「で、だ」 「なあに?」 昼寝をして眼を覚まし、ベッドから上半身を起こして周りを見る。 茶が一人、俺と向かいあう形でちょこんとテーブルの前に座り、ずずずーっと年齢に似合わない音を立てながら緑茶をすすっていた。 似合っている。似合っているが、なんか違う気がする。 2時頃。俗に言う昼下がり、といったところか。日差しは柔らかく暖かい。 他は皆寝ているのだろうか、誰も音を立てず気配もない。どうも、鉛筆たちやクレヨンたちは人間状態になっていると疲れやすいらしい。 そして問題は、そこではない。 「なんで下穿いてねーの?」 「え?」 今気付いたかのように下腹部を見る茶。見る見るうちに顔が赤くなり、ぼんっ、と音を立てて蒸気を出し、ばっ、と手を下腹部へ向ける。 「見た!? 見た!? 見たの!?」 声が上ずっており、こちらをまっすぐ涙眼で見ている。動揺しすぎだな。 だが、見ようと思うと視線は上から下へ向けなければならずいくら茶とはいえ気付かれるだろうし、さらにはテーブルが邪魔して重要な部分が見えない。 ああ、もったいない。 「いや、テーブルのせいで見えない」 「ホント? 絶対? 絶対!?」 信用されてないな俺。 「本当だ。 信じろ」 「あうー」 眼を小動物みたいにうるうるさせ、頬をほおずきのように赤らめながら茶はこちらをまじまじと見た。良心の呵責が……! ごめん、さっきあんなみだらなこと思って。俺は身体の向きを窓の方に換えて、茶に背中を向けた。見たい気持ちを抑えながら言葉で促す。 「ほら、まずは下を穿いて来い」 少しの間。 「うん」 ちょっと恥ずかしげな声がかすかに聞こえた。 「で、蒼の世話になるわけか」 「えへへ、ごめんね、蒼ちゃん」 「全く、気持ちよく猫とたわ……こほん、寝てたのに、起こされる身にもなってよね」 蒼は眠そうに半開きの眼を照れ笑いを浮かべる茶に向け、恨みがましく睨んでいた。 かなり寝起きは悪いらしい。蒼の視線に気付いた茶は苦笑いを浮かべ、蒼に対して弁明している。 ……猫とたわ……? と思った途端、眼を見開いた蒼に睨まれた。気にしないことにしておく。心が読めるなんて、おそろしい子っ!! 「なんで白眼になってるの?」 「気にすんな」 「じゃ、私は寝るわ」 「おやすみぃ〜」 眠たそうにあくびをしてから、蒼はスタスタと箱の前へ。いつ見ても眩しい光が一閃、蒼は箱の中へと消えた。 茶は蒼が入った箱に対して、転校のために飛行機に乗る友人に振るかのように大きく右手を振っている。俺はその光景を保護者じみた笑みを浮かべながら眺めていた。 直後、茶の頭から、ぴこーん、と豆電球が光ったように見える。何か変なことを考えているんじゃなかろうか。俺の予想は的中し、茶から突拍子も無い提案がなされた。 「ねー、おやつ作ろうよ」 「おやつ?」 何かを言うだろうぐらいは予測していたが提案があまりに突然だったため、俺は鸚鵡返しに答えてしまう。 「うん。たとえば、うーん、えーと、く、クッキーとか」 ちょっと迷ったのはなんなんだ。しばし悩む。確かに、レシピはあるし、やろうと思えば作れないことも無い。 が、俺の悩みは茶の上目遣いに期待を込める眼と親におもちゃをねだる子供のような無垢な顔に打ち崩される。 「そう、だな。作ってみるか」 「うんっ!」 ……この流されやすい性格、どうにかしないとな。 「かーんせぇーっ!!」 某教育番組的に大きな声で、誰にともなくピースをしながら言う茶。 「お、中々上手く焼きあがったな」 オーブンから取り出されたクッキーを見て、感嘆を交えた嘆息を吐き、感慨深く呟く俺。 「でしょー? 頑張ったかいがあったね?」 茶は子供みたいにニコニコしながらクッキーを見ている俺に話しかけてくる。 視線の端が捕らえた屈託の無い笑顔に、俺は胸が急に締め付けられる思いをした。 一瞬、動きを止めてしまった俺を茶は心配そうに右斜め下から見つめた。 「そ、そうだな。早速食べてみようぜ」 ちょっと萌えたなんて気付かれるわけにもいかず、話題を変えようと俺はクッキーを一つ掴み、口に放り込んだ。 刹那。 「ぐっ!?」 俺は噛むことも出来ず、コップを手荒くつかみ、水道の水を思いっきりいれ、そのままぐびぐびと飲み干した。 もちろん、水の勢いに悪魔か何かが宿ったのだろうクッキーも一緒に流し込むためだ。いや、原因は分かっている。 これは予想外だ。 「えー、おいしくないのぉ!?」 茶はあたふたしながら、別のクッキーを一つつまみ、かりっ、と食べた。 