「また、この日が来るとは思いませんでした」 「そうだね」 「私がまた、ここに立つとはね」 ブリッジの艦長席に座ったクーは、悲しげに語る。 俺は艦長席の隣に立って静かに聞いていた。 俺らは今、最新型防衛艦「レジェンド」に乗っている。 退役したはずのクーと俺がこの艦に乗ったのには、理由がある。 圧倒的戦力の差。向こうはこちらの数十倍の兵力だ。 「……イヤでも、あの時を思い出しますね」 クーは誰に言うものでもなく、呟いた。 あの時とクルーは同じ。状況も全く同じ。 2000もの正体不明の大軍と戦った、あの時と同じだった。 「そうだな」 俺は頷き、前を向く。すでに空には黒い点がひしめきあっていた。 「視認できる敵兵力、700を突破! 次々と増殖していきます!!」 オペレーターが叫ぶ。一気に動揺が広がった。 俺は静かに、ざわめくブリッジを後にした。 自分の部屋に戻り、ヘルメットを手に取る。 少し傷のついた、古い型のヘルメット。最新型のヘルメットは、机の上にある。 だが、俺は昔のヘルメットの方が断然使い心地が良い。性能の問題じゃない。 俺の手首には、ミサンガがまかれている。これは、古いまじないなのだが。 クーの手作りだ。俺は手首のミサンガに願いを掛け、俺は部屋を出た。 「で、装備は何にする?」 気心の知れたメカニックが俺に訊ねてきた。 俺はコクピットに続くリフトに乗りながら答える。 「もちろん、あの時と同じだ」 「保守砲はmk-Uになっているが、いいんですかい?」 「使い勝手は同じだろ? 問題ないさ」 「分かった。……生きて帰って来いよ。艦長のためにも」 俺はメカニックのほうを向き、ニヤリと笑った。 「あぁ、もちろんだ」 コクピットに座り、ヘルメットをつける。 息を深く吐く。もう、座ることの無いと思っていた席。少し感傷に浸る。 あの時は、必死だった。生きるために。 今も、必死になれるのだろうか。俺は、守れるのだろうか。 機体の右腕に保守砲mk-Uが装着される。ずし、と重みが伝わってくる。 『こちらブリッジ、男、聞こえますか?』 俺の目の前にモニターが出現した。ブリッジとつながっているようだ。 聞きなれたクーの声。だが、いつもと違う、かなり冷たい声。 「あぁ、聞こえるぞ」 俺はいつものように返す。 『準備が出来次第、出撃します。 構いませんね?』 「こちらは準備できているぞ、艦長?」 俺は、ふふ、と笑いながら言う。 「……懐かしいな、この呼び方も」 『えぇ。……では。「レジェンド」、出撃します』 「で、保守砲mk-Uの変わったところは?」 出撃の準備をしながらメカニックに訊く。 「威力は下がったが、その分連射機能の強化と負荷の軽減」 「なるほど」 「三分に一回は放てるぞ。それ以上放つと危険だ」 「分かった。感謝する」 俺はコクピットからメカニックの方に一礼。 メカニックの方はというと、右手を頭にかざして敬礼のポーズをとっていた。 俺は苦笑い。すぐに前を向き、オペレーターの指示を待った。 一分も経たない内に、オペレーターからの指示があった。 「航行、安定しました。出撃どうぞ!」 待ってました、といわんばかりに叫ぶ。 「おっしゃ、いくぜっ!!」 空へ打ち出された機体を制御し、艦上に降り立つ。まずは身体を固定する。 足を艦のくぼみに接続し、ガゴンッ、と機械音が鳴った。 俺は即座に右手の保守砲mk-Uを構える。 右手で引き金を持ち、肩に乗っける。左手で砲身を支え、上を向く。 目標は、前方の敵影。もう、1000以上になってしまっただろう。 ゆっくりと、息を吐く。いつもと、同じように。そして、引き金を引いた。 「おらあっ!」 砲口から蒼色の光線が一直線に敵に向かって伸びていく。 『敵影、48減少! 残、り……713……?』 絶望的な数字を、驚きをもってオペレーターが告げる。 威力が減った分、一発で殺れる敵の数が減ったのは痛い。 確かに、負担は少なくなったが、あまりにも威力が低すぎる。 『……主砲の準備を』 クーの声が響いた。 『無茶です! 主砲を放てば、我が艦は三十分は動けなくなってしまいます!!』 『……無論、それは承知です。 だが、やらなければ私達はやられます。 違いますか?』 クーの問いかけに、静まり返るブリッジ。 俺はクーの判断を信じ、もう一発保守砲をぶちかます。 『敵影、43減少! 残り、712! ダメです、減りません!』 オペレーターが悲壮な声を張り上げる。 クーはゆっくりと、皆の説得を始めた。 『減らすためには、私達がリスクを負わなければいけないんです』 モニターから、クーの落ち着いた声が聞こえてくる。 『ですが、我が艦が落ちては……』 『勝利すれば、私達は生き残ります。そのために、私達はここにいます。違いますか?』 『そ、それは……』 『勝つためには、守りではダメです。攻めなければ。リスクを背負いましょう。』 クーは一息、間をあけた。ブリッジの皆は、静まり返っていた。 「おおおおぉぉぉらああああぁぁぁぁ!!」 三発目を放つ。閃光がきらめき、黒い塊へと突き進んだ。 『敵影、46減少! 残り、732!』 『このままの勢いでは、押し負けます。……主砲に、エネルギーの装填を始めて下さい』 クーの指示に、皆が黙って従った。 『エンジンのエネルギーを30%、予備のエネルギーを70%に!』 『了解!』 『反重力システムのエネルギーは削るなよ! 墜ちるからな!!』 『Yes,Sir!』 俺は四発目を撃つために、もう一度構えなおした。 