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桜が咲き誇る。春の暖かい日差し。真新しい制服を着て、大通りを歩く。 ゆっくり歩く俺の横をランドセルを背負った初々しい小学生達が駆け抜ける。 スーツを着て、緊張したのか、固い表情で前を歩く青年。今から初出社だろうか。 周りはお祝いのムード一色。「新入生、新入社員、応援します!」の横断幕が見える。 今日から俺も高校生か、と何か感慨深いものを感じる。俺はオッサンか。 交差点を右に曲がると、二車線の道の向こう側に校庭が見える。 都市部にしては広い。周囲には桜や梅、椿など様々な木が植えてあるようだ。 遠くから見える校舎は新しい。なんでも創立50周年で改築したという話。 この時代に木造を模した壁や屋根が、なんともレトロな感じで個人的に好きだ。 正門前。同じ真新しい制服を着た、同輩となる人間の山。 おそらく、同じ中学の仲間と話しているのだろう、いくつかのグループに分かれている。 そんな俺は同じ中学の人間は受かって無いため、一人。居心地は正直言ってよくない。 と、正門の、クラス分けの紙が貼ってある掲示板前に、一人たたずむ女子に気付く。 黒のショートカット。身長は155cm前後といったところ。華奢。無表情。 鞄を足元へ置き、右を向いては少し手を動かし、左を向いては少し手を動かしている。 手を動かし終わるたびに少しうつむく。誰もかまってくれない子猫のように。 その手振り、表情に心が痛む。そして熱くなる。 ・・・誰か声をかけないのだろうか?・・・自分から声はかけないのだろうか? その疑問は後回し。まずは自分のクラスを確認するために、彼女の横へ。 ・・・1−3、か。1−1や1−9だったら分かりやすいんだが・・・。 ふと、横目に何かが映る。彼女の手がせわしなく動いていた。 −クラスの番号、何?− 疑問の答えが分かった。手話。だが、その行動を誰も見ていない。誰もが他のグループに無関心。 俺は祖母が難聴のため、幼い頃から手話には触れてきた。他人より少し慣れている。 耳が聞こえないのか、話せないのか分からないため、手話で返す。 −1−3。君は耳が?声が?− やはり誰も見ない。自分のグループ以外は見えないようだ。他を排斥する、か。 彼女は無表情のまま、手を自分の喉へ。 声、か。深くは聞かない。初対面の人間に対してはいつもそうする。 再び彼女の、細い綺麗な手が動く。 −同じ。よろしく。− 同じ、か。孤独な者同士、奇妙な親近感を感じる。 「あぁ、よろしく。」 1−3の教室へ、一緒に移動する。1年の教室は5階。階段で上がる。 階段を上りながら、自己紹介をしていないことに気付く。 「俺の名前は羽里 項貴(ハネサト コウキ)だ。君は?」 質問に対し、彼女は持った鞄からスケッチブックとシャープペンを取り出す。 スケッチブックを開き、ささっと名前を書いて俺へ見せる。 「空深 玲」。真っ白なページに、見やすい字で。「ソラミ レイ」と読むのだろうか。 彼女はすぐにスケッチブックをしまい、あたりを見渡す。何かに警戒しているよう。 「ま、よろしくな。玲。」 握手を求めるために手を差し出す。彼女は少しとまどうが、握手。 細く白い手は、弱弱しい。だが、何か、強い意志を感じた。 1−3の教室へ行くと、ほとんどの生徒が着席していた。 自分の席をドアに貼られた紙で確認。珍しく男女混合の出席番号で、席は窓際。机へつき、鞄を横にかける。 玲はどうやら教室の真ん中あたりの席らしい。彼女も鞄を机にかけると、静かに座る。 5分もたたないうちに担任が入ってくる。 灰色のスーツ、青のネクタイ、七三、丸く黒い太縁メガネ、猫背、と明らかな昭和タイプ。 「それではぁ、自己紹介しますぅ。私が担任のぉ、」 聞く気失せた。語尾を延ばすな語尾を。軽く聞き流すことにする。 窓の外を見る。雲はゆったりと流れ、風も微風。なんともここちよい。 段々とまぶたが重くなり、首に力がなくなる。手であごを支えると、意識は混濁した。 「・・・さとぉ、羽里ぉ。」 うっかり寝てしまった。日差しが暖かくて、風が吹いていて、アルファ波増幅器があったら誰でも寝るわ。 寝ぼけ眼で担任を見る。黒板には担任の名前と、「自己紹介」とだけ、汚い字で書いてある。 俺は気付き、だるい気分を抑えながら起立。窓を背にしてクラス全体を見渡す。 誰もが軽い敵意のこもった目線で俺を見ている。腕を組み、少し眉を寄せる。 「羽里 項貴。好きなものは『合理』。嫌いなものは『理不尽』。よろしく。」 自己紹介にあまりなっていない自己紹介をし、座る。漠然としすぎたか。 あまり担任は気にしない模様。クラスのメンツは「?」