では、来週お会いしましょう! さようなら!」
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