その構えを見たメカニックが、こちらに接続してくる。 『やめろ! 一旦休め! じゃなきゃ死ぬぞ!』 メカニックの声に、クーの顔は動揺に支配される。 確かに、5分で3発放っている。かなりのオーバーワークだ。 だが、俺は構えを整える。メカニックがやめるように叫んだ。 叫び声は、俺の脳に響いた。だが、俺はゆっくり、声を出した。 「俺は、守るんだよ。国を。皆を。何より、クーを。俺は、死なない」 保守砲mk-Uの光が黒い敵の集まりを穿った。その部分だけ、穴が開く。 『エネルギー装填完了まで、15秒です!!』 オペレーターが告げる。クーは静かに頷いた。 「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」 六発目を放つ。言葉にならない叫びが口から飛び出す。 もう、誰も俺に、何も言わなくなった。 言っても無駄だ、と思ったのだろうか。 それとも、俺なら、と思ったのだろうか。 そんなことはどうでもいい。俺は、守るんだ。 俺がもう一発撃つために、構えを直そうとした、そのとき。 『主砲、エネルギー装填完了しました!!』 『よし、主砲、てーっ!!』 クーの透き通った声がブリッジに響いた。 瞬間、艦の前から巨大な、蒼と黄色、赤の入り混じった綺麗な光が黒に向かって伸びた。 次々と光に飲まれ、消えていく黒。俺は、砲身を構えなおしながら見ていた。 『敵影、391減少! 残り、342!』 『くっ、あと三十分で、どれだけ増えるか……!?』 「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」 ブリッジの不安の声を打ち消す、俺の咆哮。 七発目の保守砲。もう、俺の腕に力は入らない。もはや気力のみで撃っている。 『やめて! 男!! これ以上撃ったら、キミの身体が!』 クーの声が聞こえる。モニターにクーの泣きそうな顔が映った。 俺はクーの顔を確認すると、ゆっくりと笑顔を作った。 「俺は、お前を守るんだよ。決めたんだよ。あの時。だから、俺は死なない」 俺の言葉を聞いて、クーの頬に一筋涙が流れた。俺は続ける。 「だから、三十分間、待ってくれ。それまで、この艦に奴らは近づけさせない……!」 決意と共に、八発目の砲撃。黒が消滅していく。 九、十、十一、十二、と、回数が増えるごとに撃つ間隔が長引いていく。 俺の気力も限界が近づいているようだ。それは、俺が一番よく分かっている。 それでも、俺は撃ち続ける。守る。ただ、それだけのために。 『機能が戻りました! エネルギー装填開始します!!』 オペレーターの声が、俺の混濁した意識をはっきりとさせる。 もう、三十分経ったのか。もう、何発撃ったのか分からないぐらい、俺の意識は弱かった。 だが、あと一発、撃たなければ。あと一発。あと一発……あと、一発!! 「お、おお、おぉぉぉ!!」 大きく開けた口の端から血が垂れた。クーは叫び声を上げそうになる。 だが、俺は構わず、恐らく最後になる、砲撃をぶつける。 「喰らえええええぇぇぇぇ!!」 閃光が小さくなった黒の塊を貫く。黒い影の合間から、青い綺麗な空が見えた。 『エネルギー装填、完了しました!!』 オペレーターの声。俺はコクピットの背もたれによりかかり、息を荒く吐いていた。 クーがモニターから俺に目配せ。俺は、クーの意図を感じ取り、空気を吸い込んだ。 「『いっけええええぇぇぇぇぇ!!』」 クーと俺の声が重なった。その刹那、主砲の光が空に煌いた。 次々と飲まれていく黒。閃光が、全ての黒を包みこんだ。 『敵影、ゼロ。増援、ありません』 オペレーターが、言葉をかみ締めながら告げた。 ブリッジが歓喜の声に包まれた。クーは、静かに座っていた。 俺はニヤリ、と笑って、クーに話しかける。 「ほら、死ななかっただろ?」 『……男、もう、無、茶は、し、ない、で……』 最後の最後で涙声になるクーを、なだめようとした。 「俺は、大丈夫、だか、ら……」 俺の視界が急に暗くなる。クーの悲痛な声が、段々と離れていくように感じた。 「……こ、……おと……男……男!!」 眼を開ける。見慣れたコクピットの中。すでに収容されているらしい。 クーが俺の肩をつかみ、大粒の涙を流しながら俺に声をかけていた。 俺は口元をわずかにゆがめ、クーの頭を撫でた。 「おはよう、クー」 クーは俺の微笑と、言葉で崩壊した。 俺の胸に飛び込んできた。肩をふるわせ、嗚咽をもらした。 他のクルーが、俺とクーを見ていた。でも、俺はこのままで居たかった。 俺と、クーと、皆が生きている。それを実感したかった。 クーの暖かさを、息遣いを、感じていたかった。俺はそのまま、クーが泣きやむまで頭を撫でていた。 世間から「伝説」と謳われた一組の夫婦は、やはり普通の夫婦なのだ。 段々とクーの嗚咽が収まっていく。俺はまだ、頭を撫でていた。 クーはゆっくりと、顔を上げる。俺の眼を見据えた。 「ほら、皆も見てるぞ?」 俺はいたずらっ子っぽい笑顔を浮かべながら、クーに言った。 クーは後ろを向く。皆の視線が、俺とクーに注がれているのを、このときに初めて気づいたようだ。 だが、クーはあまり意に介さない様子で、俺のほうに向き直る。 「ふふ、いいじゃないですか。私とキミは夫婦なんですから」 直後、抱きついてくるクー。俺は微笑みながら、抱き返した。
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