ここ、雨弓学園は珍しい学校だ。 高等部では主に単位制を採り、生徒が好きな授業を受けることができる。 無論必修はあるにはあるが、国語や数学など片手の指で足りる数しかない。 その他は卒業単位を取得できるものであれば、何をとってもかまわない。 「大学のための授業」にしたくない、というのが主な主張らしい。 とはいうものの、そんな意図が生徒に伝わっているわけではない。 とりあえず好きな授業、面白そうな授業をとって泣きを見る生徒は少なくない。 たとえばプログラミング。たとえば現代哲学。たとえば現代語学。 予想したのと違う授業ではよくある話である。 俺はというと、授業の名前や中身ではなく先生を基準に選んでいる。 面白い先生を基準にして選べば、興味のあるなしはさておき、基本的に外れは引かないと踏んだのだ。 この考えは結構的を射ていた。助かる。 というか、今まで興味のなかったものにまで興味が持て、視野が広がった感じがする。 閑話休題。 さて、そんな学校である。クラスというものはもはや有名無実。 皆が顔をあわせるのは朝のホームルームぐらいだ。帰りは皆授業の関係上、ばらばらに帰る。 人の適応能力とは実にすごいものだ。1カ月もすればすぐに慣れてしまう。 外の新緑が風に揺られてるのを見て、揺られた樹が歌うのを聞いていた。 当然、先生の話は耳に入っていない。 結局俺の脳には先生の声は書き込まれず、ホームルームは終わってしまった。 さて、と。 「あ、いろなしー」 いろなしとかいうな。色はあるわ。 俺の名前は色成 透(いろなし とおる)。「いろなし」だからって「色無」じゃねえ! 不満を声には出さず、声のしたほうを振り返る。 上は明るいオレンジ色を基調とした赤のストライプのスウェット。 下は燃えるような赤で無地のジャージのハーフパンツ。 顔を向けると、にかっ、と何も考えていなさそうな笑顔の女がいた。 短い赤い髪が風にゆら、とすこし揺れた。 「別に口に出せば一緒じゃない?」 「まあ、とりあえずそこに座れ」 首をかしげる赤い髪の女。こいつの頭に浮かぶ疑問符を無視し、あいている隣の席に座らせる。 俺はゆっくり息を吐きながら、心を落ち着かせて小話を始めた。 「いいか、『部活に熱心だな』って台詞を聞いて、どう思う?」 「どう思うって、普通に褒め言葉じゃない?」 そうだ、その答えを期待した。解りやすいやつだな。 単純なことは長所だ。 「だが、その前に『テストの成績が悪いな。しかしまあ、部 活 に は 熱心だな』といわれたらどうだ」 「……なんかヤな感じ」 よしよし、俺の思ったとおりの行動をしている。 単純なことは長所だ。 「ということは、だ。言葉それ自体じゃなく、そこに含まれる意味、意図。これが重要なんだ」 「わかったよ! 色なし!」 単純なことは短所だ。 俺はありもしない頭痛で額を押さえつつ、直接ものを言うことにした。 「つまるところ、俺は『いろなし』って苗字で呼ばれるのがイヤなんだ。解るよな? 赤松」 ぱあ、と一気に顔が明るくなる目の前の赤髪の女。 こいつの名前は赤松 紅葉(あかまつ もみじ)。 スポーツはよくできるが、頭の方はからっきし。そして男勝りでサバサバしてる。 ……お前、生まれる性別間違えてないか? 「ああ、なるほど、そういうことか!」 単純なことは長所にもなるし短所にもなる。証拠は目の前のヤツ。 そして表情がころころ変わる。今度は口をアヒル口にした。何かが不満そうだ。 「それならボクのことだって『もみじ』って呼んでよ」 「なんでだ」 「だって『あかまつ』って呼ばれると、なんかじめじめしてキノコ生えてきそうなんだもん」 お前は1回マツタケに謝れ。全力で謝れ。頭を地面にこすりつけて謝れ。 「で、何の用だ?」 「そうそう。寮の掃除当番、水香ちゃんが代わってって」 ……どうして水原が掃除当番を? っていうかなんで俺に? 俺が思った疑問を知ってか知らずか、紅葉は何かを思い出すそぶりをしながら言う。 「確かね、『女の子にお茶とおかしをあげなきゃいけないから』、とかなんとか言ってたよ?」 ああ、ということは今日部活なんだな。 ってかわざわざ隠語みたいに言わなくてもいいのになあ。 「水原には『承知した。