「ほら、いこう」 僕の左手を握り、銀色宇宙人のお面を頭にかけて進んでいく幼馴染の女の子。 彼女を見て薄く苦笑いし、右手に大きなわたあめの袋を持って僕はついていく。 周りでは盆踊りの曲が流れていたり、屋台のおっちゃんの掛け声が聞こえたりしてちょっとうるさい。 そう、僕たちは夏祭りに来ているのだ。 近くで行われる、大きいとはいえないけど、とても温かい感じがする良いお祭りだ。 彼女は青を基調とした、無地ですっきりとした着物と黄色でタンポポが描かれた帯を着ている。 僕はといえば、ゆったりとした藍色の、背中に白抜きで「忍」と描かれた甚平。 なんか、男の胸元なんか見ても誰も嬉しくないよね。 「ふふ、私は嬉しいですよ」 彼女はいつ買ったのか、りんご飴をぺろり、となめていた。 うーん、僕、口に出してないんだけどなあ。もしかして読心術? とりあえず焼きそばの屋台の近くにあった木のベンチに腰掛ける。 彼女は僕の隣に密着するように、ちょこんと座った。 「ところで、そんなに食べて大丈夫なの?」 今まで彼女が食べたものは、焼きそばが3つ、わたあめが2つ、りんご飴がこれで5つめ。 さらにはクレープを食べ、烏龍茶一缶を飲み干し、更に食べるつもりでいるのだ。 「大丈夫、ちゃんとカロリー計算と栄養バランスは考えてますから」 しっかりしている。 これだけ食べて痩せた身体を維持できる理由がなんとなくわかった気がする。 僕としては、大きくなったら、その、胸も育って欲しいなあと思ったり思わなかったり。 周りが和気藹々と通り過ぎる中、僕たちは静かにベンチに座っていた。 ピアスや刺青を施した、いかにも遊び人な男性と女性のペアが通り過ぎる。 次に通り過ぎたのは微笑みを絶やさない壮年の女性と、景品をあてて大喜びする小さい男の子。 人通りを見ているだけで、色んな人生が見て取れる気がした。 「ねえ」 不意の呼びかけ。 ボーっとしていた僕は思考がついていかず、 「ほえ?」 と、マヌケな声を出してしまった。顔もマヌケな表情をしていたんだろうなあ。 彼女は僕の顔を見て、ふっ、と弟のいたずらを見つけた姉のように笑ってから、 「私達の未来って、どうなるんでしょうね」 いきなり重苦しい話題を問いかけてきた。 そういえば、考えたことなかったな。未来、か。 僕はちょっとだけ考えるふりをして、彼女の反応をうかがった。 僕の方を一心に見ている彼女。その眼には長年の付き合いで培った洞察でも表情が見えない。 「分からないよ。 未来をどうしたいか、も僕には分からないや」 思ったとおりの答えを述べる。 そりゃそうだ。未来が分かっていれば何も苦労しないし、どうしたいかが分かっていれば悩みなどしない。 現に、僕は聞かれて悩んでいる。 「キミはどうなの?」 静かに僕の返答を斟酌している彼女に問いかけた。 彼女は僕の正面に身体の向きを変え、手を礼儀正しく膝の上において答えた。 「私はキミのお嫁さんになるのが未来だから」 このお人は一体何を言ってるのでしょうか? 通りすがりの人たちは12歳の小学校6年生の2人がこんな会話をしているとはつゆとも思われないだろうねえ。 僕は明らかに動揺していた。狼狽していた。 「……ん、と。 い、いまはちょっとわかんないかな。 ……6年後ぐらいに答えていい?」 イントネーションがおかしくなったが気にしない。 僕の言うことはそもそも会話として成り立っていないが、僕の言わんとすることを悟った彼女は僕に告げた。 「大丈夫、待ってるから」 「思い出した?」 ……ああ、思い出したともさ。 今はさっきの思い出話の6年後、俺もコイツも18歳の高校3年生。 