瞬間。 「ふええええぇぇぇぇ!?」 俺と全く同じ行動をとった。水を飲み干し、コップを荒々しく台へたたきつけ、ぜーぜー、と荒く息をはく俺と茶。 顔を見合わせ―あ、少し涙目だな、俺も茶も―同時に言う。 「しょっぱい」 多分、塩を入れちまったんだな。俺はまだ片付けられておらず「混沌」と表現するのが妥当な調理台に眼をやり、白い結晶の入った容器を見てみる。 形の整った正方形の結晶が光を浴びていかにも自分は無実だオーラをまといキラキラしながら入っていた。 くそう、確かに無実ではあるんだが、俺が裁判長なら確実に有罪判決だ。YE GUILTY、ってやつだ。 「砂糖と塩を間違えるとは、マンガでみたことあるが、現実で起こるとは……」 俺はとりあえずクッキーをバスケットにいれ、テーブルに持っていった。 茶はテーブルの前で小さくなっていた。なんか敵に当たった某世界的配管工みたいだ。顔は下を向いていて、表情は分からない。 この時期には似合わない熱いお茶がなみなみと入ったポットと、空の少し小さめの湯のみを用意し、縮こまっている茶の真向かいに座る。 そこで、俺はやっと気づいた。茶の肩が、わずかながらに震えていた。 少しとまどった。どうすべきか。いや、考えるまでも無い。 とった行動はただ一つ。俺はクッキーをつまんだ。先ほどは予想外だったため、オーバーリアクションをしてしまった。 だが、今食べてみるとこの世の地獄というほど塩辛い、というわけではない。ポテトチップスうすしお、のちょい濃いめ、って感じだ。 なんというか、バタークッキーとかそんな感じ。お茶さえあればなんとかなるな。 俺の「ぼりぼり」という情緒のないクッキーを噛む音を聞いたのか、茶は顔をあげた。顔見るだけで分かるくらいに動揺した。 「な、な、な、なにし『がぶ』っ!? あああああぁぁぁぁぁぁ!?」 あ、噛んだ。俺は茶の一挙一動に何か父性が目覚めるのを感じながらカリカリとクッキーを貪り、湯気の立つお茶を一口飲む。 また涙目で、ほのかに鼻が赤い茶は俺に言う。 「な、なんで、食べてるのっ!?」 「ん? 美味いからだよ」 「そんなわけないよっ!」 首をぶんぶんとあと少しで取れそうなほど大きく振り、両手を振り上げ眼にも止まらぬスピードでばんっと叩き、大気を震わすような大声をあげて、否定した。 そこまで否定することはないと思うが……かなり落ち込んでいるんだろうな。そして自分を責めている。悪い兆候だ。 彼女は見つつ音や振動、行動は気にせず俺はまた一つ、クッキーを口へ放り込み、咀嚼する。そして、茶を見据えながら強い口調で言う。 「美味い」 もう、あとちょいっと指で崩れるジェンガのような茶は、俺を見つめた。 俺は微笑みながらすくっ、と立ち上がり、俺を見つめる茶の隣へ座り、サラサラとした茶色の髪を撫でながら、 「美味いもんは美味いんだ。 これ、ぜーんぶ俺のな。 間違っても喰うなよ?」 う、と茶がうめいた。 決壊した。 うわあああああ、と茶は俺の胸に顔をうずめ、号泣した。 俺は左手で泣きじゃくる茶の頭を撫で続けながら、クッキーをカリカリ食べていた。 泣き止むまで、数分かかった。ゆっくりと、茶は顔を上げた。まだ眼や頬はほんのり紅く、くすん、くすん、と声をもらしていた。 その間に俺はクッキーをなんとかたいらげ、お茶を軽くすすっていた。塩分過多かね、これは。 「大丈夫か?」 茶は手で目元の涙をぬぐい、うつむきながら弱々しく言う。 「……うん」 俺はコップに残ったお茶を全部ぐびぐびっと飲み干し、茶の顔を手で強引に俺のほうへ向けさせ、にかっと笑う。 「ほら、笑え。 お前に泣き顔は似合わねー。ほーら、にこっ、と!」 あからさまな笑顔を作り、頬に人差し指をさす。茶はぽかん、と俺の顔を見て、あまりの奇妙でありえない顔にくすっ、と笑い、 「あ、あはは、あははははは! なぁに、その顔!」 大声で笑い始めた。ちょっとムッとした。だが、いつもの茶に戻った。これでいい。 「で、説明、いいかしら?」 空気が凍りついた。 俺は声のした方向を向いた。とてつもなく、最悪で嫌な、鷲に睨まれた兎のような予感がした。 紅や蒼、緑など、今さっき起きた鉛筆たち、それも全員がジト眼でこちらを見ていた。 その時俺は確実に迫り来る死を覚悟した。 なんとか弁明をし、茶の擁護もあって俺の死刑宣告は回避された。
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