を頭に浮かべているが。 最初から浮きまくりの俺。変人扱いされるのは慣れている。別にどうってことはない。 入学式は大して面白い事は無かった。 ただ、校長式辞が「おめでとう!以上!」だったのは少し笑ったが。 その後、教室へもどり担任が連絡網を配布。諸注意を行い、担任はそそくさと退室。 すぐに雑談タイムへ。こういうとき、俺は黙って座っていて、周りを見渡す。要は人間観察だ。 だいたいは同じ中学の面々で固まっている。教壇前集団、教室後方集団、右前集団、主に3つ。 ただ、真ん中に一人で座っている玲。誰も話しかけない。誰も寄せ付けない。そんな雰囲気。 無表情ながら、物悲しい。ずっと、動かずに座っている。 思考より早く行動に移る。足が自然と動く。横につくが、こちらを見ない。 机に手をついてみる。そこでやっと気付いようで、俺の方を向く。 無視はされないな、と少し安堵し、集団に紛れ込んだ人間の席へ腰掛ける。 丁度、正対するような形。玲は俺のほうを見る。反射のように素早く、手が動く。 −どうした?− どうもこうもないわ。そのままを告げる。 「淋しそうに見えた。そんだけ。」 眼を少し開き、俺を凝視。ポケットから携帯を取り出しながら続ける。ぎこちないながら、言う。 「よかったら、メールしないか?」 玲は無言で手を出す。携帯を渡すと、すぐに操作へ。 1,2分とかからなかったか、すぐに返された。玲のアドレスが追加されている。 その速さに眼を丸くする俺。玲は依然として無表情。少し笑いながら言う。 「じゃ、さっそく今日からな。」 かすかに頷く。高校に入って、初めての友人となった。 電気のついていない家へ入る。電気をつけ、朝作っておいた夕飯をとる。 父親は単身赴任、母親はどうせ浮気相手のもとだろう。姉は家出。ここ数ヶ月連絡が取れない。 リビングに一人。もう慣れた。電話はすでに埃を被っている。 食事を済ませ、流しへいれる。風呂へお湯をいれに、風呂場へ向かうその時。 ぴりりり、ぴりりり。ぴりりり、ぴりりり。 電話が鳴る。ここ数ヶ月、全くならなかった電話が。 ナンバーディスプレイを見るが、記憶には無い番号。とりあえずとってみる。 「もしもし?」 久しぶりの電話で少し緊張している。落ち着け、俺。 「もしもし。羽里 項貴くんですか?」 少し年を取った、女性の声。おそらく40代だろう。 「そうですが、どちらさまで?」 なにか、嫌な予感がする。 「空深です。ウチの娘がお世話になって。」 ・・・嫌な予感は益々強まる。 「いえいえ。」 とりあえず、さしあたりの無い反応をして相手の出方を窺う。 「ありがとうね。」 嫌な予感が現実として迫り来る。 「・・・どういうことですか?」 湧き上がる感情を抑え、ゆっくり、冷静を装って受け答え。 「その、ね。娘は障害持ってるから、その、友達になってくれて」 その言葉が発端。黒い禍々しい感情を抑えるのはやめた。 拳を壁へ叩きつける。音が相手の方にも響くぐらいに。 電話口から驚きの声が聞こえたが無視。近所迷惑など気にせず叫ぶ。 「そうか、あんたは自分の娘を『障害者』としてみているんだな!?  『一人の人間』として、ではなく『弱者』としてみているんだな!?  彼女は、いや、玲は可哀想だな。親からも、『一人の人間』として見られないなんてな!」 母親は沈黙。俺は怒りに任せ、更に畳み掛ける。 「親でさえこれだ、さぞ孤独だったろう。苦しかっただろう。  声が出せない以外は『普通の』人間なのに。・・・お礼を言われる筋合いは無い。」 電話を勢い良く切る。久々に味わった、苦い感情。怒り、侮蔑、後悔。 不必要な思いを忘れたいがために、風呂へお湯を入れにいく。 蛇口を捻り、湯を浴槽へ流す。心なしか、無色透明の湯が黒く見える。 湯が流れていく様子が、先ほどの感情の吐露を思わせる。溜まっていく湯に映る俺の顔。 浴槽のへりに座り、しばし考え事。 10分ほど経ったころか。聞き覚えのある音。 メールの着信音。携帯をとりにリビングへ戻り、メールを見る。 from:空深 玲 title:(no title)
ありがとう。 巧く伝わらないけど。とにかく。 ありがとう。
メールを見た瞬間、先ほどの様々な感情が溶け、心の器から漏れた。 思わずTシャツの袖でぬぐう。それでも止まらない。 なぜだろう。会ったのは今日が最初。それなのに、ずっと想っていたような。 そこでやっと気付く。俺は一目ぼれしていたのか、と。 一人のリビング。電気は一つの蛍光灯がついているだけ。 無論、身体的な暖かさは無い。だが、何故か暖かく感じた。誰かがそばにいるような。
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