報酬は黄色くて甘くて、ちょっぴり黒くてほろ苦いもので頼む』と伝えてくれ」 首をかしげる紅葉。紅葉の頭の上に疑問符が山ほど現れたのが実際には浮かんでいなくても解る。 ちょっと伝言が長すぎたか? 一気に畳み掛けたのと遠まわしな表現がまずかったか。 これでは紅葉じゃなくても解らないのは当然かな。 俺は二度手間だ、と後悔しつつ深いため息をつき、鞄からルーズリーフを一枚取り出す。 シャープペンでさっきの伝言を一字違わず書き、いまだ疑問符と格闘している紅葉に渡す。 「これを水原に渡せば、何もかもが万事解決だ」 「そうなのか。じゃあ、渡してくる」 というと、すぐに教室から走り去ってしまった。 其の疾きこと風の如く、とはよく言ったもんだな。かの虎も泉の下で感心していることだろう。 今日は実は授業がなかった。ただ単にホームルームのために出てきただけ。あー面倒。 俺(たち)が住む寮、「虹色寮」は校舎から歩いて5分のところにある。 虹色寮の西に初等部、東に中等部、北に高等部がある。 大学のキャンパスはここからバスで10分ほど、山間へ向かったところの膨大な敷地の中に建てられている。 寮は通学に便利な場所ではあるが、生徒たちが大勢ここに住んでいるわけではない。 交通の便がいいため、実家から通ってくる生徒が大半なのだ。 俺たちが変なだけ。というか、俺や数人を除いて、帰るべき実家がない生徒がいるのだ。 要は、孤児院出身。紅葉や水原もそれ。理由は聞く必要もないから聞いてない。 どうやら雨弓学園というのは多角経営を行っているらしく、慈善事業の一環として孤児院経営があるようだ。 学校でのプレゼンテーションのときにちょっと調べたことがある。ちなみにそのときの評価はB+だった。 紅葉の「スポーツ中における事故の分類とその対処法」というプレゼンに負けたのがいまだに納得いかない。 さてさて、寮に戻った俺は早速掃除の仕事にとりかかる。 掃除といっても、床を掃き、階段の手すりを拭くだけの簡単な作業だ。 ……とはいいつつも、こだわってしまって1時間経ってしまった。 んー、しかしまあ、掃除をすると気分がいい。さわやかになる。 エントランスで一息つく俺。なんつーか、イヤといえない性格は得しないな、ホント。 「あ、あの、透くん?」 少しおどおどした、小動物的な声が聞こえた。玄関の方からか。 玄関には白い半そでのシャツに赤いリボン、深緑のチェックスカートを履いた、水色の瞳が印象的な女。 着ているのは学園の制服。私服登校が許されているこの学び舎で制服とは、中々粋といえば粋か。 「どうした、水原? 今日は部活じゃなかったのか?」 水原 水香(みずはら すいか)。人見知りが激しく、いつもおどおどしている。 知り合いの男子曰く「いじめたくなるか可愛がりたいかの二択」だそうだ。よくわからん。 部活とは、園芸部のことだ。「女の子」は「花」、「お茶」は「水」、「おかし」は「肥料」をそれぞれ指す。 なんでそんなややこしいことをしているのかって? そりゃ水原がそうしたいって言ったからね。 ちなみに「遊ぶ」だと「植え替え」なのだそうだ。土と遊んでいるからなのか? 「うん、今日は早めに終わったというか、私だけ先に帰されたというか」 「随分部活熱心だからな、皆が気を使ってくれたんだろ」 この「部活熱心だからな」は、さきほどの例え話でいうと前者のほうだな。 素直な賞賛の言葉だ。水原は成績もいい。部活「も」熱心なのだ。 水原はもじもじと、何かを言い出したいらしい。まあ、大体予測はつくが。 「ま、掃除は嫌いじゃないし、次の俺の当番の時に変わってくれればいいさ」 「ほんと?」 水原が微笑む。うん、紅葉の笑顔とはまったく違った趣だ。 同じ「笑う」という行為でも、人が違うだけでこんなに差が出るものなんだな。 「それと、例の報酬な」 「わかった」 にこっ、と眉を下げて笑顔を浮かべる水原。ああ、確かにこれは可愛がりたいかもしれない。 イヤといえない性格も、こういう時には得するもんだな。 数十分後、俺は水原の作ったプリンを幸せな心持でいただいたのであった。
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