さて、今日は休みである。もちろん、最近ないがしろにされつつある労働基準法に則った休みだ。 なんだか俺が「お前実は働いてるように見せかけたニートじゃねーの?」とか思われているようだが断じて違う。 ただ人より休みが多いだけだ。しっかり働いてんだぞ俺は。 その分給料は安いが。自由が利かないのはなんとも痛い。 そんなこんなでモーニングコーヒーを入れながらわいわいがやがやと騒がしいリビングを見る。 俺の家は1LDKで、玄関から左右にトイレと洗面所、風呂場がある廊下を抜けるとリビングダイニングに出る。 リビングダイニングから玄関に向かって細長くキッチンがある。 そこから襖を隔てて、いまや「個」の字がほとんど意味をなさない個室がある。 今は襖を取っ払って巨大なリビングとして使用している。 そりゃそうだ。いまやこの部屋の住人は俺+13人(本?)の色鉛筆やクレヨンたち、総勢14人だからな。 仕方ない仕方ない。そう言い聞かせない限りやるせなさが猛然と俺に襲い掛かるので半ばまじないのようだ。 相変わらずみんなでトランプをやっている。よく飽きないものだ。 「ねえ」 俺が悪魔のように黒く地獄のように熱い、さほど甘くない微糖のコーヒーを飲みながら思案にふけっていると、珍しく緑が声をかけてきた。 緑は薄いライトグリーンでフードつきの長袖、濃い目の緑でポケットのたくさんついた長ズボンをはいている。 こいつはどっかにサバイバルにでも行くのだろうか。たくさんのポケットの中にナイフぐらい入ってそうだ。 緑の手には一冊の本がある。おそらくその本について訊きにきたのだろうと思う。 「ん?」 「この本、使ってないの?」 よくよく見ると、「公務員試験予想問題集 小学校教職員用」と書かれている。 そういえば使っていたな、こんなの。昔からの夢だったが、最近では忙しくて目を通す暇もなかった。 ……休みばかりだったのは確かだが、決してそれは俺が怠けていたわけではなく、泥のように眠ってしまった俺の惰眠の……。 いや、なんか言ってるだけで言い訳がましく聞こえるな。って、俺は誰に言ってるのだろう。 今の仕事に休みが多いのも、元は休みの間に勉強をするつもりだったんだがなあ……いやはや。 「ああ、最近は見てない」 「……『最近は』ね……確かに、本が少しくたびれてる」 緑はぺらぺらと本をめくり、中の問題や俺の解答に目を向けている。 俺は基本的に直に書き込むタイプで、その理由は『同じものを何回もやったって無駄』だと考えているからだ。 「このまま、放っておいていいの?」 「え?」 「このまま、『使ってほしい』この本を、放っておいていいの?」 ……使ってほしい、か。 こいつらももともとは「モノ」だからな。そういうのが分かったりするもんなのだろうか。 そういえば、今日は珍しく何もない。 いつもなら休みといえば知り合いとバカやるのが通例なのだが、今日は予定なし。 「そうだな、久々にやってみる」 「そう」 にこっ、と安堵したかのように笑った緑はこちらへゆっくりと本を渡してきた。 俺は受け取って、机からシャープペンと消しゴムを取り出し、残りの部分を解いてみることにした。 結論から言おう。 難しい。全然手をつけていなかった報いが来ているのかもしれない。 ちくしょう、ここまで分からないとは思わなかった。 「どう?」 緑が気になってか俺の横から質問し、本を見て、深々とため息をついた。 ああ、分かってるともさ。俺の不肖具合がよく分かるってやつだ。ちくしょう。 俺は目の前のほとんど埋まっていない解答欄に頭を抱えながらも解答を構築していく。 知識を問う問題は楽にできるのだが、俺が苦手なのはいわゆる「思考力」を試す問題だ。 ある条件やシチュエーションが与えられ、それに対する俺の考えや対応策を答える問題。 おそらくこれが解ければ俺は採用試験にも受かるのだろうとは思うが、それは誰だって同じだとも思う。 「なーにしてんのっ」 比較的高い声が俺の後ろから聞こえ、声がした方向を向くより早くしゅびっ、と飛びつかれた。 横目で確認すると、紫色のポニーテールが少し見えた。その前に、首。首っ! 「紫、死にそうになってるわよ」 「えっ? ……ごっめーん☆」 ……なんだその語尾のそれは。可愛さアピールでごまかそうってのか、この腹黒幼女め。 「むっ、今『小さい』系の言葉を言ったなっ!?」 言ってない。思ったが。 「むぅー」 むくれても許さん。さてと、解答を考えることに集中しなければ。 「ねー」 やはり主体的な行動を促した方がいいよな。道筋を示すだけで充分か。 「ねーえー」 調べさせるのは子どもたちにさせて、解決法を考えさせる。 「ねーえーってーばー」 んで、そこで授業でやったことを引き合いに出す。理科の実験の考察法なんかはいい例だな。 「ねーえーってーきーてーるーのー」 そうすれば子ども達の自立性がガクガクガクガク。 「何をするんだおのれはッ!!」 人が解答を考えている最中になぜ首根っこをつかんで前後に揺らすんだっ! おかげで脳みそシェイクされて今さっきまでいい考えが浮かんでたのにどっかへすっぽ抜けてしまった…… もう少しでいい解答を思い浮かべそうだったのに、豆電球を撃ちぬかれた気分だ。 