雨が降っていた。黒い、厚い雲から、大粒の雨が、降っていた。 僕は、駅の前でただ立っていた。黒い傘をさし、人の波を見ながら。 何もする気は起きなかった。ただ、行き交う人の表情を見ていた。 もちろん、帰るべき家はあるし、行くべき、いや、行かなければならない場所もある。 だけど、僕は何もする気が起きなかった。ただ、立ち尽くした。 特に理由は無い。ただ、生きる気力がなくなっただけかもしれない。 何をしても、現実が僕を置いていく気がしてならなかった。 僕は世界にとって必要なのだろうか。意味も無いことで不安になる。 唯一の取り柄である、空手。没頭してる時はいいけど、終わると寂寥感に襲われることが多くなった。 行き交う人を見て、僕は色々と考える。とりとめも無いこと。 中年の、少し腹が出てきた男性。少し疲れた顔をして、うつむき加減で歩いている。 上司とウマが合わなかったのだろうか。それとも、何か計画が巧くいかなかったのだろうか。 もちろん、男性の顔だけでは、全く分からない。それを考える事に意味があると思っていた。 また、人が通った。今度はフレアでミニスカートの、女子高生。 携帯を見て、何か操作をしている。メールでもしているのだろうか。 色々な人を見て分かったことは、皆、他人との関係を中心に動いていることだ。 その点、僕は少し自由なのかもしれない。 他人との関係は基本的に深くはしない。大体が面倒になることは経験から分かっていた。 でも、だからこそなのかもしれないけど、生きる気力が徐々に薄れていった。 他人と接している人を見て、楽しそうに笑っている姿を見て。 僕はその度に、いつも一人でやっている楽しい事が、無意味なように思えてくる。 僕はその度に、他人との関係を持とうとする。 そして、僕はその度に、他人との関係が悪くなる。 相手は、僕の事をあまり良いようには思ってないようだ。 『知らない』から。僕はあまり自分を表に出さないし、あまり話したがらない。 だから、踏み込んだ関係がもてないのだろう、と僕は思った。でも、どうすることもできない。 僕はただ立っていた。降りしきる雨の中、誰かが僕に気を止めてくれないか、と期待していた。 数時間が経った。あたりは暗くなり、僕はどうすればいいのだろう、と思った。 人もまばらになり、段々と街灯に光がつき始める。 雨はまだ降っていた。むしろ、強くなった。もうはっきりと見える範囲は5mとない。 普通なら、家に帰るなりすればいいのかもしれない。でも、僕はなんとなくまだ立っていたかった。 もう少し待てば、何か、思いがけない出来事が起こるんじゃ無いか、と確証も無い期待を持っていた。 あたりを見渡す。もう、ほとんど人は居ない。一人、道の対岸に女性が立っていたのを除いて。 藍色の傘をさしていて、顔は良く見えない。だけど、髪は長かった。 寒い夜に、ロングコートを羽織って、ずっと一人で立っていた。誰かを待っているのだろうか。 僕は、その女性を見ながら色々と理由を考えた。考えていると、彼女が段々と近づいてくるのが見えた。 道に車は全く通っておらず、徹気配も無いのに横断歩道の信号が青になるまできっちり待った。 青になり、道を渡る彼女。僕はずっと見ていた。彼女は、歩を僕の方へ進めた。 「こんにちは。」 傘を少し上げ、こちらを見る彼女。見ず知らずの僕にいきなり声をかける。 僕は彼女の顔をまじまじと見た。「綺麗」と形容するのがおこがましいぐらい、美しい。 不自然に思われない程度に見つめた後、僕はゆっくりと言う。 「こんにちは。というより、もうこんばんは、ですかね。」 と、告げると、彼女は少し微笑んだ。無表情だった顔に、光が差したように見えた。 「そうですね。」 暗い闇。その闇を打ち消そうと足掻いているような、かすかな電灯の光が僕と彼女だけを映していた。 そのまま、僕と彼女は雑談をした。どうして立っていたのか、をお互いに話した。 彼女は、待ち人がいるらしい。とびっきりの好色で、来てくれるか不安だったらしい。 話し終わると、彼女の携帯が鳴った。期待を込めて、携帯を開き、メールを見た。 沈黙が支配した。何も言わず、彼女は携帯を鞄にしまった。 「遊び、だったらしいです。」 彼女は、ポツリと独り言。僕は不思議に思った。 世の中には、こんな美人を『遊び』で済ませる男が居るのか、と。半ば怒りにも似た思い。 「最低、ですね。」 僕は彼女に告げた。