家を出る。朝の清々しい空気が心地よい。 「おはよう。」 聞きなれた声。 「あぁ、おはよう。」 いつもの無表情でソイツは毎朝家の前に居る。 歩き始めて、たわいも無い会話をする。幼い頃から、今までずっと同じ。 いつも淡白な反応で会話が続かない。関係ないが腕を絡めるのはやめなさい、と動く。 「どうして?」 察してくれ、と言いたいが邪念の無い瞳でこちらを見られては何もいえなくなる。反則だろコレ。 毎朝こうなのだ。おかげで毎年恋人同士という噂が平然と成り立っている。人の噂は2ヶ月半じゃなかったのか? 嫌な気分ではない、むしろ嬉しいことなのだが、どうも気分とは反対の行動をしてしまう。 教室へ到着。もう慣れてしまったのか、皆何も言わない。好奇の視線だけ。それが一番きついんだっつーの。 鞄を机の脇にかけ、椅子に腰掛ける。はーっ、とため息。 そんな俺の気分を放り投げる(そして戻ってこない)かのようにトラブルメーカーが話しかけてくる。 「今日の昼休みはあいてる?」 昼休みが暇じゃないなら軟禁と言っても過言ではないんだが。想像しただけで怖気がする。 「どうしてあいてないだろうか、いやあいている、ってか。」 机上の古典の教科書を見ながらわざわざ反語で返す。普通に答えてもいいのだが、ネタに走らなければやっていけない。 いつもの無表情で、 「そう。いつものようにお弁当作ってきたから。」 と、いつも通りの応答。 だが、ここからは『いつも通り』ではなかった。 「おい」 聞きなれない野太い声。 顔を上げると見慣れない男。肩幅が広く、背が高い。スポーツ刈り。いかにもな脳味噌筋肉バカな面だ。 「なにか用か?」 少し疲れた声で返答。実際少し疲れているのだが。精神的に。これはいつも。 「オマエ、少し調子のってんな?美人が隣にいるからってさぁ。」 思わず吹いた。三流漫画、しかもいつの時代の漫画の台詞だよ、と心で悪態をつき嘲る。 巻き込まれるとは。巻き込まれるのは東西南北に囲まれた真ん中だけで充分だっつーの。もうまともに相手する気力も失せている。 「はいはい。」 先ほどのとは違う意味合いのため息と共に、相手を挑発し、怒りを増徴させる反応。 殴られた。左の頬を拳で。勢いで吹っ飛ばされる。文字通り「吹っ飛んだ」。隣の机に突っ込む。 まさかここまで単細胞とは。少し後悔した。殴られた頬と、机に当たった右肩がひどく痛む。 いきなり出現した修羅場から十数人が出て行くのが見える。その中には親友も居た。 こんちきしょー、ここまで漫画的展開なら助けるのが一般常識だろう! 「なにしてるの?」 いつもの無表情でヤツが言う。かすかだが、目が鋭くなっている。 「今の、刑法208条暴行罪に抵触ね。2年以下の懲役もしくは30万以下の罰金ってところかしら。」 冷静ながら激しい口調で、アイツからすれば巨壁とも言えるバカに当たる。 「単なる逆恨み。情状酌量の余地は無いわね。それに」 言い終わる前にヤツの頬が平手ではたかれる。バカは頭に血が上って自分が何をしたのか分かっていない。 なぜか、俺が殴られた時には感じなかったドス黒い感情が渦巻いた。怒り。憎しみ。その感情に身を任せようか、と思ったほどだ。 そうこうするうちに出て行ったうちの数人が戻ってきた。どうやら先生を連れてきたらしい。 体育教師数人と、柔道4段の数学教師一人、合気道全国8位の国語教師に囲まれてすごすごと出て行くバカ。いやー傑作だ。 頬と肩の痛みもひいてきた。野次馬も当然湧いてきた。ここではいささか雰囲気が悪い。 「とりあえず、屋上行くぞ。」 頬を押さえているアイツに言う。黙って頷く。いつもなら返事をするのだが。 俺もアイツも、無言のまま階段を上る。かなり気まずい。 屋上につながる扉を開ける。少し風が吹いていて、いつもなら気分爽快なのだろう。今は俺の気持ちを察してくれないようで、忌々しい。 アイツが出たのを確認して、扉を閉める。厳重に。そのままフェンスによりかかるアイツに 「大丈夫か?」 声をかける。心配だ。表情に出ない分、ムリをしているかもしれない。 アイツは下をうつむいて、僅かながら震えた声で答える。 「大丈夫、大丈夫、大丈夫。」 自分に言い聞かせてるとしか思えない。屋上には二人しか居ない。 近づいて、近づいて。気付かない。うつむいたまま。不謹慎だが、絶好のチャンス。ええい、なるがままよ。 肩を掴み、こちらへ引き寄せる。そのまま手を後ろへ回し、ヤツの顔が俺の胸にうずまるように抱く。 少し震えてる感じが伝わる。胸の鼓動も伝わる。俺の服を強く握る手の感触も伝わる。 「こんな時ですまん。ずっといえなかった。でも、今なら。」 ヤツが俺の顔を見る。無表情。 「好きだ。お前が。付き合ってくれ。・・・もし、泣きたいなら、今、俺の胸で泣け。」 顔を見ていたヤツが胸に顔を伏せる。肩が震えている。 「うぅっ・・・ぅっ・・・」 押し殺した声が聞こえる。いつもの言動からは想像つかない。 そのままで数分。ヤツが顔を離す。 「ありがとう。大分落ち着いたよ。」 少しぎこちない笑顔。状況のせいなのかもしれんが、かなり惹かれる。 「で、さっきのことなんだけど。」 無表情に戻る。ぎくっ、と音が鳴った気がした。なんかイヤな予感。 「もっと雰囲気を考えたらどう?普通の人ならしないよ。フツーは。」 心の臓にグサグサ刺さる。言葉の矢じゃないね。槍だ槍。蝶痛い。 「・・・ごもっとも・・・」 頭を垂れる。もー何もかも諦めた。だが、頭に力がかかり、強制的に上へ。 目の前には見慣れた顔。重なり合う唇と唇。柔らかい感触。 数秒後、唇が離れる。真っ赤に発火する俺を尻目に、とどめを刺す。 「謹んでお受けするわ。そこまでするならあの世までついていくよ。」 と、そこで屋上の扉が崩壊。数十人と言う人間がなだれこむ。 唖然とする俺。無表情、というか鉄の表情になるアイツ。二重三重になりながらニヤニヤ笑う野次馬達。 あぁ、また噂が広がるのか。しかも決定的な。 だがいい。それと引き換えにかけがえのないものを得た。それで十分だ。
短編へ  トップへ

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析