実にまったりした、いい静けさである。休日の午後3時頃、俺と黄緑は二人して饅頭をお茶請けにして緑茶に舌鼓を打っている。 「平和ですねー」 黄緑が目を細めながら、淡く光が差し込む部屋に視線をめぐらせる。 今の黄緑は、上は明るいグリーンで無地のボディーシャツにこれまた薄い緑のシースルーシャツ。 下は濃い緑のロングスカートで、礼儀正しく正座をしていた。 周りでは先ほどまで騒いでいた色鉛筆達やクレヨン達が転がっている。 俺は疲れを吐く息に乗せて深呼吸し、黄緑の方に眼をやる。黄緑は常に誰もを和ませる微笑をたたえて、「激」と描かれた湯飲みを両手で持っている。 なんというか、その風貌と雰囲気に「激」はあわないと思う。もっとこう、「穏」とかのほう。 「確かにな」 湯気がもくもくと立つ緑茶を啜り、ふぅ、と息を吐く。俺の頭の中に巡っているのは、先日黒から言われた一言だ。 紅や青に訊くのは気が引ける。黄や桃なんてもってのほかだ。で、相談するとしたらこの黄緑しかいないだろう、と思っている。 彼女ならば冷静に物事を受け止め、親身になって考えてくれると思ったからだが、どうもきっかけがつかめない。唐突に話してしまえばこの和んだ雰囲気が右肩下がりで悪くなるのは当然だしな。 と思っていると、黄緑は静かに湯飲みを置き、微笑みながらこちらを見て、 「昨日、黒から聞きました」 俺は不意をつかれた。一時脳の機能がストップし、リスタートするまで数秒を要した。 ぎこちなく俺も湯飲みを置き、気を落ち着かせながら言う。 「……何を?」 「告白した、ということですね」 相変わらずほんわかとした微笑みを顔に貼り付けながら言う黄緑。皆が起きる雰囲気も無く、絶好の機会といえば機会なのだが、向こうから話を振られるとは思わなかった。しかも黄緑はあらかじめこうなることが分かっていたような顔である。微笑みは変わらないが、わずかな表情の違いを見分けられるくらいの洞察力はある。 「その『好き』の度合いも人それぞれですよ」 黄緑は眼を更に細め、ゆったりとした言葉を俺に向ける。度合い、か。確かに色にしても濃かったり薄かったりするしな。 嫌い、という感情にもdislikeとhateなんかのニュアンスの違いも存在するし。 「恋愛感情じゃなくても、兄弟愛、親子愛、友情、といったものもあるのか?」 「えぇ、その通りです」 「で、誰がどういう感情なのか、ってわかるか?」 黄緑は母親らしい笑みを曖昧な笑みに変え、 「さあ、私にも分かりません」 「そうか、残念だ」 「ただ」 黄緑は続ける。 「ほとんどは恋愛感情でしょう」 正直に言おう。そうではないほうがよかった、と思っていた。黄緑の「度合い」の話が出た時に、一筋の光明が見えた気がしたのだ。しかし、光明は一筋でしかなく、すぐに周囲の闇へとあっさりと飲まれ、消えていった。 確かに、こいつらは個性があるし、人と同じような存在なのかもしれない。 ……だが、「同じような」なのだ。厳密には「人ではない」。どうにかして「人」になることは出来るのかもしれないが、そんな方法があるなら是非とも教えてくれ。 なんともしがたい壁が、俺と鉛筆達の間には存在していたのだ。ベルリンの壁、などという比喩が当てはまるほど生易しい存在ではない。 文字通り越えられない壁なのだ。壊せるなら壊したいさ。だが、どうも出来ない。それは鉛筆達も気付いているはずだ。彼女らは認めたくないのかもしれないが。 「で、黄緑はどうなんだ?」 「はい?」 珍しく微笑みを崩し、きょとんとした顔で黄緑はこちらを見た。野暮かもしれないが、とにかくはっきりさせておきたかった。 「ほとんどは」と言っている以上、「誰かは違う」ことを黄緑は知ってる筈なのだ。 黄緑は一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに微笑みに戻して、 「私はどちらかといえば『保護者』『親』として、ですね」 ほぼこちらの予想通りの答えを出した。ただ、その表情はよく読めなかったのが一抹の不安だが。 とりあえず黄緑の返答に一安心しつつ俺は再びお茶を一口飲む。生ぬるくなった緑茶は予想以上に美味しくない。 湯飲みを置き、俺は再び思案にふけり始める。 ということは、黄緑以外は恋愛感情なのだろうか。つまり、いつか、誰かが告白することがあるのだろうか。そうなった時、俺は……。 「気にするほどでもないと思いますよ」 俺の考えを読んだのか、黄緑は湯飲みを優雅に持って、聖母のような微笑みを更に深くし言う。 「みんな、多分分かってますから」 何を? などと無粋な言葉は言わない。むしろ、言えない。分かっていない奴など、居ないのだろう。 だからこそ、俺はこの状況が変わらないことを望む。なんだかんだ言いながら、鉛筆達の生活は面白い。 そして、今は気にしてても仕方がない、という結論に至った俺は、饅頭を口へ放り込んだ。 「ま、その時はその時だな」 俺の独り言に黄緑は微笑みながら首をかしげたが、すぐに通常の母親モードに移行。 そこら中に転がっていた鉛筆達やクレヨン達を元の箱へと戻す。 俺はテーブルの上にある、饅頭を包んでいた袋を全てゴミ箱へと投げ入れた。 丸めた袋は孤を描きながらゴミ箱へと向かい、一つは入ったがもう一つはヘリに当たり、外れて音もなく床へ落ちた。 今の気分はゴールポストに阻まれたキッカーだ。黄緑は俺の怠け精神全開な行動に対し、 「ちゃんとゴミ箱にいれてくださいね」 と微笑みを崩さずに俺をやんわりと指弾し、外れた袋をゆっくりとゴミ箱へ入れた。 黄緑には頼りっぱなしだな、と俺はぼんやりと感じた。 俺が頼られるようになる時は必ず力になってやろう、ともうっすらと思ったのだった。
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