窓を見た。暗い空から雨がシトシト降っている。地面には水溜りがいくつか出来ていた。 午後から雨の予報だったのだが、信用してない俺は傘など持ってきていなかった。 やむ気配はない。空の端から端まで厚い雲で覆われていた。 「どうしようか」 独り言がもれる。机にひじをつき、窓をぼーっと眺める。 皆は帰りの支度をしている。俺は一人、席に座っていた。雨は降り続いている。 なんとなく物思いに耽りたくなる。とりとめもないことを色々と考えてみる。 友達のことや、進路のことなど、自分に身近なものから政治や芸能など、自分にあまりなじみのないものまで。 周りの音が、だんだんとフェードアウトしていく感じがした。 夢うつつになっていた俺を、現実へと引き戻す声がする。 「何してるんだ?」 一瞬、びくっ、と身体をこわばらせた。声がした方向へ顔を向ける。 腰に手をあて、メガネをしたクーが横に居た。歩く音は聞こえなかった気がする。 「どうもこうも。雨見てただけだ」 「じゃあ、帰ろう。傘は持ってきたか?」 「確か、鞄に折りたたみを入れてきた、はず…」 急に自信がなくなる。俺はすぐに鞄をあさりだす。 数分間、ガサゴソと音を立てる。ない。どこにもない。 顔から血が、さーっ、と引いていく。虚空を見上げ、呆然とする。 ふぅ、とクーがため息をついた。我を取り戻し、俺はクーを見る。 「もしかして、二本あるのか?」 「いや、一本だ」 「…さいですか」 「解決法が一つだけある」 「何?」 「相合傘だ」 「…はい?」 「む、聞こえなかったか。相合傘だ」 「いや、聞こえてる、って、な、なんで塩!?」 「塩といえば赤穂の塩だな」 「そこじゃないっ! い、いたっ!!」 信号が青になるのを待っている。空は暗くなり、雨は雪に変わった。 同じ信号待ちの人々がこちらをチラチラと見ている。なぜなら、 「ほら、もう少しくっつけ。雪がかかるぞ」 白地に水色の水玉模様の傘に、高校生の男女が入っているのだ。しかも腕を組んでいる。 結局、クーの押しに負けて相合傘で帰る事になった。 雪が道路に積もるのを見ていると、クーは俺の頭をはたき始めた。 「なっ、何してんだっ!?」 「ん?頭に白い粒々が乗っかっていたからはたいた」 「…塩か」 「その通りだな。しょっぱいぞ」 「そんなもの舐めんな!」 「君の身体についたものなら大丈夫だ」 周りの温度が急に冷めていった。体感温度もそうだが、雰囲気がより寒くなった。 俺はそっぽを向いた。クーと話していると、自然に周りの眼が厳しくなるからだ。恥ずかしいのもある。 信号が青に変わった。歩き始める俺とクー。 「なあ、こっちを向いてくれ」 「嫌だ」 「なんでだ?」 「なんとなく」 「コッチヲ見ロ」 「なんだその片言…」 思わず振り向いてしまう。少し眉根がより、上目遣いでこちらを見ているクーが居た。 胸が高鳴る。顔が熱を帯びていくのが分かった。再び横を向く。 「ど、どうした?」 少しどもりながら訊く。クーは組んでいる腕の力を強くした。 「見てくれないと、さみしい」 俺はクーのほうを見ずに、笑いながら言った。 「さみしすぎて死にそうか?」 横断歩道を渡り終えた。 「うむ」 「…本当か?」 「うむ」 「本当ならコーヒー買ってきて」 「分かった」 クーは傘を俺に持たせ、近くの自動販売機へ走っていってしまった。傘を持たされ、呆然とする俺。 数分後に、クーは戻ってきた。肩にうっすらと雪をのせ、手には2つの缶コーヒーを持っている。 「ほら」 缶コーヒーを差し出される。後悔の念が俺の頭に生まれた。 「…本当にするとは。冗談だったのに」 肩の雪をはらう。クーはきょとん、と俺のほうを見た。 歩き始める。持っている傘を少しクーのほうへ傾ける。俺の左肩へ雪が降る。 