「だってー」 「なんだっ!?」 「……えっと、その、なんといいますか、あう、ご、ごめんなさい」 よく分かりました。いい子いい子。って、ああっ! 泣くな! お願いだから泣くなっ!! 「罰当たり」 緑も傍観者を決め込んで横でクトゥルフ神話とか読んでないで助けてくれ! そもそも罰当たりってなんだっ!? 紫をなだめ、緑以外の11人をなんとか落ち着かせると、すでに時間は夜中の9時をまわっていた。 というより、なぜ風呂のときでさえもこいつらはいろいろと噛みついてくるんだ……これが女のサガか…… 普通風呂場のドアの前まで来て「謝れ! 紫ちゃんに謝れ!」はないだろ。しかもいれかわりたちかわり。 なんか精神的にひどく疲れた。だが残り3ページだから今日中にやっちまうか。 俺は問題集をテーブルの上で開き、どっこらせ、と年齢に似合わない声を出して座る。 彼女らのだいたいはすでに眠っている。どうやら先ほどの問答でかなり疲れたらしい。 起きているのは件の紫と緑だ。紫は俺とは反対側の席に所在なさげに肩をすくめ、下を向いて座っている。 緑はというと、窓ガラスに背を預け、ハードカバーを読んでいるが何の本かは分からない。 もともと俺はあまり本は読まないほうだ。数えるぐらいしか本は持ってないはず。いったいどこから沸いて出てきているんだ。 問題の解答を考えながら、ちらちらと様子を見てはいるのだが、どうも居心地が悪い。 「あ、あのさ」 と雰囲気の悪さを緩和する策をいろいろ思案していると、紫から声をかけられた。 俺は問題を解くのに集中しているふりをして、なおざりな返答をすることにする。 「んー?」 「……その、昼間は悪かったよ。ごめんなさい」 ……なんだ、いつも強気で生意気だと思ってたけど、案外素直なところがあるんだな。 俺はわずかに感心しつつ、席を立つ。紫が俺の返答がないことに不安そうな目でこっちを見ているがとりあえずほっとく。 牛乳をウサギの絵柄入りのコップに入れ、レンジで温める。いわゆるホットミルクだ。 なぜ男の俺が「ウサギの絵柄入りのコップ」を持っているのかは秘密だ。 ホットミルクが入ったコップを紫の前に出すと、紫が「?」と疑問符を頭に浮かべながらコップを見ている。 俺は席に座り、問題集に目を向けてシャープペンを手先でくるくると回しながら答える。 「ほら、早く飲んで寝ろ。風邪引くぞ」 俺の言葉を変に解釈したのか、紫は顔を真っ赤にして、 「こ、子ども扱いすんなっ!!」 と近所迷惑も顧みず金切り声で叫び、目の前のホットミルクを一気に飲み干しむせながら鉛筆の箱へ歩いていく。 そういう行動が子どもなんだよな、と心の中でつぶやき、俺は問題を解くのに戻った。 結局、解き終わったときは深夜の12時を回っていた。 「ところで」 俺が問題集を閉じ、んーっと背伸びをすると隠密のごとく後ろに回りこんだ緑が質問する。 びくぅっ、と体をこわばらせる俺。こ、ここは落ち着け。素数を数えるんだ。2,3,5,7,11,13…… 「な、なんだ?」 「あなたは『来世』を信じる?」 そこで、俺は緑の持っている本に目を向けた。「インドの神々たち」と書かれた講釈書だ。 そんな本、俺持ってたっけ? と疑問に思いつつも俺は素直に答える。 「いちおうな」 もちろん、前までは信じてなかった。超常的な現象など、あるはずがないと。前世の記憶なんぞ眉唾だと。 こいつらと出会ってからはそうもいかなくなった。身近に超常的な存在があるわけだからそんなことも言ってられない。 いわゆる「物の怪」がいるんだ。「来世」ぐらいあったっておかしくない。そういう考えが俺の中に芽生えていた。 緑はハードカバーを俺の目の前に置いた。緑は本を開き、指差す。指が指し示すところには、 「輪廻転生、か」 「人をはじめとした『生きとし生けるもの』はみな輪廻の輪の中。 じゃあ私たちは、どうなのかしら?」 俺は緑の表情を見てみた。メガネの奥に見えた瞳に映る感情は、 「私たちは九十九神で意思があるとはいえ、基本は『モノ』。生きているのかしら?」 不安、だ。こんな質問をしたのも、その表れか。 人間である俺と、九十九神である彼女らとは、別れが確実にやってくる。 それは俺も考えていることだ。だが、彼女らにとって、俺との別れは死と等しいのかもしれない。 九十九神は持ち主に大事にされれば恩を、ないがしろにされれば仇を返すという。 ……ならば、「持ち主との別れ」は、彼女らにとってどんな意味を持つのだろうか? 持ち主を中心に彼女らの行動が決まる。ならば、その中心との別れとは。 悲観的なことを考えるのはやめた。俺は思ったままを言う。 「魂は物にも宿る。それが発現すると九十九神になるんだろ? なら立派に生きてるじゃねーか」 「……そうね」 とだけ言って、緑は本を手に取り、ぱたんと閉じる。そのまま、眠るために箱へと向かっていった。 その表情には、心なしか安らぎを得ているように見えた。
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