壁の端から端を、上から下を覆うほどのダンボールの山の中で、俺はあるダンボールの中を見ていた。 親から独立し、1LDKのアパートを借りたのだった。親父の愚痴やお袋の嘆きを聞かなくて済むと思うと少し嬉しいなあ。 荷物をトラックから全て朝の9時からほぼ半日かけて運び終わり、さて家具を出すか、とダンボールを漁っていた時だ。 古びた色鉛筆を見つけた。小学校の頃、親から買ってもらったものだったか。人の記憶とはかくも色あせるものだ。 だが、色鉛筆を使うのがもったいない、と思っていた俺は全く使わなかったようだ。一つも削られず残っている。 赤、青、黄色、緑、白、オレンジ、黒、紫。 様々な色鉛筆が、所狭しと並べられていた。消しゴムはなくしてしまったようで、四角いスペースには物寂しく空きがあった。 ぼんやりとした懐かしい思い出に浸る。楽しかった思い出も、辛かった思い出も。 そのまま数分経っただろうか。俺はすべきことを思い出し、俺を阻むかのように山積する荷物の整理を再開した。 結局、夜までかかってしまったがね。 ダンボールの山に埋め尽くされたダンボールのジャングルは、普通の小奇麗な部屋に様変わりした。 ベッドに、小さなテーブル、机。そのほか、生活に最低限必要な様々なものが部屋にある。机の上には、あの色鉛筆の箱を置いている。 俺は食事も風呂もさっさと切り上げて、皺一つついていない真新しいベッドにどさっと横になった。 大の字に寝転がり、仰向けに横に鳴り、低めの天井を見上げ頭の後ろで手を組み俺は考えていた。 これからの生活は、不安で一杯だ。それは俺がよく分かっている。やらなければならないんだ。 頑張らなければ、ならないんだ。部屋に一人、電気もつけず、わずかに窓から差すほのかに明るい月明かりの中で考えていた。 なんとなく、物寂しい。俺は首を振り、布団を被った。荷物の整理の疲労のお陰か、俺の意識はすぐに闇へと落ちた。 「……よ……お……う……おは……はよう……おはよう!」 「む?」 俺は寝ぼけながら起き上がる。なんとなく、騒がしい。人の気配を感じる。 ちょっと待て。人の気配だって? 眼をこすって、眼を大きく開けてみる。 紅い髪の女の顔が、俺の視界に飛び込んできた。 「全く、だらしないわね」 机の横の壁に寄りかかっていた蒼髪で、腰に手を当てた女が俺に対して文句をつけた。 「そんなことないですよー、蒼ちゃーん」 少し背の低い、童顔の女が黄の髪を揺らしながら蒼髪の女に告げた。 「……」 俺の椅子に座って、どこから持ってきたのか分からない本を読んでいる緑髪の女がいた。 「まあまあお二人さん」 二人をたしなめる、清楚な感じのする白く透き通った髪の女。 「でもさー、楽しそうだからいーんじゃなーい?」 オレンジ髪の女は、一歩離れたところから明るい声を響かせる。 「なんか、冴えない感じだね」 漆黒の髪の女はつやつやした髪をかきあげながら俺の顔をなじった。 「まー、しかたないよ、コイツだからさ」 紫の髪の女は、ニヤニヤしながら俺の頭を小突いた。 所狭しと、八人のカラフルな髪をした女が俺の部屋にひしめいていた。 ちょっと待て。頭で情報を整理しよう。 昨日、俺はここに引っ越してきて、荷物を整理して、飯食って、風呂入って、寝た。 昨日、こいつらは存在なんてしてなかった。こいつらは、一体? 「……あー、あたしたちはなんなんだ、って顔してるねー」 紅い髪の女が俺の顔をのぞきこみながら明朗な声で言う。 よくわかるな。っていうか、誰もがそう思うはずだ。そうに違いない。 「全く、分からないの?」 「普通はわかんないよー」 「……」 「そうですよね」 「普通はねー」 「ああ、先が思いやられる」 「私もどうかーん」 ……こいつらは、人をバカにしてるのか? うん、さすがの俺もカチンときた。 俺が露骨に眉を寄せると、紅い髪の女が苦笑いしながら机を指差した。 「アレよ、アレ」 机の上には、確か色鉛筆の箱を置いていたはずだ。 ん? あの色鉛筆の色は、赤、青、黄色、緑、白、オレンジ、黒、紫。 こいつらの髪の色は、赤、青、黄色、緑、白、オレンジ、黒、紫。 ……なんだそりゃ。偶然にしてはできすぎている。俺は夢でも見てんのか? 「言っておくけど、夢じゃないわ」 蒼髪の女の鋭い一言が俺の疑心を突き刺す。超能力者か何かか? ってか睨むな。 「まあ、そういうこと。 あたし達は、あの色鉛筆なの」 紅髪の女が言い放った。にわかには信じがたい。信じられるヤツが居るなら俺のところへ来い。こいつらをタダで譲ってやる。ありがたく思え。 が、頬をつねってみても頭を壁にゴンゴン打ち付けても――その時あいつらからの視線が痛かったが――ズキズキ痛む頬と頭からして夢ではない。 夢であれ。あってくれ。お願いだから。 机の前にふらふらと歩いていく。緑髪の女は邪魔くさそうに俺を目つきの悪い眼でにらみつけた。 色鉛筆の箱は誰かが開けたんじゃないかと思うほど自然な開き方だった。昨日、閉めたはずだぞ? そして鉛筆は一本も納められていなかった。昨日の記憶に間違いがあるとは思えないな。 俺は周りの女達をじろじろと観察しながら、 「……まさか、本当なのか?」 「ほんとーだよー」 視線を移す。黄色の女が屈託の無い笑顔を顔に浮かべながら言う。 「全く、人を信じないのって最低よね」 蒼の奴はどうやら、『全く』が口癖のようだ。そして事あるごとに俺に何か文句をつけてきている。 人を信じないっていうか、お前たちはそもそも人間ではないだろう。って、揚げ足をとってどうする俺。 「……」 緑は物静かに本を読みふけっている。そんなに楽しいか? 「信じられないのが普通だと思いますけど……」 白い女は控えめに俺の擁護をした。良い人だー。 いい人ってか常識人か? ……常識人な非常識。うん、混乱してきた。 「あはは、あたしは楽しければいいよー」 オレンジは能天気だ。そうじゃなかったら楽しけりゃいいなんて言葉出ない。これは間違いない。 「ふぅ、適応力の無い人はこれだから」 黒はどうやら腹の中まで黒いようだ。そしてそれを隠さないときてる。恐ろしい。 「ねー、あなたホントに23なのー?」 紫の女はいっちょまえに俺をからかう。……くそ、生意気な……。 「まあ、そういうこと。これからよろしくね」 紅の女はみなの話を軽くスルーして―いや、スルーされちゃある意味困るのだが―、皆を代表し挨拶をした。 俺はまた、視線を一人一人に移しながら押し黙った。個性溢れる――溢れすぎだ――こいつらは、本当に色鉛筆みたいだな。 意思を持ってる、なんてそんな話は聞いたこと無いが、いわゆる猫またみたいなもんか? はたまたからかさお化けの類? ……しかし、いきなりこいつらを放り出すわけにはいかんよなー。路頭に迷わせるわけにもいかんだろ。 「……わーったよ。宜しく頼む」 こうして、俺と色鉛筆たちとの騒がしい毎日が始まるのだった。
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