彼女はこちらを見た。無表情に戻っていた。 そこで、心の堰が崩れたらしい。彼女は僕にすがった。僕は彼女の、華奢な身体をそっと抱いた。 数分間、僕は彼女の身体を支えていた。そうしなければ、倒れそうだった。心も、同時に。 彼女は僕のシャツをうっすらと濡らした。落ち着いた彼女は僕から離れた。 「すみません、いきなりで。」 彼女はこちらを見据えた。顔の前で手を振り、言葉を発する僕。 「そんな、いいんですよ。」 そこで、雨は止んでいた事に気づく。傘を下ろし、たたむ。 彼女も同じようにたたんだ。暗さは一層濃くなり、あたりは街灯以外何も見えない。 「ここで会ったのも何かの縁ですね。お名前と、メールアドレスを教えてくれませんか?」 それから、僕と彼女は何回か交流を重ねた。 一緒に買い物に行ったり、レストランで食事をしたり。 彼女よりも長い時間を過ごした同輩達とは、比べ物にならないぐらい親しくなった。 自分から、僕は僕自身の話をした。彼女は無表情で、時折笑顔になりながら聞いていた。 少し、心地よかった。一人で居るのとは、また違う、別次元の居心地の良さ。 彼女も彼女自身の話をした。とても冷静に見えるが、特に恋愛に関してはアツい人であることが、よーく分かった。 僕はそれをある意味微笑ましく思いながら聞いていた。 ある日、彼女と一緒に街を歩いていた時。彼女に声をかけてきていた男性が居た。 数人の女性をはべらせた、にやついた金髪の男性。確かに格好は良い。 だが、彼女の視線が鋭くなったのを、僕は見逃さなかった。 「なんですか?」 凛とした、冷たい声で言い放った。男性は少しむっとしたようだ。眉根を少し寄せている。 女性達は口々に彼女へ悪口を言っている。僕は、その男性以上に眉根を寄せた。 「ヨリを戻そう、と思ってな。どうだ?」 男性はすぐに表情をにやけ顔に戻し、言った。 心の中で「やれやれ。」と呟いた。僕は頭を振った。彼女は更に視線を鋭くした。 人通りは多い。幾人かは僕達を好奇心の眼で見ながら、幾人かは視線をそらしながら通り過ぎていった。 「お断りします。」 彼女はきっぱりと宣言した。男性の顔が、段々と赤くなっていく。 彼の口から「このアマ」と呟く声が聞こえた。自分の思い通りに行かないと、すぐ怒るタチらしい。 女性達はすぐさまファイティングポーズ。僕に段々と、不愉快感がつのっていった。 その中の一人が、彼の指示と共に殴りかかってきた。彼女めがけて、一直線に拳を突き出した。 僕は横からその腕をつかみ、力を入れた。にっこりと笑いながら一言。 「正当防衛、って知ってますか?」 途端、僕の微笑みから黒さがにじみ出た。彼らはそれを感じ取ったらしい。 まさに三流、といった感じの捨て台詞を吐いて、そそくさと行ってしまった。 僕につかまれた女性の腕には、くっきりと手の形に赤くなっていたのは敢えてつっこまないでおこう。 「すごい、ですね。」 彼女は無表情ながら、眼をキラキラとさせ、僕に言った。 僕は頭をかき、周りの視線を気にしながら返答。 「いや、空手をちょっとかじってますから。」 周りは興味を失ったように、僕と彼女の横を通り過ぎていく。 彼女は、うん、と一回頷いた。僕はなんのことかよく分からなかった。 「実は、今の今まで諦めがついてませんでした。でも、今諦めがつきました。」 彼女は僕を見て、告げた。僕は微笑みながら言った。 「良かったですね。」 彼女はもう一度、うん、と頷いた。僕は首をかしげた。 周りの視線を気にすることなく、僕だけを見て、彼女は告げた。 「そして今、私は新たな恋を見つけました。好き。付き合って。」 と告げた途端、彼女は僕の身体に抱きついた。耐性が無い僕は、すぐに真っ赤になる。 あたふたしていると、僕を上目遣いで見る彼女。心をマシンガンで打ち抜かれたような気分だ。 周りは驚天動地の顔で僕達を見た。反対車線の車でさえクラクションを鳴らした。 十数秒抱きついて、離れる彼女。すこし口元をゆがめた。 「ふふ、これで言い訳出来ませんね?」 僕は頭が沸騰しそうになっていた。でも、返答は決まっていた。 ゆっくりと頷いた。次の日から、毎日彼女は僕の元を訪れるようになった。 その時から、「変わったね」と言われることが多くなった。その度に、僕はあの夜に感謝した。
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