「そんなことしたら、雪が…」 「いーんだよ」 「でも」 「いいんだって。気にすんな」 俺はクーを向き、微笑んだ。すぐに顔を背ける。 「その、悪かった」 「何が?」 「いや、わからねーならいいさ」 「むー」 左肩にうっすらと雪が積もってきたのを、横目に見ながら駅への道を歩いた。 駅に到着。サラリーマンや学生などの帰宅する人々で溢れかえっている。 とりあえず構内へ入り、傘をたたむ。 「ありがとな。助かった」 傘を返し、腕を解こうとした。クーは頑なに拒否した。首を横に振っている。 「君は電車に乗るんだろう?」 「あぁ、そう、だ、が…?」 「このままでいこう」 「え、それじゃ改札口にとおれな、って周りから塩が飛んでくるのは気のせいか?」 「気のせいじゃない。でも、私は狙われていないようだな」 「…なんで俺なんだろう…」 背中にビシビシと塩の粒を受けながら、改札口へ。財布から定期を取り出し、通過する。 その間も後ろから塩の投擲を受けていた。通り抜けると、後ろから歓声が聞こえた。 嫌な予感にかられ、後ろを振り向く。クーもつられて振り向いた。 手の平大の塩の塊を、何十個と抱えた男がこちらへと突っ走ってくる。 「おきよめのしおおぉぉぉっ!!」 叫び声を出し、改札口の手前で大きく腕を振りかぶった。数多の塩の塊が空中を飛び、こちらへと向かってきた。 俺はクーの腕をつかみ、奥へ走った。クーは俺に半ばひきずられるようにして奥へ。 後ろで塩の塊が地面に落ち、砕け散る音が聞こえた。俺は聞こえないふりをした。 「おー」とクーが感嘆の声を上げた。足は動いているが、身体は横を向き、後ろを見ていた。 「その前に逃げるのが先だろうがッ!」 「む、私としたことが。失敬」 「そう思うなら走れェッ!」 「分かった分かった」 「…って、エスカレーターを使うんじゃねェッ!!」 「む? 楽だろう?」 「…違うんだ、違うんだよ…」 ホームに無事たどり着く。息が切れ、肩で呼吸をしている。 周りは『何事っ!?』という感じでこちらを見て、『あぁそうか』と納得したように頷きあった。 そして、ゆっくりとポケットの中から「じっくりコトコト清めた塩」なる袋を取り出した。 唖然とする俺。そこへ、エスカレーターで登ってきたクーが来た。 周りの状況を見て、一言。 「ここには幽霊か何か居るのか?」 ホームの雰囲気が一瞬にして凍った。カキーン、と音を立てた。 誰も動かず、クーをあんぐりと見つめていた。俺の顎は外れている。 「…皆どうしたんだ?」 クーは気づいていないようだ。周囲の人々はヒソヒソ話を始めた。 俺はがっくりと肩を落とし、クーへと近づいた。肩をポン、と叩き、首を横に振りながら、 「違う、違うんだよ」 「何が違うんだ?」 「何か」 「だから、何が?」 「だから、何か」 「…むー。」 考え込んでしまった。俺はなんとなく、クーの頭をわしゃわしゃ。 「な、何を?」 「いや、なんとなくだ」 「…」 「あはは、拗ねるな、って塩?また塩なの?お清め?邪なのか俺は?」 びしびし、と塩の粒子が当たる音がする。数分間その爆撃に耐えていると、電車が到着した。 乗り込もうとすると、待ってましたと言わんばかりに電車の中から塩の塊を持った男達が出てきた。 男が4人がかりで、直径2mはあろうか、という岩塩。まっすぐこちらへ向かってくる。 「ちょ、まっ!!」 「「「「せーのっ」」」」 上へ投げられた岩塩は、山を描きながら俺へ向かう。そのまま、俺は岩塩に潰された。 岩塩は俺の身体にあたると、三つの塊と少しの欠片に割れた。 周りから『祓ったぞー』『よくやった』『お疲れ』と声がうっすらと聞こえ、段々と意識は薄れていった。
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