俺も背が伸びてコイツを軽く追い抜き、頭一個分俺のほうが背が高くなった。 そういえばあの時の俺は「僕」なんて子供っぽい一人称だったな。 あの時と同じ場所、同じベンチに、同じようにして座っていた。 コイツは青でかすみ草が描かれた着物を着て、水色で水面の波紋が描かれた帯を巻いている。 俺はといえば、赤地の、背中には「冷静」と青で描かれた甚平を着ている。 今はあの時と違って筋肉質になってきたからちょっとはマシになってきているのかね。 さて、思い出話を思い出した――不思議な表現だな――俺は返答を思案していた。 目の前のコイツをまじまじと眺める。 スレンダーな身体は昔と変わらないが、出るところが出ている。グッド。素晴らしい。 昔と同じように黒で綺麗なストレートロングを、後ろでくくってポニーテールにしているのがまた似合う。 というか、コイツはなんでも似合いそうな気がする。今度、ツインテールを薦めてみよう。 薄い半開きの眼は冷静な性格とあいまって賢者のイメージを髣髴とさせる。 筋の通った鼻に、薄い桃色の唇。外見的には全くと言っていいほど問題なし。 そういえば、確認すべきことがあったな。 「その、お前の未来像は昔も今も変わらないのか?」 俺は言うのも、俺の言葉を聞くコイツも恥ずかしくて見てられず、視線をそらす。 手に持った水風船をクルクルと回し、気持ちを紛らわす。意味が無い事は分かっている。 そうでもしないと、俺の心臓は破裂してしまうからな。気持ちも。 「変わらないよ」 声のトーンを変えず、コイツはいともあっさりと断言しやがった。 少しは動揺したら可愛げもあるというものだ。まあ、コイツは美人、のほうが合っているいるからいいが。 「そうか」 俺の心は揺れ動く。はっきりと思いに忠実に断言しておくか? それとも、茶を濁すか? 確かに、コイツに好意を寄せてはいる。ただ、結婚、とまでいくと俺は自信が無い。 それは経済的な不安でもあったし、そもそも好意が持続するかどうかの不安でもあった。 そこで俺は気づいた。 コイツの眼が、俺に対して期待を寄せているのを。 真実を言わず、コイツを傷つけてしまうこと。それは何より、俺自身が許せん。 コイツは裏表が無い。常に本音を言ってきたんだ。俺が言わなくてどうする。 こんなときにまで恥ずかしさを持っていた自分に自分で呆れた。 「分かった」 この一言で充分だった。 俺も、コイツも、これだけで分かり合えた。 生まれてから、ずっと、一緒に過ごしてきたんだ。以心伝心。 俺の返答を聞いたコイツは嬉しそうに、ふっ、と笑った。あの時の笑顔と同じだ。 「それじゃあ、私は姉さん女房になるのかな」 ふふふ、と微笑みの形に表情を変え、わずかに歓喜の色を含む声で言った。 俺は呆けていた脳味噌に思考を要求した。 「……ちょっと待て。誕生日的には俺のほうが早いから、姉さん女房じゃないだろ」 「でも、実質的には私のほうがお姉さんでしょ?」 「う」 「ふふ、じゃあよろしくね、未来の旦那さま」 そういうと、コイツは俺の腕に自分の腕をからめた。ちょっと、腕に柔らかい感触が! うわあ、周りが見てる見てる! せっかくちょっと離れたベンチに座ったのに注目の的だ! ええい、なるがままよ!! 「ほら、行くぞ」 立ち上がる。俺とタイミングを合わせ、物音一つ立てずにベンチから立ち上がるコイツは忍者の末裔かなんかか? そしてそのまま、俺らは腕を組んだまま、視線を浴びせる人々の中へ入っていく。 打ちあがる花火の派手な光と大きな音は、俺とコイツの始まりを祝福していたようだった。
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