昼休みの教室で、俺はもくもくとクーが作ったサンドイッチを食べている。 周りの眼が痛い。なんだか敵意がこもっている気がする。 クーはというと、なぜか日本史の資料集を見ながらニヤニヤしている。 たまに「フフフ…」とあくどい笑いをもらしている。なんとなく怖い。 口に最後の一欠けらを放り込み、もぐもぐと咀嚼する。10回ほど噛んだらすぐに飲み込んだ。 俺はクーの席へ直行。横に陣取り、トントン、と肩を叩く。 「ん?どうした?」 「なんで資料集見ながらニヤニヤしてんだ?」 「あぁ、そんなことか。ほら、見ろ。」 クーは言うと、資料集の表を指差した。江戸の身分の一覧表だ。 その中の『高家』の文字にクーの細い指が止まっている。 「…で、その『高家』とやらがどうした?」 「うむ、『高家』とは簡単に言うと儀式を司る役職なのだが、その中で有名なのが吉良上野介なのだ。」 「…吉良上野介?」 脳内検索にヒットは無し。俺は首をかしげる。 クーは、はぁ〜、と呆れのため息をつく。あたかも『日本人として失格』みたいな眼だ。 「君は忠臣蔵を知らないのか?」 「名前ぐらいしかしらねー。どういう話なんだ?」 「では説明しよう。吉良上野介という高家が、浅野内匠頭という人間に嫌がらせをしていたのだ。  ついに怒りが爆発した浅野は吉良に斬りかかってしまう。吉良は重傷。浅野は切腹に処せられる。  で、浅野家には跡継ぎがおらず、断絶になってしまう。家来達はどうなる?」 俺は少し考えた。もし、雇い人が急死し、会社がなくなったら雇われた人たちはどうなるか? 「…路頭に迷うな。」 口に出す。クーは人差し指を立てて、 「その通り。そして、『原因の大元は吉良上野介にある。』と考えた浅野家の家来達が、吉良家に討ち入るのだ。  家来たちの頭は大石内蔵助。彼らは浅野家の領地の名前からとって、赤穂浪士と呼ばれた。  で、大石内蔵助をはじめとする赤穂浪士たちは、仇討ちをしてから切腹する、という話だ。」 クーの眼が輝いていた。血みどろの話をしているにも関わらず、眼には光があった。 「で、それがどうかしたのか?」 クーは『分かってない』といった目つきで俺を見た。 「大石内蔵助は、浅野に対する一途な、ある種の愛で動いていたわけだ。」 「忠義だろ。」 「あの我が身をかえりみない愛は素晴らしいものだ。」 「だから忠義だろ。」 「あのような愛に私も殉じたい。」 「俺の話を聞け。」 「そんな愛と共に私は君の伴侶になりたいのだ。」 「だぁかぁらぁ…って、皆!俺のロッカーを蹴るのはやめろ!物に当たるなァッ!!」 俺が周りに眼をとられていると、クーは資料集のページをめくった。 将軍の名前と時代が載っているページを開いた。その中で、クーはある将軍の名前を指差す。 「それに、この徳川家斉も私の目標の一つだ。」 徳川家斉。『大御所政治』で有名な11代将軍。ただ、かなり無駄遣いが多く、妾も沢山居たそうだ。 生まれた子供は総勢52人。その半分近くの29人は幼くして死んでしまったが、それでも23人は大人になっている。 その後の政治を担当した老中の水野忠邦は借金返済にかなり苦労したようだ。 「…で、その家斉がどうかしたのか?」 「彼は子沢山だろ?」 「まあな。」 嫌な予感が俺の頭をよぎる。 「私は君との子供も、それほどたくさん欲しいんだ。」 クーが口から言葉をつむいだ直後に、廊下から金属音がした。 ギイィン、という鈍い音が、平和だった昼休みの校内に響いた。 「え、ちょ、な、なんで金属バット!?あ、お、俺の!?俺のロッカーがベコベコにぃーっ!?」 無残な姿になった元・俺のロッカー、現・瓦礫の塊を見ながら俺はうなだれた。 「…器物損壊だろコレ…。」 俺は力なく崩れた。皆は気分が晴れたのか、清々しい顔で教室へ戻っていった。 騒ぎを聞きつけた先生がやってきた。その場で事情聴取を受ける。 「…で、気づいたらこの状況、か。」 体育の先生で、聡明という評のある若い男性教師が鉄の山を見ながら言う。 俺は頷いた。焦点が合わない眼をしていた。先生も俺の境遇に同情したらしい。 「いや、俺も昔こんな状況になったなー、と思い出したよ。」 皆が一斉に先生のほうを向いた。 「どういうことですか?」 周囲に人だかりが出現した。俺は、好奇心のなすがままに質問した。 「まさにこんな感じだな。俺の場合は机や鞄、自転車まで崩壊の危機に晒されたからな。」 「…大変なんですね…。」 「その点は大丈夫だ。私がなんとかする。」 音も無く俺の後ろに回りこんだクーは、背中から俺に抱きつく。 「ちょっ!?え、皆、どこへ行くんだ!?そっちは…も、もしかしてぇぇっ!?」 抱きついたクーを離すことが出来ず、俺は固まっていた。数分後、自転車置き場の方から金属音が聞こえた。 先生は首を振った。そして、俺を見据え、肩をぽんと叩き、告げた。 「頑張れ。」 「た、助けてくださいせんせー…。」 「俺にはムリだ…同じ状況に陥った俺がよく分かってる…。」 「そ、そんなー…。」 「私は君が居れば幸せだが?」 「まずは離れろちくしょぉがァーっ!!」
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