皆がわいわい大富豪をやっている中、蒼と緑は輪から外れた。蒼は壁によりかかって腕を組み、冷めた眼で輪を見ている。 緑は椅子に腰掛け、読書に熱中だ。その椅子は俺のだ。使ってないから別にいいが。 ところで。皆同じような無地のワンピースじゃなあ。そう。皆、色違いの、全く同じワンピースを着ているのだった。しかも無地。 「うーむ」 やはり、服を買うべきか? と思ったので、暇そうにあくびをした蒼に相談してみる事にする。 「服?」 「そー。 皆、同じような服じゃイヤだろ?」 「私はそうでもないけど」 「……なんとなーくキャラが立たないとおもわねえ?」 蒼の雰囲気が変わった。 「……そうね」 「で、どうしたらいいと思う? 俺あんま金ないし」 蒼は全てを達観しているような眼をこちらへ向けた。怖えぇ。少し威圧される。 「全く、物分りが悪いわね。 私達は鉛筆とクレヨンよ?」 「分かってる。 それがどうした?」 「なら、私達の服も鉛筆やクレヨンに付随する物、と考えるのが適切でしょ?」 確かに、鉛筆は一様なコーティングがされているし、クレヨンは薄い紙で巻かれている。 よく見ると、鉛筆たちとクレヨンたちでは微妙にワンピースの形が違っている。ということは。 「巻くものを変えれば、自然に服が変わるのか」 「ご名答。 あんたにしてはよくできた方ね」 今、俺は雑貨店に居る。鉛筆やクレヨンを巻くような、ちょっと変わった紙なんかを買いにきたのだ。だが。 「……で、どれがいいと思う?」 「全く、あなたが考えたんだから、あなたが決めなさいよ。優柔不断は嫌われるわよ?」 蒼が居る。服はというとワンピース一枚じゃ味気ない――というより犯罪に巻き込まれるんじゃないかという危惧があった――ので、男物ではあるが服を貸した。 茶色の皮のジャケットに、水色の無地のシャツ、ジーンズ。ワンピースは人型のときなら脱げるらしい。姐御肌な彼女は男物も着こなせるようだ。 色々な模様や装飾がなされた紙を見ていく。色も模様も装飾も様々だが、素材も様々だ。つるつるしたものからざらざらしたものまで色々とある。 「和紙だとどうなる?」 「そうね、和服、になると思う」 「じゃあ、黄緑と白が似合いそうだな」 「全く、誰々に似合うとかそんな問題じゃないでしょ?」 「それもそうか」 俺は薄い赤と青、緑と黄色の和紙をカゴに入れた。次に、一般的に売られているつるつるした折り紙の方を見た。 「折り紙はどうなる?」 「おそらく普通の服になるわね。 組み合わせ次第で、どうにでもなるはずだけど」 「そうか、なら二枚ずつ買う方がいいな」 と、俺は折り紙一式を二つ、カゴへぶち込んだ。 「で、つぎはー、っと」 「紐か何かを使うと、アクセサリーになるんじゃない?」 「そうだな」 次に、俺は編み物や刺繍に必要な糸を求めて売り場を移動した。 細い糸に、太い糸。色も様々だ。ちなみに俺は糸はタコ糸ぐらいしか分からない。 ミシン糸? なにそれおいしいの? とりあえず、ここは蒼に任せる事にする。 「そうねー、首に巻くなら細い方がいいわね」 独り言を呟きながら糸を選別していく蒼。少しかがんで、糸を取っては棚に戻し、取っては戻し、を繰り返す。 なんだ、優柔不断はてめーもじゃねーか、と思って何気なくかごを見ると、どっさりと、糸がたくさん入っていた。 少なく見積もっても二十はある。俺、今財布にいくらあったっけ。 「全く、注意力散漫は褒められたものじゃないわ」 蒼は糸を見極めながら俺に対して文句をつける。ちくしょう。今に見てろよ。 結局、紙よりも糸のほうが多くなったカゴを持って、精算所へ。レジ係の、おそらく三十代の女性がカゴの中身を見たとき、 「うぇっ!?」 と、女性らしくない回答をしたのはあえて無視しておく。 「さ、3,479円になりまーす」 おーおー、笑顔が引きつってる引きつってる。俺は引きつった笑顔を見ないようにして、千円札を三枚と、五百円玉を一枚財布から取り出す。 さささっ、と手早く、というより焦りながら受け取る彼女を見て、「あぁっ間違えたっ」とレジを打ち間違えたりして五分経ち、やっとのことでお釣りを受け取り、店を後にした。 「あーあ、絶対に話の種になってるんだろうなあ」 俺はため息まじりの愚痴をこぼす。 「気にしない、気にしない」 いつもは見せない満面の笑顔で、俺の隣を歩く蒼は言う。原因といえば、俺と腕を組んでいることだろう。 それ以外に見当たらない。確かに悪い気分ではないが。 「で、お前はなぜ腕を組んでいる」 素直な疑問をぶつける。お、顔が普通の厳しい顔に戻ったぞ? 「全く、その程度のこt」 「はいはいわかりましたよー、気にしなきゃいーんでしょー」 「分かればよろしい」 ちくしょう、周りの眼を見ろよ、周りを気にしろよちくしょう。 ほら、今ロードバイクで通ってったあんちゃんがこっちを凝視してるー、って、あ、事故った! お前のせいだぞ蒼!! 今度は反対車線の車がクラクション鳴らしてるし。通り過ぎる人生に疲れたサラリーマンはこちらを見て「はぁ」と思い切りため息をつくし。 俺は周りの視線を必死で無視しようと、顔を伏せた。 横目で見ても蒼は機嫌が良いのが分かる。俺の腕をぎゅ、と握りながらニコニコしてる。 笑顔の蒼はいつもの顔と違い、かなり親しみが持てる感じだ。笑顔なら、いや少なくとも厳しい顔じゃなきゃコイツは絶対にモテるはず。 と、そこで俺の視線に気づいたようだ。 「私の顔に何かついてる?」 紅と同じ事を言いやがった。性格は違うといっても、やはり鉛筆。思考回路は似ているよう。面白くない。 「いーやなにもー」 「尋問しなきゃいけないみたいね」 「滅相もございません」 「全く」 前言撤回。怖い。 「ただいまー」 「ただいま」 玄関で靴を脱ぎ、家に上がる。家の中には、黄緑と白しか見当たらない。 「皆はどこいった?」 「しーっ」 「ほら」 白はウィンクしながら口に手を当て、黄緑は微笑みながらテーブルのあたりを指差した。 テーブルの上にはトランプが散乱していて、テーブルの周りには色々な鉛筆とクレヨンが落ちている。 「なるほど寝たのか」 俺は出来るだけ小声で、トランプを片付ける黄緑とベッドに座っている白に話しかける。 「えぇ、皆ぐっすりと」 黄緑は微笑を深くして答えた。蒼が姐御なら、黄緑は母親的存在だな。やっぱり。 「では、私も」 白は俺と黄緑、今部屋に入ってきて唖然としている蒼に深々とお辞儀をした。そして、何を思ったのか机に登り始めた。 「何やってんの?」 俺は思わずつぶやいた。 「お静かに」 今度は黄緑にやられた。やはり、保護者なんだな。白には俺の呟きは聞こえなかったようで、机の上にすわり、一瞬光ったかと思うと、消えた。 「!?」 俺は机に向かって走り、箱を見た。白の鉛筆が一本、ころころ、と箱に入っていた。 「なるほど、こういうことか」 「ねえ」 俺は蒼に呼ばれ、振り向く。蒼はガサゴソと買ってきた袋を漁り、紙と糸を取り出した。 「丁度良いじゃない。今、着替えさせてみようか」 「なんですかそれ?」 事情があまり飲み込めていない黄緑が袋を覗き込みながら言う。 「紙と糸よ。これで服を変えてみよう、というわけ」 「面白そうですね」 優しい微笑を顔に浮かべた黄緑が袋の中から紙や糸を取り出す。 「じゃあ、私と黄緑がやっとくから、あなたは外へ」 「……わーったよ」 俺はそそくさとベランダへ出て行った。 「うー、冷えるなー」 春になったとはいえ、冬の残り香を肌で感じる。まだ少し寒い。俺は腕をさすりながらふぅー、と長く細く息を吐いた。 今日でまだ彼女らが出てきて二日だ。それなのに、何ヶ月、いや、何年も過ごしてきた感じがする。人の順応能力というのも、捨てたものではないようだ。神様に感謝しなきゃな。 俺が黄昏ていると、窓が「ガラガラ」と音を立てて開いた。 「どう?」 窓からひょこっと顔を出した蒼は俺の貸した服でも、ワンピースでもない服を着ていた。胸の部分が少しあいた、水色と青色のシャツ。 水面を模した模様の服だ。短めで藍色のスカートを履いている。もう少しで見えそうだ。 俺は口をあんぐりとあけまじまじと見ていると、少し恥ずかしそうに顔を赤らめ俺から視線をそらした蒼は続ける。 「似合う?」 「似合うよ」 はっきり言って、俺はファッションには疎い。しかし、それを言うと逆鱗に触れそうなのでやめておく。 「そう」 いつものような、短い言葉だが冷めた感じはしなかった。すぐに引っ込む蒼。しかし、蒼が俺にコンタクトを取るということは、 「もう終わった、ってことか」 俺は寒い寒いベランダから、ほんのり暖かい室内へと戻る。 まだ鉛筆たちやクレヨンたちは寝ていて、起きているのは黄緑と蒼だけだ。 黄緑は、淡い色調の黄と緑の長袖に、脚を完璧に隠す落ち着いた緑のロングスカート。 そして、なぜか濃い緑色のエプロンを着ている。いや「なぜか」というほど理由が分からないわけではないが。やっぱ黄緑だからな。 「外は寒かったでしょう?」 「そうでもないけどなあ」 当然、強がりだ。 「はい、ホットココアです」 黄緑から差し出されたホットココアを受け取り、一口。甘い。うん、甘い。それ以外に何も言いようがない。 某漫才コンビの片割れが言う言葉よりも甘いかもしれない。俺は黄緑に簡単な礼を言って、右手にホットココアが入っているコップを持ちながらベッドに腰掛けた。 蒼はまた、冷めた眼でテーブルの周りに散らばった鉛筆たちを見ていた。 黄緑は優しい微笑を崩さずに、テーブルの上のトランプを片付けていた。俺はココアを飲みながら、そのある種微笑ましい光景を眺めていた。 まだ、この非日常は、続きそうだという確信を抱きながら。
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